天狗様、天敵(?)と相対す(5)
ピーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!
と、太郎の頭の中の笛付ケトルがけたたましい音をあげた。
「ふざけるな……」
「?」
太郎はゆらりと静かに立ち上がった。音もなく、まるで幽霊のようにふわりと短い距離を揺蕩った。俯き加減であるがゆえに、座ったままの少女からは、影に瞳が浮かんでいるかのように見えていた。
そして、ぴたりと少女の机の横で動きを止めた。
少女は、指を引っ込めることさえできないまま、震えだした。
「なんだっけ? 予知能力で事前に問題を知ってた? つまり君は、僕らがカンニングしてたって言いたいんだね?」
「い、いえ……」
「そうなんでしょ?」
「はい……そ、そうです……!」
「しかも今……なんて言った? もう一回聞かせてくれる?」
「……はい?」
太郎がゆらりと立てた人差し指が、ろうそくの炎のように揺らめいた。
まるで呪いにかけられるように、少女はすくんだ。
「も、問題を教えて下さいって……」
「もっと言い方から違ったような気がするんだけど」
「ひっ……! こ……『この結界から出してほしければ問題教えなさい!』です……」
太郎の立てた人差し指が、腕ごとだらりと落ちた。幽霊……いや、ゾンビのような不気味さを醸し出していた。
だがゾンビと大きく違うのは、その内側に、激しい憤りを孕んでいることであった……!
「僕は……僕はね、許せないものが二つあるんだよ。一つは藍を傷つける輩。もう一つは……」
「も、もう一つは?」
「努力しようともしないで、楽することしかしない、しかもそのために他人を利用することに何の罪悪感も持たない昼行灯にも劣る愚か者だ……!」
「ひ……ひ、ひ、昼行灯て何ですか……!?」
「自分で調べろ、このバカ娘!」
「ご、ご、ご、ごめんなさい!!!」
切り取られた空間が、ピリピリ震えるほどの大声に、太郎自身ですら驚いていた。
が、驚いている場合じゃない。言いたいことは、まだあるのだ……! すっかり縮み上がった少女に、太郎はなおも続けた。
「だいたい何だって? 『結界から出してほしければ』? こんなペラッペラの結界、今すぐぶち破ったっていいんだよ! できるんだよ! でもそんなことしたら君が試験受けられなくなってさすがに可哀想だから、遠慮してやってたんだよ。忠告もしてやったっていうのに言いたい放題……結界の腕も成績ももう少しマシになってから言ってほしいね、そういう調子こいた発言は!!」
「は、はい! ご、ごめんなさい!」
肩で息をする太郎を、少女がおそるおそる見上げた。
「あの……」
「まだ何か?」
少女は少しだけ迷った結果、疑問を口にした。
「ホントに……テストの問題と答え……知らないん……ですか?」
ぷちっ
と、太郎の中で何かが弾けた。笛吹ケトルの笛が、勢い余ってどこかへ跳んでいってしまった……。
太郎はその瞬間、頭で考えるより先に、手が印を結び、口は真言をとなえていた。
「ノウマク サラバタタギャテイビャク……」
「わぁっ!!? ち、ちょっと待って!」
太郎は、待つほどの猶予もなく素早く唱えあげると、拳を振り上げた。
そして静かに言い放った。
「”破砕せよ”」
言葉とともに拳を振り下ろすと、周囲の壁に亀裂が走った。無論、切り取られた空間の壁だ。だが見た目は教室と何ら変わらない。
建物自体が崩れるかのような轟音と地震のような振動が二人を覆い――
ガシャァーーーーーーーーンッ!!!!
ガラスが破られたような破砕音とともに、そのすべてが止んだ。




