天狗様、天敵(?)と相対す(9)
「あの……聞いてもいいでしょうか?」
燃え盛る地獄の業火に近づこうとする猛者が現れた。治朗くんだ……!
「なに?」
「その……試験の間に、何かあったのですか……?」
治朗くん……!
今、それを、ここで聞いちゃう……!? 明らかにそれが原因で太郎さん、もう消火器が何本あっても足りなさそうなのに……!
だけど太郎さんは、意外にも穏やかな声音で語った。
「ああ、それ。聞いてくれる? この子、僕らが神通力を使って事前にテスト問題と解答を盗み見してたって言うんだよ。そのおかげで僕ら天狗は揃って成績上位なんだろうって自信満々に言うんだから、もう可笑しいでしょ?」
「は?」
「なんだって?」
太郎さんはケラケラ笑い出しそうな口調で……実際に笑顔で言った。
対する治郎くんと僧正坊さんは……揃って仁王様とそれはそれはそっくりなお顔になっておられる。今にも女の子をプチっと握りつぶして食べてしまいそうなほどに睨み据えている。
それもそのはず。3人とも、ものすっごく真面目に試験勉強しておられたのだから。何もしなくたってそれなりの成績だろうに……
『こういうことは、神仙の眷属が率先して頑張る姿を見せないといけないんだ』
と言ってたからなぁ……。
なので、これはマズい……! あの子が本当に殺される……!
「この人たちが天狗だって、どうしてわかったの?」
彼らのお怒りはごもっともだけど、殺人事件だけは回避しなければ……!
そのために、話題を逸らす!
幸い、女の子はすぐに答えてくれた。
「そ、それは……気を感じたから……」
「気? 治朗くんとか僧正坊さんとか?」
「あとは、あなたも……」
女の子は、遠慮がちに私を見た。
「私?」
「すごく強い気を持っているのに、すごい使い手ってわけでもなさそうだったから、不思議だなって思ってて……」
「……でもそれだけだと納得がいかないな」
僧正坊さんが、言葉をはさんできた。
顔は元に戻っている。良かった……!
「治朗坊や私やこの暴力娘はともかく……太郎坊は今、他人が感じ取れるほどの気を持ち合わせていない。彼のことはいったいどうやって天狗だと気付いた?」
「そ、それは……」
女の子は急になんだかそわそわし始めた。
現れた時の高飛車な物言いや、太郎さんに叱られている時の小動物のような態度、どちらとも違う。頬を少し赤らめて、見たいけれど見られない……そんな様子だ。
「なに? 僕が何かしたって?」
太郎さんは完全に苛立ったままだ。その声に一瞬びくっと震えたものの、女の子はいきなり立ち上がって、大きくお辞儀をした。
「わ、私……『御先 瑠璃』っていいます! 愛宕山太郎坊さんに、ずっと会いたかったんです!」
「会いたかった? 僕に?」
「はい!」
瑠璃と名乗った女の子は、耳まで真っ赤になって頭を下げた。
さっきまでの態度との落差に、治朗くんも僧正坊さんも、呆気にとられている。もちろん、私も……。
「どうして? 会ったことある?」
「あ、あります! うんと小さい時に!」
「……覚えてないな」
太郎さんが首をひねる様子に、瑠璃さんは少し落胆したようだった。自分は会いたかったのに、相手が覚えていなかったら、それはショックだろうな……。
「わ、私は小さい頃、よくあやかしにいじめられていて……」
「あやかしに……!?」
この子も、私と同じ……!?
「それである日、悪さをされて迷子になって、家に帰れなくなって泣いてたら……山の中から男の人が現れて」
「兄者だったと」
瑠璃さんは、こくりと頷いた。
「太郎坊さんは里の近くまで連れて行ってくれて、帰り際に一つだけ術を教えてくれたんです。悪いモノから身を隠す、結界の術を」
「……僕が?」
「太郎坊、覚えは……」
「ごめん、ない」
その言葉に、瑠璃さんはガックリと項垂れた……。
なんてデリカシーのない人たち……。
だが、それでも瑠璃さんはめげないで言った。
「わ、私にとっては忘れられない思い出だったんです! 太郎坊さんが教えてくれた結界のおかげでそれ以降、危ない目に遭わなくなったから……だから御礼が言いたくて……!」
「ああ、うん。そう。気にしないで」
手をひらひらさせて遮る太郎さん。
瑠璃さんの脳内に除夜の鐘のような音が鳴り響いていることは……想像に難くない。
「そんなに貴重な術を教えたのかい、太郎坊?」
「ううん。若手の天狗や修験者が一番最初に教わる初歩の結界術」
「だそうだ。本当に気にしなくていいと思うよ。太郎にとっては、ほら、大阪の下町マダムが無差別に飴を配るのと大差ないよ、きっと」
なんでわざわざ凹ませる言葉を選ぶの、この二人……!?
「二人とも、そこまで言わずとも……」
「……治朗坊、忘れたのかい? この娘は本心だろうと建前だろうと、我らのことをカンニング犯扱いしたんだよ」
「あ」
治朗くん、忘れてたから庇っただけか……!
「それだけ感謝してる人に向ける言葉かな、さっきのは? 『天狗のくせに』とも言ってたね」
「それは、ごめんなさい……本当に。少しでも、強く見せたくて、つい……」
「自分を強く見せるのと、相手を貶めるのは違うんじゃない?」
「はい……」
瑠璃さんは、一層しゅんと項垂れてしまった。
覚えられていないどころか、雷とお説教を喰らった姿は、見ていていたたまれない気持ちになる。
その姿を見ていた太郎さんは、急に息をのんだ。
「あ、もしかして、君……!」
「!」
瑠璃さんはわずかに顔をほころばせた。
けど太郎さんは逆に顔をこわばらせて――
「もしかして、”あやかし”なんじゃ……!?」




