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天狗様といっしょ  作者: kano
第二章
90/210

天狗様、潜伏す(6)

 2階にあがって、職員室のそばをきょろきょろしていた時、瑠璃さんがぴくんと体を震わせた。

「る……水咲さん、どうかした?」

「いえ、なんか……呼ばれたみたいな……?」

 二人そろって辺りをもう一度見まわすけど、そこには誰もいなかった。

「呼んでる人は……いないね」

「……まさか、あやかし!?」

「ええっ!? まだいるの? 僧正坊さん全部処理したって言ってたのに」

「え、僧正坊さんが何か?」

「ちょっと前、あやかしをけしかけられたことがあって……まぁその仕掛けは処分したって偉そうに宣言してたんだけど……残ってたのかな?」

「僧正坊さん……何かあったんですか?」

「……まぁ、一回派手にやり合ったよ」

「!?」

 あやかしの可能性が残っているとわかって、瑠璃さんは身を固くしていた。私もまさかとは思ったけど、万一のことを考えると、油断はできない。

 瑠璃さんと二人、九字の刀印を構えて様子をうかがった。

「……っ! 何か来ます」

「え?」

 見回したけど、何もいないし、感じない。だけど瑠璃さんは、はっきりとした声で言い切った。

「来ます。小さいのが……1、2、3……?」

「え、3体も?」

 あやかしは群れることが少ない。それに静かなところを好む。だから人の多いところには現れにくいし、集団で襲ってくることも珍しい。

 こんな珍しい現れ方をするのは……僧正坊さんの仕掛けで現れたあやかしぐらいだった。やっぱり、残っていたのか……!

「る……水咲さん、どこらへんか教えてくれる? まず私が九字を切ってみる。失敗したら、水咲さんお願い」

「わ、わかりました……」

 瑠璃さんに力が籠るのがわかった。一気に”本番”に入ったから緊張が頂点に達したんだ。私だって助けを呼ぶしか経験してないけど、何とかできるならしないと……!

「こ、子供の声がします……階段の方から……あ、昇ってきた……!」

「水咲さん。詳しくわかるんなら、職員室の入口ちかくまで来たら教えて」

「はい」

 職員室は鍵がかかって入れないから、大きな柱の影に水咲さんと二人、縮こまって身を潜めた。

 どうやってどう叫ぶか、太郎さんが教えてくれたことを頭の中で何度も反芻して、いつでもできるように構える。

 すると――

「来ました。あそこ――」

 瑠璃さんが、数メートル先の、誰もいない廊下を指さす。

 見ないけど、きっと”居る”んだろう。私は瑠璃さんの”感じた”ものを信じて、柱の影から飛び出した。

 手を刀に見立てて構え、一気に、十字に印を切っていく。

「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前!」

 私は手を刀に見立てて構え、九字の呪文とともに、一気に十字に印を切った。

 私の手の動きに合わせて、光が現れて9本からなる格子を形成していく。手元で白く淡く光るだけだったそれは徐々に光を増し、1本1本が大きく膨らみ、どんどん大きくなって廊下を塞ぐほどまで広がって――

 縮んで消えた。

「…………あ、あれ?」

「え? 山南さん?」

 ガッカリしたのは私だけではないようで、瑠璃さんまでが唖然とした顔になった。

 だって途中まではいい感じだったはずだ。ちゃんと9回十字を切ったし、格子が出来上がってたし、呪文だって間違えてないはずだし、現に光が大きくなっていたのに……なぜ?

 思わず自分の両手を見つめても、さっきのような光は欠片も現れない。それどころか、炎が燃え立とうとしてもできずにくすぶっている時のような妙な感覚に見舞われる。なんだか体のところどころがピリピリするような、力が抜けるような変な感覚だ。

「……ん? これって……」

「あ、あの……山南さん! 私が……!」

 焦った様子で瑠璃さんが私の前に出た。そうだ、あやかしはまだいる。私が失敗したときは、瑠璃さんに託したんだった。

 瑠璃さんは震えながらも構えようとした。

「待った!」

「え、えぇっ!?」 

 構える瑠璃さんを全力で制した。そして、私は廊下の向こう……ではなく、私自身を指さして言った。

「ここに、撃って」

「え!? む、む、無理! そんなことしたら……!」

 九字を切るというのが、特に瑠璃さんほど力を持つ人がやるのがどれほど危ないかよく知っているからだろう。瑠璃さんはさっきよりも顔面蒼白になって首を横に振った。

「大丈夫。撃って。ぜっっっっったいに大丈夫」

「で、でも……!」

「はやく!!!!」

 ちょっと強めに言った一言で瑠璃さんは竦み、おずおずと構えた。

「り……臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前……!」

 法起坊さんたちを見つけ出した先ほどとは比べ物にならないくらい弱々しい声でそう唱えた。細い細い光の格子が、ふらふらと私の肩口まで飛んできて、パチンと弾けた。

 たまたまそこで効果が消えたのか、何かに当たったのか……どちらかは賭けだった。だけど、私の勘は当たったらしい。

 パチンと風船が割れるよりも小さな破裂音がしたかと思うと、私の周囲で一瞬、輪郭が歪んだ。そしてすぐに、私以外の輪郭が現れ始めた。

 腕を私の肩に回し、背後からぴったりと密着して、一言で言うなら力の限り抱き締めている男性の姿が……!

 私は、その人へ向けて、顔も向けずに声を投げかけた。

「……何してるんですか、太郎さん?」

 顔を見なくても、そこにいるのが誰かわかった。

 私が努めて冷静にそう言うと、背後でひっと短く息をのむ声が聞こえた。

 私の眼前でも、瑠璃さんが青い顔をさらに青くしてこっちを見ている。よっぽど驚いたんだろう。

 二人だけだと思っていたのに、こんなにも……これほど(・・・・)に至近距離にいたなんて、誰も思わない。みんなに逃げろ隠れろと言っていた張本人が、まさかこんなことをしているとは、夢にも思うまい……!

「どうしたんですか、太郎さん? そこにいるんでしょう?」

「ひっ……! ご、ごめんなさい……!」

 まだ顔を向けてもいないと言うのに、太郎さんは悲鳴を上げて飛びのいた。そして、おそらく音からして土下座でもしたんだろう。

「いやだなぁ……なんで謝るんですか? 何か悪いことしてたんですか? みんなに逃げろって言っておいて自分はこんなに密着していたことですか? それとも結界に隠れて私の気を吸い取ろうとしていたことですか?」

「あ、あの……違……っ! 違わないけど違うんだ……これは……!」

 太郎さんは、言葉を失くしているようだった。困った。理由を聞いているだけなのに……。ちゃんと目を見て話そうと、仕方なくだけど振り返った。

 目に入ったのは、口を金魚みたいにパクパクさせて声を出せずにいる青ざめた青年一人……。

「う……その……」

「どうしました? ちゃんとお話してくれないと、私誤解しちゃうじゃないですか。さあ!」

 自分でもいつになく狂気じみた言葉だとは思う。でも、何故だか止められないのだ。

 それでもいっこうに顔を上げようとしない太郎さんに向けて一歩近づいたその時……

「き……休憩にしよう! 全員、休憩!」

 太郎さんが、そう高らかに宣言した。

「は、はあ……どうも」

 と返そうとして……失敗した。

 太郎さんが宣言するやいなや、私と瑠璃さんの周り中で一瞬輪郭がぼやけて歪んだ。かと思ったら輪郭を持ち、色を帯び始める。

 そして、くっきりと姿を現した。

 私たちの前に仁王立ちしている豊前さん、その背後でかがんでいる三郎さんと、何故か泣いている管狐ちゃんたち……。

 その向こうにはセイさんと相模さん。そして僧正坊さんに治朗くん。

 私たちがさっきから一生懸命探し回っていた大天狗様たちが、一斉にその姿を現したのだ。

 瑠璃さんは今度こそ唖然として、というか呆れて何も言えないようだったけど、私は違った。ぷるぷる震えてこぶしを握り締めて、気が付いたら校舎中に響くであろう声を絞り出して叫んでいた。

「あんたら……ずーーーーーーーーーーーっと、そこにいたんかい!!!!」

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