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天狗様といっしょ  作者: kano
第二章
81/210

天狗様、渇望す(11)

「トラック競技、次の選手の招集は?」

「あと一人です」

「もう始まっちゃうよ! 急いで!」

「あっちでコケた子がいるって」

「知らないよ! 保健委員!」

 午後の部もそろそろ大詰めという頃になって、戦力の一人欠けた実行委員のテント内は大パニックだった。抜けた戦力というのが淡々と2つ3つの仕事を平気で掛け持ちしちゃう太郎だったのだから、つまりは一気に2~3人分抜けた計算になる。さもありなんといったところか。

「あと閉会式の準備は?」

「大丈夫……あ」

「どしたの?」

「表彰状の紙が……ない」

「はぁぁ!?」

 汚れてはいけないから、昼休みまでは教室に置いておこうと言って……そのままになっていたのだった。

「わ、私取ってきます!」

 名乗りを上げたのは一年生の女子だった。

「こっちの招集は済んだので、あとはお任せします」

「そう? 悪いね、え~と……」

「1年の水咲です」

「そう、水咲さん。じゃあ、お願いね」

「はい」

 そう言うと、水咲瑠璃は駆け出して行った。

 その後姿を見て、誰かがぽそりと呟いた。

「あの子、よく働くね」

「うん、いい子だね」



 太郎はほぼ3人分の仕事をこなしていた。それがまるまる瑠璃のもとに転がり込んできた。ということは、瑠璃は単純計算で、一気に4人分の仕事を負うはめになったことになる

。それもこれも、急に命令してきたあの天狗のせいだ。

「偉そうに……!」

 文字通り、目が回りそうだった。その上、あの瞬間を見てしまった。

 あの子……山南藍が、クラスの期待を一身に背負って、期待以上の成果を上げようと必死に走る姿、そしてそれが学校中の生徒の胸を打った瞬間を。

 裏でコロコロ動き回っている自分とは、大違いの晴れやかな姿を。

『彼女は”光”。僕は、彼女が光り輝いている様が、ただ好きなんだ』

 あの人の言葉が、浮かんだ。

 これは自分が蒔いた種なんだろうか、と瑠璃は考えた。

 あの時、太郎に教わった九字切りを試して、彼女の結界とやらを破ってしまったから?

 大天狗の結界すら打ち破ったことに舞い上がっていたけれど、そのおかげで彼女は日向に出た。そしてあれだけの喝采を浴びて、その存在の大きさを知らしめる。

 結局、自分とは大違いなのだと、思い知らされる結果となった。

 私だってできる。そう思ったのに……そう言ってくれると、思ったのに。

 目の端が、じんわり潤むのがわかった。滲み出てくる前に拭ってしまおうとした。

 その時――視界の端で、黒い影がちらついた。


――悲シイカ?


「……え?」

 黒い影は、瑠璃に問いかけた。

――悲シイ? 泣イテル?

 黒い影が、どんどん近づいてくる。こちらに手を伸ばすように。

――泣イテル? 悲シイ? 悲シイ……消ス?

 これが何か、瑠璃は知っていた。小さな頃から何度も見かけた。悪さもされて迷惑していた。だけど、こんなモノは見た事がない。こんな――

――オ前、喰ラッテ……悲シイ、消シテ、ヤロウカ……!

 こんな、邪悪な”あやかし”なんて……!

「ど、どうしよう……喰われる……!」

 目の前のあやかしは、どんどん大きくなっていく。瑠璃を、体ごと丸呑みにでもするかのように、面積も体積も、増していく。

 後ずさるも、足が震えて動けない。このままでは、あやかしの声の通りになってしまう。

(誰か助けて……太郎坊さん!!)

 目を瞑って、ずっと憧れてきた、自分を助けてくれた人の姿を思い浮かべた。だが、あの人は来ない。自分の元へは。

 それを思うと、これから喰われるかもしれないことよりも、悲しくなった。

 さっき以上に涙が目尻からこぼれそうになった――その時、あの人の声が浮かんだ。

『最初はまぁ……九字かなと思うんだけど』

 そうだ……教わった。そしてあの時、できた。だが……

『本当に昨日教えた九字切り……むやみに使わないようにね』

『治朗や僧正坊がやれば、藍は……跡形もなく消し飛んでた』

『君程度だったから、あれぐらいで済んだんだ』

 調子に乗るなって言われた。

 別に大したことないって言われた。

 むやみに使うなとも言われた。

 今、使ってもいいのだろうか? 使ったとして、効果があるのだろうか……?

 一瞬のうちに、様々な言葉が頭をよぎった。両手を握ったが、つい開いてを何度か繰り返す。あの刀を、自分が使ってしまってもいいのだろうか? 戸惑った。

 だが、目の前に迫ってくる黒い影が、ついに咆哮を上げた。

――喰 ワ セ ロ!!!

「!」

 迷っている場合じゃない。

 瑠璃は、二本の指を立て、大きく十字を切って叫んだ。

「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前!」

 瑠璃の叫びと共に、9本の格子が、光の刃のように黒い影を切り裂いた。

――ギヤァァァァァァァァァァ!!!

 断末魔の叫び声を上げながら、黒い影は霧散した。

 もうあの不気味な声も、黒い影の一かけらも、なかった。

「や……った……できた……!」

 瑠璃は思わず自分の両手を見て、一人声を上げた。この手でやったんだ、と実感が持てた。まだわずかに余韻が残っている。先ほどの、影を倒した光の余韻がチラチラと見えた。

「私……やったんだ……!」

 ぐっと手を握りしめた。次の瞬間――

 

ぶわっ


 と手に込めた力と同じくらい、いやもっと大量の光が溢れだした。

「え、え……!?」

 光がやむことなく、瑠璃の中から溢れ続けていた。洪水のような光の渦の中に瑠璃は一人ぽつんと取り残され、誰も助けてはくれない。光が溢れるにつれ、どんどん力が抜けていく。頭の奥から、ガンガンと警鐘が鳴らされているのがわかった。これは、瑠璃の中の力が溢れだしているのだ――!

「ど、どうすればいいの……!? 何これ!? ねえ、どうすれば……!!」

 今にも、光の渦に飲み込まれてしまいそうだ。

 あの影ではなく、この光に飲まれれば、今度はどうなるのか? それ以前に、呑み込むほど光が溢れては、瑠璃の中に何も残らないのではないか?

 不安と恐怖で頭が塗り替えられていく。その時――

「落ち着け。刀を納めるんだ」

 ふいに、どこかから声が降ってきた。声のする方を見ると、そこには仏頂面をして偉そうに腕を組む天狗が立っていた。

「あ、鞍馬の……?」

「……刀印を結べ」

「は、はい……!」

 瑠璃は命じるような声に反射的に従った。先ほどと同じように、二本指を立てる。

 だが、光の洪水は止まらない。勢いに負けてしまいそうな両腕を、横から僧正坊が力づくで押さえつけた。

「!」

「お前は今、抜き身の刀を扱いきれずに振り回しているようなものだ。ちゃんと、刀を鞘に納めるところを、頭で思い描け」

「は、はい……」

 瑠璃は目をつぶり、言われた通りの情景を思い浮かべた。その情景を同時に見ているかのように、僧正坊が瑠璃の腕を動かし、立てた二本指を、もう片方の掌でそっと包ませた。まるで、刀を鞘に納めるかのように。

 それでも、その掌からまだ光が抜け出そうとしていた。

「まだだ。最後に唱えろ。太郎が唱えていた呪文だ。わかるか?」

「は、はい……オン・キリ・キャラ・ハラ・フタラン・バソツ・ソワカ・オン・バザラド・シャコク……!」

 その瞬間、あれほど溢れてうねっていた光が急速に止んでいった。刀と共に、鞘に戻ったのだろうか……?

「は……やんだ……?」

 思わず力が抜けて、へなへなと座り込むと、傍に立っていた僧正坊はさっさと腕を放して立ち去ろうとした。

「あ、あの……ありがとうございます」

 近寄れはしないが、座ったままで何とか頭を下げる瑠璃に、僧正坊は振り返って言った。

「わかったろう。強い力は、使いこなせなければ害にしかならない。お前は、”未熟”ということだ」

「はい……」

 僧正坊はそれだけ言うと、くるりと向きを変えた。

 背中越しに、瑠璃が俯いていた。

「……とはいえ、よくやった」

「え?」

 ぶっきらぼうに言い放って、今度こそ僧正坊はさっさと歩き去った。

 瑠璃は、最後に言われた言葉の余韻を噛み締めて、しばらく立ち上がれなかった。



 しかし、本当は瑠璃はもっと御礼を言われても良かったのだ。あのあやかしは、以前h\僧正坊が仕掛けた、あやかしを活性化させる仕掛けの残りだった。複数仕掛けて、まだ全部取りされていなかったのだ。僧正坊は人が校舎からいなくなる今日を機にすべて取り去るつもりだったのだが……思わぬ事態を、思わぬ人物が解決してくれた。

 僧正坊は得をしたと思っている。御礼は……胸の内でしか言っていないが。

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