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天狗様といっしょ  作者: kano
第二章
78/210

天狗様、渇望す(8)

「いや~、今日はホントにすごかった! 二人とも神がかってるよなぁ」

「あははは」

 二人、というのは当然、私と治朗くん。片方は神がかってるというか……本当に人間離れしているとは言えないな……。

「えーと、100m走、200m走、400m走に、4×100mリレーだっけ? 午後も何か走るの?」

「女子スウェーデンリレーの200mと、男女混合リレーに出るよ」

 お弁当を広げる私たちの周りは、いつの間にかクラスメイトで溢れかえっていた。太郎さん一人の時なら見慣れた光景なんだけど、今日はそうじゃない。その輪の中心にいるのは……なんと、なんと……私なのだ!(治朗くんはいつも通り適当に受け流している)

 こんなことが、これまでの私の人生であっただろうか。いや、ない!

 いったい何話せばいいの!? こんなにも注目を集めて、好意的かつ期待を込めた眼差しを向けられたことが、いまだかつて……!

 舞い上がりそうになる気持ちをどうにか抑えつつ、とりあえず聞かれたことに答えようと努めている次第だ。

「すっごいなぁ。何か特別なトレーニングしてるの?」

「し、してないしてない! 普通に、組み手とか……?」

「え、空手?」

「空手もやったし、柔道もやったかな。あとは合気道とか、徒手格闘術なんかも……」

「何それ! 誰に勝つ気?」

「さ、さぁ……治朗くんは護身術だって……」

「護身を通り越してるよ。魔王倒せるよ!」

「そ、そう……? でも治朗くんには敵わないよ」

「じゃ、比良山が魔王だ」

「比良山くん、顔怖いしね~」

 同じクラスの女子も男子も、代わる代わる話しかけてくれる。確かに、女子高生離れした環境なのはうすうすわかっていた。だから興味を持たれるかドン引きされるか、五分五分だと思っていたんだけど……前者だった。良かった。

 治朗くんは『魔王』呼ばわりされているけど……気にしてないらしい。どちらかと言うと、魔王尊の眷属だと言っていた僧正坊さんの方が複雑な顔をしている。あと太郎さんと……何故か瑠璃さんも。

「そういえば、山南さんていつも比良山くんと一緒にいるよね」

「うんうん。俺も思った。TKOの一員としては見過ごせない」

 TKO……まだ活動中だったの……? あの人たちの行動力は意外と侮れないから、早く下火になってくれないものかな……。まぁ、太郎さんのカリスマ性が下火にならない限り、無理か……。

「実際どうなの? 許嫁は太郎くんだけど、付き合ってるのは比良山くんとか?」

「え……!?」

 それ……太郎さんと治朗くん二人の前で言っちゃうって、本当に本当にどうなの……!?

 それとも、あえて狙ってるのか? あの一言を……! 少女漫画とかでごまかしに使うあの言葉を……!

 でも、今はそれを言うしか道はない……!!

「治朗くんは、幼なじみ。その上、武術の師匠。だから一緒にいるんだよ」

 ああ……言っちゃった。自分で言っちゃった……。

 ちらっと治朗くんに視線を移すと、相変わらずの仏頂面。何一つ、気に留めていない顔だ。 

 仕方ないか。私自身、最近色々ありすぎて、治朗くん優先じゃない時が続いたし……。あの日、『困る』と言って突き放されて以降、本当になかったことにされているみたいだし。

……あれ? こんな時、いつもなら太郎さんが

『大丈夫! 僕はいつでもどんな形だってウェルカムだよ』

みたいなことを言ってみんなを呆れさせるのに……今は何も言わない。言ってほしいわけじゃないけど、自意識過剰みたいだけど……何か違和感みたいなものを感じてしまった。

 と思っていたら、パンッと手を合わせる音が響いた。

「ごちそうさまでした」

 太郎さんが、空のお弁当を前に合掌していた。見ると、食べ始めてきっかり5分。本当に忙しいんだな……。

「行くよ、水咲」

「え、え? あの……」

 太郎さんはそう言うと、お弁当箱をしまう瑠璃さんの腕を掴んで立ち上がった。

「じゃあね、藍。午後も頑張ってね」

「あ、はい……」

 溶けそうな笑顔を向けてそう言うと、瑠璃さんを引っ張って教室を出て行ってしまった。

「太郎くん……まさか意趣替えを……?」

「失礼な! 太郎くんがそんな軽薄なわけないでしょ! 本当に忙しいの!」

「そうだそうだ。俺たちが実行委員に任命してしまったばかりに、山南さんと過ごす時間が減っちゃったから……」

「そ、そうか……」




 実行委員は昼休みの間に午後の段取りを確認することになっていた。ただしいつもの教室ではなく、グラウンドに設置されたテント内で。

 太郎は教室を出てすぐに瑠璃の腕を引くのをやめ、並んで玄関まで歩いていた。

「あの……」

「なに?」

「よ、良かったんですか? その……山南さんが、ついてきてくれるはずだったんじゃ……」

「あれだけ囲まれてたら無理でしょ」

太郎は、振り向きもせずに答えた。声が素っ気ない。藍に向ける声とは、天と地ほどの開きがあった。

「……でも、あそこにいたのって全員TKO(=太郎くんの恋を応援する会)でしょ。太郎坊さんが言えば解放してくれたんじゃ……」

「心配してくれるの? ありがとう」

「そういうんじゃないけど……」

「あのね、僕は別に彼らを利用して暴君のように君臨したいわけじゃないんだよ」

 瑠璃は、太郎の言葉の意味を図りかねていた。太郎は、それでも振り向いてはくれなかった。

「僕は、ただ好きなんだ」

「ただ……好き?」

 太郎は、ふと天井を見上げていた。その様子が、天井を見上げているのではないとすぐに気付いた。遠い遠い、遥か彼方の情景を思い浮かべての仕草なのだと、瑠璃にも分かった。

「彼女は”光”。僕は、彼女が光り輝いている様が、ただ好きなんだ」

 そう静かに、眩しそうに、小さく呟くと、太郎はまたスタスタと歩き出した。瑠璃の歩幅など気にも留めない歩調で。

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