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天狗様といっしょ  作者: kano
第二章
73/210

天狗様、渇望す(3)

 三郎が苛立ちを堪えきれなくなると同時に、清光坊がそっと治朗の肩に手を置いた。

「治朗、気にすんなよ~。結界なんてまた張ればいいじゃん」

「セイ……そういう問題じゃないんですよ。わかるでしょう?」

「だってまぐれ(・・・)だろ、そんなの。ビギナーズラックってやつ? もう一回は同じことできねーって」

「それはそうですが……」

「それはますます、太郎がその娘の面倒を見ねばなるまい」

 よく通る低い声で、豊前坊がそう告げた。何かの宣言のように。

 だが太郎は怯むことをせず、眉をしかめた。

「僕が? どうして?」

「お前が中途半端に教えるからだ。一度手を出したなら最後まで面倒見んか」

「ぶ、豊前……扱いが犬猫並みですよ」

 太郎は、一人ぶすっとむくれてしまった。

 その様子が普段と違うことに気付いたのは、この場で最も気の付く紅一点の後鬼だった。

「太郎坊様、いかがされたので? もしや、その結界のお話や狐の娘御の事以外にも、何かあるのですか?」

「…………」

「なんだ、太郎? 何か気になるのか?」

 前鬼と後鬼が太郎を囲って顔を覗き込んだ。二人は好奇心よりも心配の方が勝っているからか、太郎はわずかに心が軽くなり、口を開く気になったのだった。

「……体育祭の、実行委員になった」

「体育祭? いつやるんだ?」

「……来週」

「えらく急ですね。まだ1学期でしょう?」

「新しいクラスでの結束を固めるために、うちの学校は5月にやるんだってさ。その代わりスポーツ競技がほとんどで、出し物なんかはほぼないみたいだよ」

「でしたらまだ楽な方では? いきなり実行委員というのは、ご愁傷様ですけれど……」

 そう、太郎は1年生の1学期……それも入学してひと月経つか経たないかのうちに転校してくるという異例の転校生だった。しかし、奇行と数々の業績によって学年中の敬意を集め、その結果、実行委員に選出されてしまったのだ。大役をこなせるのは、太郎くんを置いて他にいないと――!

「まぁ、じゃあ……頑張れ」

 どうでも良さそうな三郎の声に、太郎が今度こそ噛みつくように言った。

「頑張りたくないんだよ!」

「なんだよ。こういう時こそ、神仏の眷属が率先して頑張るんだろ?」

「頑張ったら……頑張ったら…………藍と一緒にいられなくなるじゃないか!!!」

 この場に藍を残さず、さっさと就寝させておいて本当に良かったと、この場の誰もがそう思った。




 太郎さんは、4月の末頃に転入してきた。本当、文字通り転がり込んできた。

 言うこと為すこと突拍子もないし人間離れしていたから、学校でも何かやらかすんじゃないかと思ってハラハラしていたけれど、そんなことはなくて……。

 おまけに博識で、意外なことに人との接し方も上手かった。だからあっと言う間に人心を掌握していって、1週間も経たないうちに「TKO」なる組織が出来上がっていた。

 私にとっては迷惑そのものなんだけど、客観的に見れば、太郎さんの人徳とカリスマ性を象徴するものだった。

 もともと1年生の4月……まだ皆、お互いによくわかっていないうちだったことも幸いして、1ヶ月のタイムラグも感じさせずに太郎さんはクラスに、学年に溶け込んでいった。私よりも。

 だから、全く意外には思わなかった。太郎さんが体育祭の実行委員に選ばれたことは。問題はその後の反応で……

「嫌だ~~っ! 今日ぐらい藍とご飯食べたい!」

「太郎くん、我慢して! 今日は昼休みに実行委員でランチミーティングだろう」

「昨日も一昨日もずーっとミーティングじゃないか!」

 いい年の男の人が教室の入り口で泣き叫ぶ姿……見たくはなかった。

 体育祭はいよいよ来週に迫っていた。実行委員の忙しさも日を追うごとに増していく。最近は太郎さんの姿を朝と授業中くらいしか見ていない気がする。

 昼休みと放課後は、毎日お仕事なのだ。そういうわけで、叫び声を響かせながら、同じ委員の人に引きずられて行ってしまった……。

「太郎さん、大丈夫かなぁ。過労で倒れたりしないかな」

「大丈夫さ、あれくらい」

 けろっとした風に僧正坊さんが言った。さっき太郎さんが食べたがっていたお弁当をむっしゃむっしゃとほおばりながら続けている。(もちろん、太郎さんにも同じお弁当を支給済み)

「愛宕山での働きぶりを考えれば、太郎にとってはこれくらい何でもないさ。どうせ君との時間が減って駄々こねてるだけだよ」

「駄々って……」

 この人、こんなに辛辣なキャラだったんだ……。

 いや、それよりも気になるのは、その横に座る人物……。

「治朗くん、大丈夫? 今日のお弁当は治朗くんの好きな焼鮭だよ」

 一番大きい一切れを選んで入れておいたんだけど、まったく気付いていない。それどころか、焦点の定まらない目でただただ虚空を見つめている。

 肩が落ち、腕もだらりと垂れ下がったままで、箸を持つ手が動く気配がない。昨日からずっとこうなのだ。

「あの、治朗く――」

「こんにちはーっ!! 太郎坊さんいますか!!?」

 大きなその声に、治朗くんがびくっと肩を震わせた。

 その声は、今の治朗くんにとって最も聞きたくない声なのだ。

「る、瑠璃さん……」

 昨日、瑠璃さんが九字切りを試したところ、治朗くんが私に10年以上かけていた年代物の結界があっさり破られてしまったのだ。おかげで治朗くんは未だショックから抜け出せないでいる。瑠璃さんの声は……トラウマだ。

 眉間にしわを寄せた僧正坊さんが代理で答えた。

「太郎ならいない。実行委員とやらに連れ去られたよ」

「あ、本当ですか? じゃあ私も行こう! うちのクラスで、実行委員に空きが出たから、私立候補しちゃいました! 一緒に頑張ります!」

 瑠璃さんは言うだけ言ってさっさと走り去ってしまった。実行委員の教室、たぶん逆方向なんだけど……。

「面倒だな」

「何がです?」

「あの狐娘だよ。治朗は使い物にならなくするし、太郎をさらに苛立たせるだろうし……今の状態だと、しわ寄せは全部私に来る」

 あなたのその物言いも、ちょっと困りものなんですよ……と、思ったけど口にするのはやめた。実際、僧正坊さんの言う通りの状況なのだから。

「ところで」

「はい?」

 僧正坊さんがしかめっ面のまま、私に視線を動かした。そのまま、箸で弁当箱の中身を指して、言った。

「私の弁当には、トマトは入れなくていい」

「はぁ……」

 面倒だな……。

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