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15・舞い上がるクラウス皇子はドロテア嬢に縋られる。

 ヘルブスト王国の村で再会してから、クラウスは毎日コリンナと会っていた。

 さすがに小屋にまでは訪ねて行かないが、本能に従って森を歩いていると偶然会えるのである。彼女の飼っている黒い雄犬に吠えかけられると、寝ぼけた頭もスッキリした。

 森を散歩したりお茶をご馳走になったり、コリンナの大伯母が研究していたという魔術の話をしたり、この数日で婚約していたころの数十倍濃密な時間を過ごしていた。


 コリンナが父親のアンスル公爵に手紙を書いてくれて、公爵領への訪問も許されるようになった。

 そのうち部下が帝都から、公爵家でおこなわれる夜会の招待状を持ってくるだろう。

 夜会のことはコリンナから聞いている。彼女はそのときに、ラストダンスを踊って欲しいと言ってきた。


(彼女は私を許してくれるつもりなのか? 罪深い私が許されても良いのだろうか)


 あまりの幸福に戸惑ってしまうこともあるけれど、コリンナがほかの男のものになることを考えるとクラウスは気が狂いそうになる。

 彼女を失うことなど耐えられない。

 婚約破棄は間違いだった。


(もし彼女が許してくれるのなら、永遠の贖罪を誓い愛し続けよう)


 思いながら、クラウスは村の宿屋を出た。

 今日は小屋まで迎えに来て欲しいと頼まれている。最近のコリンナはすっかり魔術の腕が上がっていて、昨日はクラウスと別れた後でハイポーションを作るのだと言っていた。

 そのハイポーションを売りに村へ来るときの護衛をしてほしいとのことだ。自分でいいだろうと黒い雄犬が不満げな顔をしていたが、コリンナと過ごす機会を逃すクラウスではない。


 コリンナと過ごす日々が幸せで酒を飲まなくなったせいか、黒い雄犬に吠えられる前から頭がスッキリしている日もあった。

 今日もそうだ。

 鼻歌を口遊みながら村長の家の前を通る。


 季節はもうすっかり冬だ。

 コリンナが納品した高品質のポーションを求めて町から来た商人達が群がっているけれど、村長は村人に必要な分のポーションは絶対に売ろうとしない。

 かつて救いの魔女に与えられたポーションを高値で横流しして私腹を肥やし、彼女が訪れなくなった後に滅びかけた先祖のことを教訓にしているのだ。


「お願いします!」


 村長の家から叫び声が聞こえる。

 女の声だ。

 どこかで聞いた声のような気がした。


「どうかポーションを譲ってください。お金なら……お金ならアタクシが稼ぎますわ!」

「売値を吊り上げておるわけではないんじゃよ。救いの魔女様の御心に従って、本当に困っている方にならお譲りする。しかし、それは一本だけじゃ。一本のポーションで治らぬのなら、何本のポーションを飲んでも治らぬよ。ならば、一本のポーションで治るほかの病人に渡すべきじゃろう?」

「一本のポーションで病状が良くなったんです。もう一本、もう一本飲めば確実に夫は治ります!」

「……帰っておくれ」


 クラウスは暗い面持ちで村長の家から出てきた女性を知っていた。

 最後に見たときよりもやつれているが間違いない。

 コリンナと婚約破棄してまで選んだはずの子爵令嬢ドロテアだった。


「ドロテア嬢?」


 疎ましそうな顔の商人達に前の道へと追い出された彼女は、クラウスの声に顔を上げた。

 再会を喜んでいたわけではない。

 恥じて立ち去ってくれることを期待していたのだけれど、彼女はもの凄い勢いで駆け寄ってくる。


「クラウス殿下!」

「……ここでその呼び方はやめてくれ」


 ヴィンター帝国の皇子がヘルブスト王国の村にいるのは秘密のことだ。

 ドロテアのほうも帝国出身だということは隠しているに違いない。

 帝国と王国は仲が悪いわけではない。だからこそ、元婚約者に会いに来た皇子や婚約破棄の原因となったくせに逃げ出した子爵令嬢の存在は歓迎しないだろう。


「申し訳ありません。ですがフランクが、アタクシの夫の命が危ないのです。どうかこの村の村長にポーションを譲るよう頼んでくださいませ!」

「この村にあるのは体力をつけるためのスタミナポーションと軽い病気を治すキュアポーションだ。キュアポーション一本で治らなかったのなら、何本飲んでも同じことだよ」

「それでも! もう一本飲めば治るかもしれません。お願いです。なんでもします。アタクシの命なら奪っていただいて結構です。フランクを、夫を助けてくださいませ!」


 人を裏切っておいて、どうしてこんなことを言えるのだろう。

 一瞬そう思ったクラウスだったが、考えてみれば自分もコリンナを裏切ったのだ。それも一度や二度ではない。

 ここでドロテアを見捨てたら、コリンナに顔向けできなくなりそうだ。


(とはいえ……)


 ドロテアを救うためには、コリンナに頼るしかないのだった。


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