天狗様、潜伏す(14)
遡る事……ほんの数分
ようやく理科室を片付け終えた私たちは、セイさんの叱責を相模さんに委ねて(相模さんにも言いたいことはあったけど)私たちは残りの面々を探しに戻った。
「本当にこっちなんですか? すぐに方向決めましたけど」
「うん、こっち。治朗くんがいる」
「治朗くん、か……」
「なに?」
歩き始めてすぐに、上の方から治朗くんの気配を感じた。よくわからないけど、これは気のせいじゃない。
長い付き合いは伊達じゃないということだ。
「山南さんは、比良山くんなんですね」
「……え?」
言葉の意味をとらえかねて振り向くと、瑠璃さんは鋭い視線を私に向けていた。どこか責めるような、訴えるような目だ。
「太郎坊さんは、あれだけ山南さんのこと……好きなのに?」
「えっと……」
どうしてそれを、瑠璃さんが言う……?
「私……ちょっと、感動すらしてたのに。山南さんは、私を太郎坊さんとくっつけようとしてませんか」
「くっつけようとは……してないよ? どうして、いきなりそんなこと……?」
「今しか聞けないし言えないから。いっつも誰かが見張ってるし」
確かに……治朗くんか僧正坊さんのどっちかが張り付くようになっていたんだった。だからこんなに、絞り出すように、思ってることをぶつけているのか。
「私は……太郎さんには、感謝してるし、信頼もしてる。でもそれ以外は、今のところはわからない、かな」
「わからないって?」
「最初ほど嫌じゃないし、あれだけ好き好き言われたらさすがに無下にはできないけど……だからと言って、もろ手を挙げてウェルカムとも言えないんだよね」
「どうしてですか?」
「どうしてって……」
「付き合いたいのは比良山くんだから?」
「っ!!」
ド直球だ……。
ど真ん中のストレートで飛んできた球が心臓を撃ちぬいていくようだ。
ドクドクと焦って過剰に働こうとする心臓をなんとか抑えて答えようとする。が、瑠璃さんは鋭かった。
「……そんなこと聞かれても、少しも赤くならないような相手なのに……そっちがいいんだ」
「…………えっ?」
思いも寄らないことを言われて、急に背中が冷えた気がした。予想外のことで驚くと、心臓は鳴らないらしい。
その代わり、頭が急速に回転を始めた。瑠璃さんの言っていることを理解して返事をしなければと、焼き切れそうなくらいに目いっぱい働いていた。
「えっと……どういう意味?」
「だって本当に、赤くも青くもなってないから。びっくりはしてるみたいだけど、照れたり恥ずかしがったりはしてない」
「え、うそ……あれ? おかしいな……えぇっ?」
「……本当に、好きなの?」
「本当に…………えええぇ?」
わからない……わからなくなってきた。
今まで治朗くんに恋焦がれることに疑問を持ったことなんてなかった。小さい頃から傍にいて、どんな危ないことからも守ってくれて、間違ったときは叱ってくれて、迷ったときは背中を押してくれて、寂しいときは寄り添ってくれて……。
ちょっと短気で融通が利かないけれど、真面目でまっすぐで、でもちょっと抜けてるところもあって――
そんな治朗くんに、憧れない方が無理だろう。そう思ってきた。
一緒にいてくれるのも期限付きだとわかってからはなおのこと、出来るだけ傍にいたいと思っていた。治朗くんと過ごすのが、当たり前になっていたから。いなくなるなんて考えられないし、考えたくなかった。
「あ、あの……”付き合いたい”って、どういうことだと思う? どんなふうに思ったら、そういう”好き”ってことなのかな?」
「え…………」
まさか聞かれるとは思ってなかったのか、瑠璃さんは若干戸惑っていた。けれどすぐに、答えを求めてう~んと唸りだした。
「…………たぶん、手をつなぎたいとか、キスしたいとか……そう思ったら、じゃないでしょうか……?」
「手をつなぐ……キス……?」
手は何回もつないだ。今更、抵抗も恥じらいもない。
じゃあキスは? 唯一の体験が頭をよぎった。あの時、まっっっったく好きじゃない人にされて、『こういうのは好きな人と』と思っていた。でもよく考えたら、あの時、漠然としたイメージしか湧かなかった。この人じゃなくて治朗くんとしたかった、とは思っていなかった。
あれ? それってもしかして……
「私……治朗くんのこと、好きじゃないの?」
「それを……私が聞いてるんですけど……」




