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天狗様といっしょ  作者: kano
第二章
85/210

天狗様、潜伏す(1)

「みんな、”かくれんぼ”しよう」

 太郎さんは、いつもの調子で、いつもの場所で、いつもの面々に、いつもは言わない提案を始めた。言っている内容と、言っている人物とが微妙に噛み合わずに、私たちはしばし唖然としていた。

「あれ、聞こえなかった? みんな、”かくれんぼ”しようよ。か・く・れ・ん・ぼ」

「いや、聞こえたけどよ……」

 唖然とする面々を代表して、三郎さんが太郎さんの言葉に割って入ってくれた。

「お前さん、何か悪いものでも食ったのか?」

「失敬な」

「だってお前……この場にはいい年した奴らしかいないってのに……」

「いい年なんて超えてるよね」

「わかってんじゃねえか」

 太郎さんは、普段よりもちょっと目が開き気味で、ちょっと頬が紅潮していた。最近わかってきたんだけど、こういう時はだいたい名案を思いついた時だ。そして、人の意見など聞かない時だ。

 だけど何かしら意味があることが……5割だから、聞いてみると納得することもある。聞いてみた結果脱力することもまあまああるけど。

「太郎さん……どうしてかくれんぼなんですか?」

 私の問いに、さらに興奮した太郎さんががばっと距離を詰めてきた。

「よく聞いてくれたね、藍! 君にとってすっごく大事なことなんだ」

「そ、そうですか。わかりましたから手を放してください。ぶっ飛ばしますよ」

 そう言われて握った手を放す太郎さんじゃないことも、最近わかってきている。そして想像通り、太郎さんは私の言葉など華麗にスルーした。

「これはね、君の為なんだ」

「は、はあ……」

「なんたって、これは君の修業なんだから」

 その言葉が出ると、他の方たちの興味が向いてきた。

「それどーいうこと? かくれんぼが修行?」

「うん。そういう質問を待ってたよ。でかした、セイ」

 よくわからない誉め言葉に軽く気を良くしているセイさんを置いて、太郎さんは全員の顔を見回した。

「僕はこの前、熱中症で倒れた」

「…………そりゃ、ご愁傷さまで」

「それがどうしたんだよ。鍛え方足りねーんじゃねーの?」

 セイさん、熱中症は鍛え方どうこうじゃありません……!

「その時、僧正坊が休めって言って僕に無理矢理、隠遁の結界を張って保健室に放り込んでたんだけど」

「え、兄者……あの時、そうだったのですか!?」

「うん、そう。そのことに、身近にいた治朗すら気付いてなかったんだよね」

「当り前だ。気付かれたら結界じゃないだろう」

 治朗くんは、なんだか見る間に萎れていってしまった……。自分が煙に巻かれていいた事実と、太郎さんの一大事に気づいていなかったっていうダブルショックなんだろう……。

「だけど……だけどだよ。藍は、それに気付いたんだよ!」

「……ほぅ、やるな暴力娘」

「そ、そんな大事だったんですか?」

「治朗が気付かなかったものを人間であるあなたが気付いたのですよ。自信をお持ちなさい」

 なんだか、天狗様たちの私を見る目がすごく優しい。みんながみんな、保護者のような目だ。治朗くんを除いては……。

「まぁ、要因の一つには『愛』の力もあったとは思うんだけど……」

「ありません」

「……あったとは思うんだけど!」

 太郎さんは、無理矢理押し切った。

「ただ、やっぱり素質としては悪くないんだと思うんだよね。もともと”あやかし”たちは見えるんだし、そういった気の流れには敏感なんだと思う」

「まぁ、そうだろうな」

「それでなくとも、賀茂の血筋ですしね」

「そう。だからちょっと鍛えればステップアップは可能だと思うんだ」

「……で、それとかくれんぼと何の関係があんの?」

 そこは、まだ皆さんも図りかねているようだった。

 太郎さんは、再び世紀の大発明を発表するような誇らしげな顔をして、言い放った。

「参加者はここにいるみんな。題して『結界破りかくれんぼ』!」

「…………は?」

 誰か一人の声じゃない。みんなの声だ。私も含めて。

「ここにいる全員が、それぞれ結界を張って藍の前から姿を隠すんだよ。藍はそれを、微妙な気を探ったり結界を破るとかして、見つけ出す。どう? 名案でしょ?」

「……名案……かもしれんが……」

「ハードルが、高すぎる気が……」

「うん、だから協力するんだよ。あのバカ娘と」

「ほう、狐娘を加えるのかい」

「それにみんなも、本気でやるんじゃなくて、どこか見つけさせてあげる猶予は残してほしいよ。でなきゃ勝負にならないし」

「……なるほど、軽い結界ならあの狐娘でも破れる。だが闇雲に九字を切らせても無駄だから、そこはある程度の見当をつける必要がある。それには気を感じなければならない、か……まぁ理には適っているかもしれないね」

 またしても、私の意見は何一つ聞かれず、皆さんの間で話が進んでいく。主に太郎さんと僧正坊さんの間で……! まぁ修行のことだからいいけども……!

 そう思って止めないでいたら、別の方向から待ったがかかった。

「ちょい待ち! 理に適った方法なのはわかったけどさ、みんな(・・・)って、誰?」

 セイさんだ。太郎さんは、水を差されてちょっとご不満そうな顔になった。

「みんなはみんなだよ。ここにいる全員。えっと具体的には、治朗と僧正坊は当然として、三郎とセイと相模と豊前と前鬼と親父さん……あ、後鬼も手伝ってくれる?」

「ちょい待ちって!! なんで俺らがナチュラルに混ざってんだよ!」

「え、暇でしょ?」

「暇じゃねーよ! 明日には山に帰るわ!」

 そう、うっかり忘れそうになっていますが、ここにいる皆さま……お山の天狗を束ねる頭領なのです。ほぼ毎週誰かが顔出すからうっかり忘れそうになるけど……。

 ていうか、泊ってくつもりか……!

「太郎、私もちょっと賛同しかねます……さすがにあなたの思いつきの、その……たった一人の修業に付き合うというのは……」

 相模さんはものすごく申し訳なさそうな視線を私に投げかけた。いいんです、当然です……!

「俺らはここに憩いに来てんの! 何でも屋さんやるために来てるんじゃねーんだから」

「天狗界は困ったときは手を貸し合うじゃない。ほら、セイのお山で解決できそうにない願い事とか、僕の方で対応したことあるでしょ」

「ああ、あるね。逆のパターンもな!」

「太郎、無理を言っているとわかってください」

 やはり、お客さん方からは良い返事はもらえそうになかった。当然だろう。みんな忙しい身なのだから。

 全員からブーイングを喰らって、太郎さんはしょぼんと落ち込んで見せた。唇を尖らせて俯く顔は、まるで小学生のようだった……。

「そっか……いい案だと思ったんだけどな。さすがにただで協力してもらうのは気が引けるから、今日はいつも以上に豪勢に振舞ったつもりだったんだけどな……今回は、請求書おくらずに僕の懐からおもてなしするつもりだったんだけどな……」

 全員が、思わずテーブルの上を見た。

 確かに、いつもよりメニューがグレードアップしている。品数も多くて作るのが大変だった。一部お母さんに手伝ってもらったりもした。

 何が一番気がかりだったかと言うと、材料費だ。鯛とか有機野菜とか肉の希少部位とか、何より酒の種類……普段お母さんのお店でも滅多に使わないようなものばかり並んでいて気が遠くなった。

 それらを、太郎さんは『気にしないで』と言って調理し始めたから私も手伝ったのだけど……そうか、接待目的だったのか……。

「そ、そうか……それはその……悪かったな」

「……今日の料理・酒代……請求していい?」

「し、仕方ねえな……悪いことしちまったし……」

「じゃあ、ハイこれ」

 用意していたのか、太郎さんは早速懐から請求書を取り出して代表で三郎さんに手渡した。その手元を、全員が覗き込んで――次いでどよめきが起こった。

「はぁっ!!? 太郎……おま、これ……桁がおかしくないか!?」

「知らないの? それが相場だよ」

「それにしたってお前……!」

「それだけのものを、君たちは飲み下していたってことだよ。知らなかったみたいだから、後学のために、食べた食材の名前と原価もきっちり書いておいてあげたからね。調味料はサービスしとくよ」

 食材名と原価まで記載する請求書なんて聞いたことないですよ……。

「これを、君たちのお山に送ったらどう思われるかなぁ? 自分たちには苦行を強いておいて、頭領ひとりこーんな良いものを、お山の経費で食べてきたなんて知られたら……僕だったら……暴動おこしちゃうかもな~」

 全員の顔が、見る見る間に引きつっていった。驚きと、恐怖と、怒りとが綯い交ぜになった表情――を浮かべそうになって、慌てて抑えているといった顔。

 太郎さんは……どこの魔王だという顔。世界の半分をやるって言ったラスボスの方がまだマシなんじゃないだろうか……?

「どうする? この場は、僕に奢らせてくれるかなぁ?」

 全員が、じっくり顔を見合わせていた。そして、全員うつ向きがちに姿勢を正し、太郎さんに向き直った。

 さっきからの流れか、三郎さんが大きく頭を下げて、声を発した。

「ご……ごっそさんです!!! 愛宕山太郎坊殿!!!」

 鳴き声にも似た叫びを聞き、太郎さんは実に悪そうな、勝ち誇った笑みを浮かべていた。

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