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天狗様といっしょ  作者: kano
第二章
82/210

天狗様、渇望す(12)

 太陽が真上から傾き始める頃――体育祭もいよいよ残り1種目。各クラスの精鋭を集めた本日もっとも盛り上がるであろうメインイベント、男女混合リレーだ。

 最後とはいえ学年別に行われるから、1年生の私たちが走るのは最後ではないんだけど……どうもさっきのスウェーデンリレーで頑張っちゃったからか、色んな人から熱い視線を送られている。

「お、さっきの1年の……」

「頑張ってね!」

 なんて声をかけられることも……。全く知らない人なんだけど、みんなからしたら”知ってる人”らしい。それもこれも、今横にいる人がずーっと私に張っていたらしい結界が破られた効果もあるんだろう。

「やはり目立ってきたな。先ほどのリレーでやり過ぎたせいもあるが」

「やり過ぎって……頑張ったって言ってよ」

 治朗くんが、相変わらず冷めた声で冷めた視線を周囲に向けている。こうなることが分かっていたんだろうか。

 ちなみに治朗くんたち男子スウェーデンリレーは特にトラブルもなく、粛々と1位で終ったらしい。その直前に女子がドラマを見せてしまったせいであまり盛り上がらなかったと、軽く文句を言われてしまった……。

「私より、太郎さん大丈夫なの?」

「兄者が? なぜ?」

「さっきから姿見ないから……応援もなかったし」

「応援……してほしかったのか? 兄者に?」

「してほしくないの? 治朗くんは?」

「兄者は俺には別段、声援など送らんだろう。それよりお前に2倍3倍送るだろうな」

「いやだから、それがなかったって言ってるんじゃない」

「そうか。なるほどな……確かに、いないな」

 おかしい……他の人ならまだともかく、治朗くんが、太郎さんの不在に気付かないなんて……。なんか、こういう状況、デジャヴな気がするんだけどな……。

「それより、お前だ」

「へ? 私?」

「お前、足を傷めていないか」

「!」

 内心ドキッと大きく音がした。

 実はさっきのリレーでゴールしてから、足がジンジンと痛んでいるのだ。だけど歩けないわけじゃないし、他の人も気づいていない程度のものだと思って気にしないようにしていた。全部終わったら、保健室か病院に行けばいいと思って。

「見せてみろ。やはり何かあるんだろう」

「そ、そんな脱税の証拠探すみたいに……大丈夫だよ」

「本当だろうな」

「本当です」

「……」

「……」

 私と治朗くんは、しばし睨み合った。何か隠し事があると見ると、いつもこんなやりとりになるのだ。心配してくれてる会話のはずなのに、なんで睨み合いになるのか……。

「男女混合リレーの選手は集まってくださーい! 1年生はこっちでーす」

「……呼ばれたな」

「呼ばれたね」

「…………絶対に、怪我をすることは許さんからな」

「は、はい……治朗くんこそ」

 私たちはまだちょっと睨み合いながら、最後の戦場へと向かった。



 男女混合リレーは、男子2人、女子2人が交互に100mを走る。走る順番は、私が3番目、治朗くんがアンカーだ。相変わらず期待値は高い。

 とはいえ、他の2人も今日活躍してきた人たちだ。気楽に行こう、気楽に。

「!」

 気楽に行こうって思って一歩踏み出したその瞬間に、足に鈍痛が走った。今までよりも少し重い。足に鉛がくくりつけられた感じがする。

 気にしなければ走れるだろうけど……この状態で走って、大丈夫かな? あとでまた治朗くんに怒られる羽目になったりは……するか。

 仕方ない、事後承諾ってことにしよう。

 だって、既に第一走者の子が、スタートラインに立っているんだもの。

 スターターピストルが鳴ってしまったんだもの。もう止められない。

 勢いよく第一走者が駆け出し、見事なスタートダッシュを決めて、他の走者を鮮やかに出し抜いていく。危なげなく100mを1位で駆け抜け、次の第2走者にさっとバトンを渡す。

 第2走者の男子は渡されたバトンを――落とすことなく受け取り、その瞬間、加速に転じた。

 もともと第一走者がかなり距離を空けておいてくれたので余裕だったところを、第2走者がまたぐんぐん引き離す。やっぱり、余裕があったって全力を出すべきなんだ、うん。

 他のクラスの集団をはるか後方に見ながら余裕の状態でカーブを曲がって、最後の直線で再度加速してきた。

 私は他の走者から離れて、一人スタートラインに立って、後ろ向きに少しずつリードをとった。まだ誰も並んでいないコースを独占して、バトンをしっかり受け取るとたった一人でトラックを疾走した。

 さっきとはまったく違う爽快感。追うものどころか追ってくる者すら見えない。

 これなら、少しだけスピードを緩めても大丈夫かな……? と思った瞬間、目に入ってしまった。手を抜く、ズルをするという行為を断じて許さない幼なじみ殿のいかついお顔が……!

「ひっ! ご、ご、ご、ごめんなさい!走ります!」

 誰にともなく宣言して、再び加速した。足がジンジン痛むけれど、バトンを渡すまでの我慢だ。たいした距離じゃない。いける!

 私は天狗に鍛えられたんだから!

 背後など関係なく、出せる限りの力で地面を蹴り続けて、腕を伸ばした。伸ばした先にはもう治朗くんがいる。

 治朗くんにこのバトンを渡して――

 と、思ったところで、視界が反転した。

「あ、れ……?」

 視界から治朗くんが消えて、目の前に地面が広がった。上半身にまで何か衝撃が走って、ようやく転んだのだと気付いた。

 問題はそのあとだ。早く起き上がりたいのに、足に力が入らない。痛みばかり増して、力が抜けていく。

 後ろを見るともうすぐそこに走者が迫っていた。早く立たなきゃ……!

 治朗くんに渡しさえすれば、あとは何とかしてくれる……!

 そう思って、我知らず上半身だけでも前に伸ばしていた。バトンだけでも受け取ってくれれば……そう思って。

 そんな私の意を汲んだのか、治朗くんが目の前に来た。そして、私からバトンを――受け取らずに私を抱き抱えた

「…………は!?」

「棄権します。こいつを、保健室まで連れていくので」

 そう叫ぶや否や、治朗くんはゴールとは真逆の方向へ全力疾走し出した。

「ち、ちょっと……棄権て……!」

「こっちの方が優先だろうが!」

「いや怪我はしたけど……だからって、治朗くんが連れていく必要ないでしょーが!!」

 当然、私のそんな叫びなど、聞く耳もつ治朗くんじゃありませんでした……。

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