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1・婚約破棄より○○○○ちゃんですよ!

「コリンナ。罪深き君との婚約は破棄させてもらう」


 大陸の北部ヴィンター帝国の魔術学園の卒業式にて、わたしことアンスル公爵家令嬢コリンナは、皇太子のクラウス殿下に婚約破棄を告げられたのでした。

 罪深き、というのは、その前にいろいろな罪状を読み上げられたからですね。

 全然身に覚えがありませんけれど。


 クラウス殿下の隣では、わたしの親友だったはずの子爵令嬢ドロテア様がほくそ笑んでいらっしゃいます。

 ああ、学園入学当時からクラウス殿下狙いでしたものね。

 クラウス殿下はこれまでにもさまざまな浮名を流してこられましたが、最後に婚約破棄にまで漕ぎつけたドロテア様が勝者ということでしょうか。


「……皇太子殿下の仰せのままに」


 わたしが恭しくお辞儀をすると、以前からこれ見よがしに浮気現場を見せつけて来たときと同じように、クラウス殿下は不機嫌な表情におなり遊ばしました。

 自分はわたしに興味ないくせに、わたしには自分に興味持てとか言われても知りませんよ。

 あなたの不貞で散々泣いて疲れたんです。心は凍りつきました。だから、もう……


 涙がこぼれないように口腔を噛みながら学園の講堂を出て、わたしは自家の馬車に乗って帝都の屋敷へ戻りました。

 両親や弟は辺境のアンスル公爵領にいます。

 魔術学園に通うため、わたしだけ帝都で暮らしていたのです。


 メイドや使用人達を下がらせて、わたしは寝室のベッドの上で泣きじゃくりました。

 これまでも泣いてばかりだったのに、どうして涙は枯れないのでしょうか。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 数日後、レオナルト皇帝陛下ご一家がお住まいの宮殿へ招かれました。

 正式に婚約を解消するためです。

 両親がアンスル公爵領からやって来るのを待つかと聞かれましたが、元々形だけの婚約です。わたしだけで事足ります。


「……」


 この席にドロテア様はいません。

 クラウス皇太子殿下がもの言いたげな瞳で見つめてくるのはなんなのでしょう。

 太陽の光を集めて紡いだような金の髪、透き通るほど白い肌、空を映す不凍湖よりも澄んだ深い青色の瞳。初めて会ったときから、わたしは美しい彼に恋していましたが、彼が地味顔のわたしに恋する理由はありません。


 そう、『アンスルの呪い』でも発動しない限り──


「コリンナちゃん」


 すべての手続きが終わって宮殿を出ようとしたとき、カタリーナ妃殿下に呼び止められました。

 皇太子殿下にそっくりな妃殿下は、彼の実の母君とは思えないほど若々しい方です。

 ずっと娘のように可愛がってくださっていた妃殿下の手には籠がありました。上にかけられた布が蠢いていて、中から「ひゃんひゃん」と声がします。


「カタリーナ妃殿下、こちらは?」

「仔犬よ。コリンナちゃんにもらって欲しいの」

「ええっ!」


 クラウス皇太子殿下との婚約が成立したとき、ご挨拶に行った神殿で見た黒く巨大な神獣ガルム様のお姿が脳裏に浮かびます。

 聖女エミリア様とともに、初代皇帝を助けて帝国の建国にお力を貸してくださった尊い存在です。

 本来は冥界に住む闇の神様の眷属であらせられるとのことです。


 黒い巨犬の姿をした神獣ガルム様に守護されたこのヴィンター帝国では、皇帝陛下が住まう宮殿と神殿以外では犬を飼うことを禁じられています。ガルム様の眷属である犬は尊い存在、お犬様だからです。

 実家の父が狩りに行くときも獲物を追い詰めるのは犬ではなく鷹や烏です。

 鷹や烏も可愛いですけどね。


「そ、そんな不敬な……」

「いいのよ。陛下と神殿には許可をいただいています。うちの愚息の行いをあなたやアンスル公爵家のせいにするような莫迦がいたら、皇帝陛下と神殿に神獣様の眷属を託されるほど信頼されているのだと言って、この子を見せつけてやりなさい」

「ありがとうございます」


 わたしは籠を受け取り、帰路につきました。


「……」


 帝都の屋敷に戻るまで我慢できなくて、馬車の中で布を上げてみます。

 中で眠っていた白いフワフワの仔犬が体を起こします。

 もう乳離れは済んでいるそうです。


「ごめんなさい、起こしてしまったかしら」

「ひゃう」


 子犬はプルプルと震えながら体を起こすと、籠を支えるわたしの手を舐めました。

 ……ななな、なんですか、これは! 可愛い、可愛いですよ?

 フワフワめ! この白いフワフワちゃんめ! 白くて可愛いフワフワちゃんめー!


 光り輝くような白さなので、古語で月を意味するマーナという名前を付けることにします。

 早く実家へ帰って、この子を家族に紹介しなくては!

 あ、その前に婚約破棄のことを報告しなくてはなりませんでしたね。


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