14・コリンナの決意
わたしはその日、クラウス殿下に小屋まで鹿肉を運んでいただきました。
ひとり暮らしの娘がはしたない、と思われるでしょうが、彼の目の前で神獣ガルム様が真のお姿になるわけにもいきませんし、殿下はびしょ濡れでしたしね。
彼からの謝罪の手紙を燃やして沸かしたお湯でお茶をお出ししましたけれど、夕食まではご馳走いたしませんでしたよ。ヘルブスト王国の村の宿に泊まっているという殿下に、深皿に入れた鹿肉のシチューはお裾分けいたしましたけど。
クラウス殿下は帰り際に、瓶詰の蜂蜜をくださいました。
昨日村の市場に甘味が切れていたので、わたしが困っているのではないかと思って、夜のうちにヘルブスト王国の町まで馬を走らせて買って来てくれたのだそうです。
……胸が痛い、です。その優しさが嬉しくて、嬉しいと思う自分が恥ずかしくて、胸が締めつけられて心臓が止まりそうです。
クラウス殿下が急にお優しくなったのは、きっと悪霊のせいです。
悪霊に憑りつかれて、悪霊の意思を自分の意思と取り違えてらっしゃるのです。
神獣ガルム様の咆哮で悪霊が離れても取り違えが続いているのですから、かなり危険な状況なのでしょう。それなのに、クラウス殿下の優しさを嬉しいと思ってしまったわたしは、なんて悪い女なのでしょう。姿さえ同じなら、中身は悪霊でも良いと言っているようなものではありませんか。
神獣ガルム様は、悪霊は直接わたしに近寄れないとおっしゃいます。
だから元婚約者のクラウス殿下に憑りついているのです。
殿下が悪霊に憑りつかれたのは、どう考えてもわたしのせいです。
なので、わたしはヴィンター帝国を去ろうと思います。
今すぐには無理ですが、ヨハンナ様が残してくださった日記をもっと熟読し、真紅の竜を召喚したという魔術を使えるようになるつもりです。そして竜の国へ行くのです。
わたしがいなくなれば、ゲオルグ帝の悪霊もついて来るでしょう。そこまでしないとしても、クラウス殿下に憑りつく理由はなくなります。
「ひゃう」
「ひゃうひゃう」
「ひゃうひゃうひゃう」
「……くー……」
「ふわあ。コリンナ、根を詰め過ぎるな。我が子達が一緒に寝ようと言っておるぞ」
ヨハンナ様の日記を読み返していたわたしの足に、仔犬達が寄ってきました。
マーナはもう寝息を立てています。
神獣ガルム様も寝ぼけ声です。
「そうですね。今夜一晩徹夜をしたからといって、一気に魔術の腕が上達するわけでもありませんものね」
次にアンスル公爵家からの差し入れが来たら、お父様への手紙を届けてもらいましょう。
クラウス殿下を公爵領へ入れる許可をいただくのです。
婚約者だったとき、殿下はわたしとファーストダンスを踊っても、ラストダンスを踊るのはいつも浮気相手とでした。浅ましい考えですが、わたしが竜の国へ去って悪霊も消える前に、一度だけラストダンスを踊っていただきたいのです。お父様への手紙には、身内だけでいいので夜会を開いてほしいというお願いも記しておきましょう。
ゲオルグ帝の悪霊は、わたしとヨハンナ様を取り違えていらっしゃるから優しいのですよね?
おふたりはどうして婚約破棄なんてことになったのでしょう。ましてや国外追放まで命じられるなんて。
ヨハンナ様が竜の国へ行かれたことも合わせて考えると、おふたりの間にもなにかどうしようもない問題があったような気がしました。
「ごめんなさい、待たせてしまったわね」
「ひゃう!」
「ひゃうひゃう!」
「ひゃうひゃうひゃう!」
「……くー……」
「……ぐー……」
マーナとガルム様の寝息を伴奏に、赤ちゃん達を抱き上げます。
そういえば三匹は今日、初めてお肉を食べたのですよね。……プリンのほうが気に入ったみたいでしたけど。ガルム様が拗ねるから、これは秘密です。
そろそろ名前を付けようかしら。
「モフモフちゃん、モコモコちゃん、モシャモシャちゃん、お休みなさい」
「「「……」」」
抱き締めてベッドに横たわったときには、三匹の仔犬はもう寝息を立てていました。
可愛い! 可愛いですわ! また舌を仕舞い忘れているのが、とてつもなく可愛いですわ! ああっ、舌を仕舞おうとしたわたしの指をチューチューし出したのも可愛い!
……竜の国へ行くときは、みんな一緒に来てくださいね? 神獣ガルム様もヴィンター帝国を守護してなかったのだから、竜の国へ行っても特に問題ないでしょう?




