天狗様、集う(3)
「俺は、飯綱山の大天狗”飯綱 三郎”の大将だ。よろしくな」
『飯綱三郎』……さっき読んだ本に出てきた。
確か――管狐を使役する、日本で3番目の天狗と称される大天狗。
そんな人が、ただの一般人の私に、にっこり笑っている。恰好はどう見ても人間のお兄さんなんだが、背後に広がる漆黒の翼がそれを否定する。
「ん? どうした嬢ちゃん?」
「びっくりしてるんだよ、羽しまい忘れてるし」
「おっと、そうか。ここは山じゃないんだったな」
からから笑いながら、三郎さん(と呼んでいいのかな?)はどこかへと翼をしまい込んだ。その下では、真っ白な毛並みの狐たちが落ち着きなくきょろきょろしている。
「あの……山南藍です。この家の娘です。」
ぺこりとお辞儀をすると、何故か狐たちも一緒にお辞儀を返してくれた。
「今日は厄介になるよ。俺のことは気軽に”三郎”と呼んでくれ。しかし、なるほど……」
三郎さんはじっと私の顔を見つめている。どこか面白がってるような雰囲気だ。
「あの……?」
「いや、すまん。気にしないでくれ」
「……あの、私も気になることがあるんですが……いいですか?」
「おう、何だ? 何でも聞いてくれ」
「さっき羽がありましたけど、飛べるんですか?」
「おうとも! お望みなら今からでも大空の散歩コースに連れてってやろうか?」
「いえ、それは結構です。ただ……」
「ただ?」
「飛べるんならどうして、狐さんたちに乗ってるんですか?」
「え」
ちらっと下を見る三郎さん。
「す、すまんお前たち! もういいから! 戻ってくれ」
慌てて狐さんたちから降りると、必死に狐さんそれぞれに言った。
すると狐さんたち、輪郭がぼやけて何やら光りだした! それも一瞬で、すぐに光は人間の形に収束した。その姿は……
「か……可愛い!!」
思わず洩れた声は私のものだ。だって……可愛いんだから!!
光の中から現れた……いや、白い狐たちが姿を変えたのは、3人の小さな女の子たちだった。3人それぞれ少し違う毛色をしているが、服装はおそろいになっている。なんだかアイドルグループのようだ。
「ご主人様、もういいの? コハク、まだできるよ!」
「ヒスイは……もっと乗っててほしい」
「こら、ご主人様がこまるでしょ! お仕事できているんだよ!」
3人の幼女たちはきゃいきゃいしながら三郎さんの足元ではしゃぐ。
「こ、こらお前たち。ちゃんとご挨拶しないか。太郎坊と治朗坊と、二人がお世話になっているお姉さんだぞ」
「は~い」
3人揃っていいお返事を返すと、こちらに向き直って、ピッと背筋を正す。
「珊瑚です」
赤毛まじりの子がきっちりと話した。
「琥珀で~す!」
小麦色の毛並みの子が元気いっぱいに言った。
「翡翠です……」
名前通り翡翠色の毛が混じった子がおずおずと言った。
それに対して、こちら側3人もぺこっと会釈を返した。
「どうも、愛宕山太郎坊です」
「比良山治朗坊と申す」
「や、山南藍です……」
この二人に混じって挨拶していいのかわからずにいると、小麦色の毛並みをした琥珀ちゃんがぴょこぴょこ前に進み出た。
「お姉さんニンゲンだぁ! ニンゲンなのにどーして天狗様といっしょにいるの?」
「いや、私もよくわからない……」
「え~? どーして~?」
「こらコハク、”おとなのじじょー”というものがあるの。何でもかんでも聞いちゃダメ!」
「ぶ~」
ちょっと待って……何でもかんでも”おとなのじじょー”でまとめないで……!
「ずいぶん賑やかだね。この子たちまだ見習い中?」
「ああ。つい先日生まれてな。まだ未熟だから俺が手元で教育中ってわけだ」
「教育……?」
「管狐の教育。管狐ってのは、まぁ俺たち術者が使役する狐のあやかしだな。人にとり憑く狐憑きの一種とも言われるが、俺は主に色んな情報収集に役立ってもらってる」
「情報収集……? どうしてですか?」
「現代社会ってのは、情報を制した者が勝つ――そうだろ?」
「はぁ……」
「昔から各地で占術の手助けや、間者の真似事をしていたな」
「ああ、なるほど……えっと、それでどうして3人の幼女の上に乗ってたんですか?」
「なんか言い方が厳しくなってないか? 一応言っとくが、こいつらが乗せたがるんだって」
自分たちが話題にのぼったとわかったのか、3人はまたわらわらと三郎さんの足元でぐるぐるはしゃぎ始めた。
「ご主人様のやくにたちたいの~!」
「狐使いのいげんを示すため、わたしたち狐を乗りまわすのです」
「ヒスイ……もっと乗ってほしい……」
「わ、わかった! わかったから、もうそれ以上しゃべるな……あぁ! そんな目で見ないでくれ!」
太郎さんはわからないけど、私と治朗くんの三郎さんを見る目は完全に冷え切っていた。
「みんな、あったかいミルクとお菓子食べない?」
「たべる~!」
やはり”お菓子”の効果は絶大なのか、3人はぱっと顔をほころばせて私のもとに走ってきた。
「いや、ちょっと待て嬢ちゃん……! 頼むから誤解だけ解かせて……!」
「諦めろ。ああなったからには、多少の時間がかかる」
治朗くんは三郎さんの肩にぽんと手を置き、しみじみそう言った。何の励ましにもなっていないけど。
三郎さんを置いて、私と管狐ちゃんたちは勝手口へ向ったのだった。