天狗様、集う(2)
愛宕山太郎坊――
八大天狗の一人に数えられる大天狗であり、天狗たちの総大将としても知られる。
愛宕山の愛宕神社はイザナミノミコトの生んだ火の神カグツチノミコトを祀っていることもあり、火を司るとされる。
「なるほど、愛宕権現……」
朝食を終えた後、部屋に引きこもってひたすら読書に耽っていた。天狗……特に愛宕山太郎坊について調べるためだ。
今まであれだけ近くに天狗という存在が居ながら何も調べていなかったのは、天狗たちはみんな治朗くんのような人だと信じて疑わなかったからだ。私のバカ……全然違う人がいるじゃないか、ここに。
「僕らの事調べてるの?」
こうして無遠慮に手元を覗き込んでくるあたりもそうだ。
「あ、僕のページだ……僕の事知ろうとしてくれてたの? う、嬉しいよ。ふふふふふふふふふふふ」
怖い怖い怖い……!
「ち、違う……対策練るためです。『敵を知り、己を知らずんば、百戦殆うからず』って言うでしょ」
「うん、僕の事、知ろうとしてくれてるんだよね」」
「話聞いてました!?」
「聞いてる聞いてる。でも僕を近づけたくないなら、蹴りでもかませば一発だよ?」
「それ自分で言っちゃうんですか!? てかそんなことしたらまた治朗くんにどやされるでしょ!」
「それもそうか……ところでさ、ちょっとお願いがあるんだけど」
「え」
いつになくちゃんとした感じだなと思ったら……何言われるんだろう。
「客間、貸してもらっていい? ちょっと10人ぐらいで集まりたいから」
「えっと……お母さんに聞いてもらった方が……」
「母君いないから」
そういえば今日は一日出かけるって言ってたっけ。
「たぶんいいと思いますけど……いつ集まるんですか?」
「今日」
「き、今日!? 何時ごろですか?」
「もうそろそろ……?」
「はい!?」
自分でも素っ頓狂な声だったと思う。思うけど、言われた内容の方が素っ頓狂だったんだから仕方ない。
もうそろそろ来るって事後報告も同じじゃないの!
せめて少しでも掃除しておくとか、お茶とか座布団の用意をしなくちゃならないと思って立ち上がると、何か外で音がしている。
ゴオオォォという、飛行機が飛ぶ音と似ている。だけどあれは遥か上空の話。今、聞こえるのは窓のすぐ外ぐらいから聞こえる。
「あ、来たかな」
「は?」
また何かあるの?と思って思わず太郎さんを見た瞬間、音が一層激しい轟音となって、同時に何かが飛来した。うちの庭に。
何が起こったのかわからずにいると、太郎さんはスタスタ歩き出した。
「行こう。庭に来てる」
「来てるって……誰が?」
「今日集まるうちの一人」
そんな……”友だち来た”みたいな言い方で……?
今更ながら我が家のご説明をしばし……。
我が家は何代も前からからこの界隈に住んでいる旧家で、近隣の住居の中ではまぁまぁ広い敷地を有する。祖父が特に造園に力を入れていたらしく、とにかく庭は立派だった。お母さんも庭の手入れは気を配っていた。
建物は母屋と離れを併せてコの字型になっていて、母屋の客間、居間、そして離れのどこからも祖父ご自慢の庭がいつでも眺められるようになっていた。
そんな庭の、ど真ん中に、何か来た――!
いつの間にか治朗くんも来ていて庭に飛来したモノを見つめていた。
庭にいたのは、男の人だった。
背の高さは治朗くんと同じくらい。少しだけ髪が長いけれど不思議と清潔な空気を纏っている。シンプルだけどなんだかおしゃれなTシャツに細身のジーンズ。足元はスニーカー。全体的にラフなのに、何故かこう……渋谷にいたらみんなが振り返りそうなカッコイイお兄さんな感じだ。
ただ奇異なのは、2点。『狐を乗り物にしているということ』と、『背中から黒い翼が映えている』こと。
3頭の狐の上に立つその男性は、太郎さんと治朗くんの姿を見つけて、朗らかに笑った。
「よう、太郎坊、治朗坊! 相変わらず仲良いな」
「久しぶり、三郎」
「三郎、なんだその格好は! 今日がどういう日か忘れたか!」
「固いこと言うなって、治朗」
ついでに隣に立っていた私も目に入ったらしく、太郎さんと何やら目配せしている。
「その娘が、例の?」
「うん」
何が”例の”なのかはわからないけど、たぶんロクな事じゃないだろうとは思う。
そんな考えとは裏腹に、”三郎”と呼ばれたその男性は、私に対しても、ニッコリとはにかむように笑って見せた。
「俺は、飯綱山の大天狗”飯綱 三郎”の大将だ。よろしくな」