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11・悪霊憑き

「鹿ですねー」

「鹿なのじゃ」

「きゃふう」

「ひゃん?」

「ひゃんひゃん」

「ひゃんひゃんひゃん!」


 お弁当を持って森へ出たら、神獣ガルム様が見事な鹿を獲ってくださいました。

 そういえばマーナが狩って来てくれていると思っていた獲物も、本当はガルム様に貢がれていたのですね。マーナが出産子育てで外に出なくなっても、小屋の前に置いていてくださったのですから。

 とはいえ、


「兎か野鳥が良かったです」

「……し、鹿は美味いぞ? 秋の繁殖に向けて栄養を蓄えた夏鹿には負けるが、秋鹿もなかなかのものなのじゃ」

「きゃふう?」

「ひゃん」

「ひゃんひゃん」

「ひゃんひゃんひゃん」


 アンスル公爵家でお父様が狩った鹿を食べたことのあるマーナはそれなりに興味を持っていますが、赤ちゃん達は食べ物だということもわからないようです。

 甘い匂いに誘われたのか籠の中にあるプリンが気になるようで、籠を持っているわたしの足をカリカリしてます。

 可愛いー! 可愛いですわ! プリンを作るのに小屋にあった蜂蜜全部使ってしまったけれど、仔犬達が喜ぶのなら自分の甘味は我慢するのですわーっ!


「申し訳ありませんがガルム様、わたしには鹿の解体はできません」

「……うむ」

「きゃふう?」

「「「……」」」


 神獣姿になったガルム様とアンスル公爵家へ行って、お父様に来ていただきましょうか。

 でもガルム様が目撃されたら、また妙な噂が立ちそう……って!

 静かだと思ったら仔犬達が寝ているではありませんか。カリカリしていたわたしの足を枕にして転がっています。舌っ! 舌を仕舞い忘れているのが可愛過ぎますーっ!


 ガルム様が、ふすんと鼻を鳴らしました。


「そうじゃ。悪霊憑きに解体させてはどうだ?」

「……はい? あ、悪霊憑きってなんですか! この森にそんな恐ろしい存在がいるんですかっ?」


 わたしは慌ててしゃがみ込み、赤ちゃん達を籠に放り込みました。

 よくマーナがお乳に吸い付いたままの仔犬達を引きずっていますから、これくらいなら大丈夫でしょう。


「なにを慌てておる。昨日おぬしが会っていた男のことだ。どうやらこの森に来ているようじゃぞ」

「昨日会ったって……クラウス殿下? 殿下は悪霊憑きなのですか?」


 生者の世界に未練を残した死人は冥界から逃げ出して、生者に憑りつく悪霊となると言います。

 憑りつかれた人間は生気を吸われて死んでしまうと聞いていました。


「うむ。儀式などでわしに会うときは悪霊が離れておったのじゃろう。昨日までは気づかなんだ。吠えて飛ばしてやったが、もう戻って来ているところをみると、よほど悪霊と相性が良いのじゃろうな」

「悪霊と相性が良いとはどういうことなのですか?」

「好みや生き方、言動などが悪霊に近しいということじゃ。おう、すぐ近くに来たぞ。……がうっ!」


 ガルム様が吠えると、茂みをかき分ける音がしてクラウス殿下が現れました。

 昨日三年ぶりに会ったのだから、次に会うのも三年先が良かったです。

 会わない時間が長ければ長いほど、彼を忘れていられるのですから。謝罪の手紙も誕生日の贈り物も、彼を思い出すものなんかいらないのです。


「コリンナ!」

「……っ」


 名前を呼ばれ満面の笑みを向けられて、わたしは言葉を失ってしまいます。

 形だけの婚約でしたが、わたしは彼に恋していたのです。

 でも──


「クラウス殿下。皇太子を廃されたとはいえ、殿下はヴィンター帝国の皇子でいらっしゃいますよね? こんな国境沿いの森でなにをなさっているのです」


 問い詰めた後で気づきました。

 昨日会ったのはヘルブスト王国の村です。

 もしかしたらヴィンター帝国はヘルブスト王国に攻め込むつもりなのでしょうか。そのために、皇子であるクラウス殿下自らが密偵を?


「仕事なら二カ月先の分まで片付けてきた。顔を出すような公務はしばらくないし、むしろ私が顔を出さないほうが喜ばれる。……コリンナ、私は君に会いに来たんだ」

「……っ」


 一瞬胸がときめきましたが、この深い森の中でどうしてわたしのいる場所がわかったのだろうか、とか、そういえばこの方は悪霊憑きなのだ、とかの考えが浮かんできて、ときめきは萎んでいきました。

 それにしても、かつては皇太子殿下だった方が悪霊憑きだったなんて、神獣ガルム様が帝国を守護していなかったというのは本当のことなのですね。


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