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17・ドロテアは語る。

 ヘルブスト王国の村の宿には、土気色の肌をした中年男性が横たわっていました。

 今王国の中心部で流行っているという悪性の風邪に蝕まれています。

 これはキュアポーションでは完治できない病気です。


「ドロテア様、こちらを」

「ありがとうございます、コリンナ様。……あなた!」


 自分でハイポーションを飲むこともできないほど弱っていた男性に、ドロテア様はためらうことなく口移しで飲ませます。

 ああ、渡す前にもっと考えれば良かったです。この部屋にはクラウス殿下もいらっしゃるのですから。

 感染を予防するため、わたしとクラウス殿下、そしてドロテア様は入室の前にスタミナポーションを飲んでいます。


 土気色だった男性の肌に赤みが差します。

 荒かった呼吸が落ち着いてきて、激しく上下していた胸が動きを止めました。亡くなられたわけではないですよ。

 顔を覆う玉のような汗を自分の腕で拭って、彼は瞼を開きました。


「……ドロテア?」

「フランク!」

「おいおい、そんなに泣くなよ。せっかくの別嬪さんが台無しだぞ」

「んもう、のん気なこと言って! アタクシがどんなに心配したと思っているの?」


 起きるなり熱々です。

 ドロテア様はお幸せなようですね。

 わたしの隣に立つクラウス殿下は……なんだか怖くて、お顔を見ることができません。きっと嫉妬で苦しんでいらっしゃるのでしょう。


「ありがとうございます、コリンナ様」

「どなたか存じませんが俺みてぇなヤツのために貴重なお薬を……げぇっ! 皇子様っ?」


 健康的な色に戻りつつあったフランクさんの顔から、一気に血の気が引きました。

 ですよね。気まずいに決まってますよね。

 ドロテア様がおっしゃいます。


「クラウス様、フランクをお願いしてもよろしいでしょうか。アタクシ、少しコリンナ様にお話があるのですわ」

「私は構わない。傷病人の治療なら学んでいる。とりあえずフランクはスタミナポーションを飲んで体力をつけたほうがいい」

「ははぁーっ」


 ベッドの上に座って頭を下げるフランクさんを見るクラウス殿下の顔には、表情というものがありませんでした。

 嫉妬に荒れ狂うお心を必死で抑え込んでいらっしゃるのでしょう。

 お辛いでしょうに、殿下はわたしに微笑んでくださいました。


「コリンナ、君はドロテア嬢と話す気はあるのかい?」

「……ドロテア様がお望みならば」

「コリンナ様のご温情に感謝いたします」


 わたしとドロテア様は宿の部屋を出ました。

 フランクさんは最後まで、縋るような目でドロテア様を見つめていました。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「申し訳ありませんでした、コリンナ様」


 宿を出てしばらく歩いたところで、ドロテア様がわたしに頭を下げました。

 辺りには人の気配はありません。

 町から来た商人たちは村長の家に集まっているのでしょう。わたしが持ってきた残りのハイポーションは、後で宿の主人に頼んで秘密裏に運んでもらうことになっています。気づかれて奪い合いになったら危険ですもの。


「なんのことですか? ハイポーションのことなら、クラウス殿下に頼まれたことです。後のことは気にせず、ご夫婦でご養生してくださいませ」

「……コリンナ様からクラウス様を奪おうとしたアタクシに、そんなお優しいお言葉をくださるのですか?」


 ドロテア様のお言葉に、チクリと胸が痛みます。

 クラウス殿下の愛は、本当はドロテア様のものなのではないでしょうか。

 悪霊のせいで歪められて、今の状況になっているのかもしれません。返す言葉を見つけられないでいるわたしに、ドロテア様が寂しそうに微笑みます。


「そうですね。クラウス様がアタクシの誘惑に乗ったのも、そもそもあの方がアタクシに近づいてきたのもコリンナ様のためですものね」

「……」


 なにか誤解があるようです。

 悪霊の仕業でしょうか?

 ドロテア様は芝居がかった口調で語ります。そういえばしばらく観劇もしていません。マーナや仔犬達を見ていると信じられないほど早く一日が終わるので、魔術の研究以外に時間が取れないのです。最近はお散歩も始めましたしね。どこを歩いていてもクラウス殿下が現れるのは、悪霊の所業でしょうか?


「コリンナ様のことを知りたいからアタクシに近づいてきて、コリンナ様の悲しむお顔が見たいから誘惑に乗って……酷い方です。でも一番酷いのは、寝る前に化粧水も乳液も塗って万全の肌管理をして眠ったアタクシよりも艶々の肌でお目覚めになることですわ! 着飾って化粧をすれば隣に並べると思ってましたけど、とんでもない! クラウス様の地顔は整い過ぎてます!」


 ……わたしはクラウス殿下と同じ寝床で寝たことがないので、そんなこと存じません。


「ですがフランク、夫は、こんなアタクシでも宝物のように扱ってくれるんですの。こっちが恥ずかしくなるくらいですわ。先日も……」


 なんでしょう、これ。拷問でしょうか?

 クラウス殿下にゲオルグ帝の悪霊が憑いたのは、髪の色以外ヨハンナ様にそっくりなわたしのせいかもしれませんけれど、だからってこんなお惚気を聞かされなくてはいけないとは思えません。

 ああ、でもドロテア様はこんな方でした。魔術学園時代はクラウス殿下のことをお話になられていたので、わたしも聞いていられたのですよね。


「フランクはアタクシのこと別嬪さんって呼ぶんですの。別嬪というのは下々の……」


 ……早く小屋へ戻って仔犬達を抱き締めたいですわ。


ドロテア嬢へのざまぁが足りない問題。

一応殿下を奪ったつもりでも奪えていなかったことがざまぁ、なつもりでした。

……もっと精進します。

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