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天狗様といっしょ  作者: kano
第二章
71/210

天狗様、渇望す(1)

 週末の山南家。

 今日も今日とて、日が落ち始めたあたりからこの家には日本を代表する大天狗たちがわらわらと集結する。石鎚山法起坊に大峰山前鬼坊、彦山豊前坊に飯綱三郎、白峰相模坊、伯耆大山清光坊……もとより居候している比良山治坊と鞍馬山僧正坊も含め、全員が集結していた。と言って、何をするでもない。ただ酒を酌み交わすだけだ。

 山南家には、広い敷地とその半分以上を占めると思われるだだっ広い庭がある。その中央に座す松はどっしりと根を張り、百年の時を経てもなお逞しく枝葉を伸ばしている。

 青々とした空に、逞しい幹と枝そして若々しい葉が、実に映える。

 さらに時がたてば、茜指す入日を眺め、空の色が曖昧に変わる様を見つめ、藍色に塗りこめられた空に月と星が点々と煌めく様を拝む。そこに藍やその母の優子の温かな手料理が並び、ついでに丁度いい具合に温められた酒をひっかける。

 これ以上の至福があろうか。

 この家で、この風景を臨み、この料理と酒をたしなむのが、彼ら大天狗たちの最近の楽しみになっていた。 

「はあぁぁぁぁぁ」

 と、そんなみんなが陽気に過ごすはずの客間に、それはそれは大きく長いため息が、響いた。本当に、全員の耳に届くくらいに、響いたのだ。

 その場の全員が、盃を傾ける手を止めた。無視して飲み続けたら絶対に面倒なことになるとわかっていたからだ。

 天狗たちは、互いに視線を交わし合い、誰がその”役目”を引き受けるか、視線で相談し合った。

 一番の年長者(ほうきぼう)か? 付き合いの長い者(さぶろう)か? お調子者(セイ)か? 温厚な人徳者(さがみぼう)か? 寡黙で誠実な者(ぶぜんぼう)か? 既婚者(ぜんきぼう)か?

 様々押し付け合――もとい議論した結果、一番話しやすかろうという見解で、三郎に白羽の矢が立った。三郎はなんとか面倒そうな表情を噛み殺して、ため息の主――太郎に近づいて、その言葉を言った。

「太郎、どうかしたか?」

「なんだ、三郎か……」

 太郎はちらりと近寄ってきた人物の顔を見て、残念そうに呟いた。振り上げそうになった拳を何とかとどめて、三郎はさらに聞いた。

「なんだ。元気ないな」

「ちょっと……色々あって……」

「あ~……色々ってなんだ?」

「色々は……色々だよ」

 放っておいてと言いたげな言葉ではあるが、この太郎と付き合いの長い長い彼らはよく知っていた。絶対、放っておいたら後が怖いと……。

 心底億劫な気持ちを堪えて、再び三郎が尋ねることにした。

「なんだ? ほれ、こんだけ面子が揃ってんだ。何かしらは解決するかもしれんだろ。一つ一つ話してみろや、な?」

 幼子に言い含めるかのような声音に、太郎は唇を尖らせたまま、小さくうなずいた。

「まずなんだ? 何でも言ってみろ」

「………………追試、落ちた」

「……………ぶっ……」

 案の定噴き出した清光坊の口を、咄嗟に両脇の二人が塞いだのを確認し、三郎は先を促した。

「名前も書いたし、回答も完璧だったのに……あのバカ娘のせいで……!」

「ば、バカ娘……ね」

 太郎の口から特定の人物の名前が出てくることに三郎はわずかに驚くが、そんな様子に構うことなく太郎は語り続けた。

「あのバカ娘……天狗が神通力を使えるからって勝手にカンニング常習犯みたく言って、挙句の果てに自分にも教えろなんて言ってきて……!」

「あ~ははは……いっそユニークだな、その娘の発想」

「ユニークですめば神仙はいらないよ!!」

「お、おう、すまんすまん」

 お前さんのその言葉の方がよっぽど不遜だぞ、という言葉を、三郎はひとまず呑み込んだ。太郎が、珍しくはらわたが煮えくり返って沸騰し尽くしててカラカラの空焚きになっているのがわかっているからだ。

 ではなぜ沸騰し尽くしているのか?

 さっきからこの話をすること、5度目だからだ。

「まあまあ……あれだろ? さっき聞いた、太郎にずっと憧れてたっていう天狐の娘だろ?なるほどな……で、どうなったんだ? 結局そこを聞けてない気がするんだが」

 太郎が冷静には話せないことを察したのか、僧正坊部屋の隅にいたが言を継いだ。

 三郎は、今ばかりは助かったと言わんばかりに視線を向けた。

「まぁ色々あって、暴力娘のとりなしで太郎の”修行”を受けることになったわけなんだが……」

「へえ、お嬢がとりなして……そりゃまた面白いことに……」

「何が面白いって?」

「いや、なんでも」

 睨みつけてくる太郎の視線を、三郎は笑いを堪えながらかわした。

 三角関係のヨ・カ・ン☆ なんて冗談でも言おうものなら、下手をすれば消し炭にされるのが目に見えている。

 空気を変えてくれたのは、法起坊だった。

「そういえば太郎、藍に術の手ほどきをしてやるんだったな。何から手を付けるんだ?」

「それなんだよ……親父さん……!」

 太郎は、ふたたび 力なく肩を落とした。

 再び太郎に代わって、僧正坊が言を継いだ。

「治朗が、あの暴力娘に小さな結界を張っていたのは、お気づきですよね?」

「お、おう。あの存在感が薄くなりそうな結界だろう?」

「まさしくそれです。暴力娘がそれに気付いたので、太郎は最初の課題として、あれを『自力で破る』ことを課したのですよ」

「え、あれを!?」

 今度は太郎に視線が集中した。主に非難の目が。

 その非難の声を、代表して相模坊が口にした。

「冗談でしょう。簡素なものでしたが、曲がりなりにも治朗が張ったものですよ。簡単な術の制御にすら難儀していた藍さんが破れるとはとても……」

「それが、破ってしまったんだ……」

 僧正坊は、何故か沈痛な面持ちで、静かに首を横に振った。

 その様子を目にして、どういうわけか話の信憑性が増した気にさせた。。

「………………へ?」

 その声は、誰が発したものかわからなかった。全員、かもしれない。

 その場の全員が、ほぼ同じような表情を浮かべていた。

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