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天狗様といっしょ  作者: kano
第二章
72/210

天狗様、渇望す(2)

 遡ること、数時間前――

 藍達がまだ、夕陽差し込む教室にて話をしていた時だった。

「治朗くんの張った結界を、私が?」

 藍は、驚きと戸惑いの声を上げた。師匠と崇めようと決めた人物から課された第一の課題が、かなりの無茶ぶりだったからだ。

「うん、そう。そこから始めよう」

「待ってください、兄者。それはいくら何でも厳しすぎるのでは?」

「どうして?」

「俺が張った結界です。藍には悪いが、あいつに簡単に解けるほどちゃちな作りはしていません。それなりの作りの結界を破るには、やはりそれなりの扱い方というものが……」

「わかってるよ。だからだよ」

「だから、とは……」

「この程度の結界なら、内側から破れるぐらいにならないと。その過程で、色々と為になることがあるんじゃないかな。もちろん、破っていくための色んな方法を少しずつ教えていくつもり」

「…………なるほど……さすが兄者! そこまでお考えだったとは……!」

「え、当たり前でしょ」

「……わざと難しい課題を最初に据えて、修行期間を引き延ばそうという魂胆ではなかったわけだ。さすがは太郎坊」

「え……………………当然だよ」

 僧正坊の言葉に、太郎はぴくりと身を固くしたが、幸いそれに気付いていたのは僧正坊だけだったようだ。

「あ、一応一緒に修行するって話から、君もそれを手伝うってことで」

 話を逸らすように、太郎は先ほどまでこき下ろしていた少女・瑠璃るりを振り返った。急に話を振られた瑠璃は困惑しながらも、ぶんぶんと勢いよく頷いた。

「えっとそれで、具体的にどうするかヒントを少しずつあげていこうと思うんだけど」

「あ、ヒントくれるんですか?」

「そりゃそうでしょ」

「全部自分で調べて鍛え上げるっていう鬼畜コースかと思いました……」

「僕が君にそんな無体なことをすると思う?」

「無体なことはしないでしょうけど……できるだけ二人きりになるとか触るとかの時間を増やすためなら何するかわからないと思います」

「ああ……僕のことよくわかってるんだね! 嬉しいよ、藍」

「……いいですよ、手握っても。私も全力・・で握り返しますから」

 太郎はここぞとばかりに藍の手を取ろうとすり寄った……が、離れた。

「えっとそれで、最初はまぁ……九字かなと思うんだけど。治朗、僧正坊、どう思う?」

「私は関与するつもりはない。お好きにどうぞ」

「俺も、兄者がそう思われるなら」

「じゃあ決まり。はい二人とも、注目」

 そう言うと同時に、藍も瑠璃も、太郎の方に視線を注いだ。

 注がれた太郎は、一瞬にやけそうになるのを堪えて、息を整えた。

「二人とも、印を結んだことは?」

 ここで言う印とは、一般に手印と呼ばれる。

 仏・菩薩(ぼさつ)の悟りの内容や誓いを象徴するもので、手や指でそれぞれ形を作る。仏・菩薩・如来……それぞれに決まった形があり、すべて数えると数千種類にも及ぶと言われている。

 映画や漫画作品などでも目にする機会がある。太郎が二人の目の前で組んで見せたものも、二人には見覚えのあるものだった。が……

「どうやったら組めるんですか、それ……」

 藍も瑠璃も太郎の真似をしてみるが、一向にできない。指が複雑に絡まる一方だった。

「ああ、うん。無理しないで。じゃあ手刀でいこうか」

「手刀? 手刀ってこう……」

 藍が空手の構えをとった。

 その瞬間、太郎(と後ろに控えていた僧正坊)が、びくっと震えた。

「そ、それじゃなくて……こう、指を刀に見立てるんだよ」

 太郎は指二本を立て、刀のように振って見せた。

 そのまま、横に、縦に、交互に空を切りながら唱えた。

「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前」

 太郎がそう唱え、最後にもう片方の手で刀にしていた手を包み込み、何事か唱えると――

「はい、やってみて」

 いつもながら説明が少ない中、藍が見様見真似でなるべく同じようにやってみた。が……

「臨・兵・闘・者・皆……じん? れ、れ……」

「烈・在・前。まずこの九文字を覚えよう。って言っても、映画とかで見た事あるんじゃない?」

「あるんですけど……『かっこいいな』で終ってて……」

「か、『影の軍団』ですよね!」

 わずかに目をキラキラさせた瑠璃が声を上げた。が、同意する声はなく……

「えらく懐かしいタイトルが上がったね……」

「わ、忘れてください……」

「まあ、うん。じゃあ千葉真一を思い浮かべてやってみて」

 瑠璃は、全員の視線が集まる中、息を呑み、微かに震えながら九字を切った。

 そして――

「り……臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前」

 一文字一文字、しっかりと声に出し、しっかりと手刀を切り、太郎を真似て収めた。

 そこまでして、深く息をつき、ようやく肩から力を抜いた。

「ふぅ……」

「……うん、形にはなってた」

「ほ、本当ですか!?」

 瑠璃は、思いも寄らなかった誉め言葉に文字通り飛び上がった。頬が紅潮し、ぎゅっと手を握りしめている様は、心から喜んでいるようだった。

 そんな瑠璃に対し、太郎はあくまで冷静に意見を伝えようとしていた。

「うん。あとはもうちょっと精神集中すれば……」

 と、伝えようとしたその時に――


ピシッ


 何かが、裂ける音が響いた。壁にヒビが入るような、何かが壊れる前兆のような、あるいは太郎自身が先ほども起こした、結界の崩壊のような――

「これは……」

 誰ともなしに口にしたその言葉の直後、藍の周囲に薄い薄い――薄氷のような壁が現れた。そして、ガラスが破砕するかのように、一瞬にしてすべて砕け散った。

 藍の頭から足先まで覆っていた壁が、すべて。

「ま、まさか……!?」

「結界が……!」

 太郎と僧正坊が同時に声を上げた。

 その声と表情に、藍の方が戸惑った。

「え、お二人ともどうしたんですか? え??」

 藍自身は見えていないらしい。10年以上その存在に気付いてもいなかったのだから致し方ない。

「え? え……!? 私……」

 もっと驚いていたのは、その現象を引き起こしたであろう張本人・瑠璃だった。 藍と自分の手を交互に見比べて、自分のやったことがいったい何なのか、確かめているようだった。

 驚きと、喜びとがい交ぜになって、僅かながら震えていた。

 そして、もっと驚いている人物がいた。

「まさか……破られた……? 俺の、結界が……!?」

治朗だ。

 驚くを通り越してわななき、完全に青ざめていた。それまで自身の結界に覆われていた藍を見たまま視線を動かせず、足元もおぼつかない様子でかろうじて立っていた。

「じ、治朗くん? 大丈夫?」

 藍のそんな声にも、ただただ首を振るばかりで何も答えようとしない。

「ば、バカな……こんな……こんな素人の九字切りに、俺が……俺の…………!!?」

 治朗の声は、そこで途絶えた。

「じ……治朗くん、しっかり!!」




「ってことがあって……」

「大事じゃねえか! それで治朗の奴、ずーーーっと壁際でちっちゃくなってんのか?」

 治朗は、まだ誰かが来訪する前から、ずっと一人でそうして壁にもたれかかって茫然としていた。あまりの光景に、誰も声をかけられずにいたのだ。

「今日ばっかりは下手なことは言えないよ……」

「当り前だ。太郎の追試とか吹っ飛ぶわ。お前なに被害者ヅラしてんだよ。治朗の方が被害でかいじゃねえか」

「む。僕だって被害者だよ。あのバカ娘のせいで――」

「あーもう、バカ娘だか狐娘だかはわかったから!」

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