天狗様、再び(3)
「そうだそうだ~。今日ぐらいは料理や酒運ぶのは他の奴に任せちまえ~。治朗とか、もう一人の居候とか……ヒヒヒ」
セイさんが意地悪そうに笑って視線を向けた先にいるのは……鞍馬山僧正坊さん。
「…………私のことを言っているのかい?」
部屋の隅から、めちゃくちゃ不機嫌そうにこちらを睨む美男子がいる。
この方も日本を代表する八大天狗の一人で、まぁうちの”常連”の一人だったんだけど、ひと悶着ありまして……
詳しくは控えるけれど、まぁ私や私のお母さんに呪いをかけて、その余波で天狗仲間の太郎さんまで死なせかけるという大失態を犯した人だ。
その後、鞍馬山に強制送還して、お山を守護する三尊に処分をお任せしたところ、『やらかしたことは自分の身をもって償え』と言われたらしく……こうして我が家に居候することになりました。”下働き”として。
「ちょっと待て! 上の説明、足りてないだろう! 確かにみんな死なせかけたが、その分君は、”正当防衛”と称して私のことをそれはそれは酷い目に遭わせてくれたじゃ……!」
「え、何か言いました?」
「ぐ、ぬぬぬっ…………!」
ニッコリ笑って拳をボキッと鳴らすと、僧正坊さんは黙ってしまった。
随分態度のでかい下働きだこと……。
そんな僧正坊さんの頭を、後ろからひっぱたく人がいた。
「ぐだぐだ言うな。さっさと酒を取りに行くぞ、僧正坊」
「な、なにをする治朗坊!」
そんなことをやっちゃうのは、同じく大天狗だけど、まだ”次期頭領”である比良山治朗坊。小さい頃からこの家で一緒に過ごした幼なじみで、よくわからない体育会系理論で私を鍛え上げた鬼教官でもある。堅物で、超厳しいのです。
「放せ、治朗坊! なぜこの私が給仕など……!」
「早く自由の身に戻りたいなら、母御前や藍の役に立つことだな。言っておくが、母御前は俺以上に審査が厳しいぞ」
治朗くんがそう言って一睨みすると、僧正坊さんは黙った……。
個人的にも反りが合わなかったところに、治朗くんにとっては誰より慕う『兄者』を殺しかけたのだ。許しがたいという言葉を超えているだろう。僧正坊さんの下働き処分が決定してからこっち、ずーーーっと、刺々しいのだ。
治朗くんが、大人しくなった僧正坊さんを引きずって客間を出ようとした丁度その時に、襖が開いた。
そこには、幽霊みたいな人が立っていた。
ボサボサの黒髪、黒いTシャツに黒ズボン、猫背のせいで実際よりも身長が低く見えて、相手を下から見上げる癖が出来上がった、黒いオーラを発する人……じゃない”天狗”が……。
「君たち、うるさいんだけど……」
地獄から舞い戻ったように恨みがましい視線を他の大天狗様たちに向けたその人は、その人こそ……
「よう太郎! 調子どう?」
調子いいわけないって分かり切っているのに、そんなこと聞かないでほしい……!
恐れ知らずなことを言ったセイさんをじろりと睨んで竦ませたこの人こそ、九億四万の天狗を率いるとも、日本の天狗たちの総大将とも言われる存在――愛宕山太郎坊……の”次期頭領”。
聞こえてくる立場は立派なんだけれども……ことの発端、いや諸悪の根源はこの人と言っても過言ではない。
そもそもこの人が、私のことを前世からの許嫁と呼んで現れたことからすべてが始まったんだ。いや、私が生まれる前から色々根回ししていたみたいだから、正確にはもっと前からだけど……。
なんでも、『藍姫』というとても強い陰陽師の姫君と将来を誓い合っていたけれど、悲恋の末に彼女は太郎さんの天狗としてのほぼすべてを封印して、命を落としたのだそうだ。
悲しみに暮れる太郎さんは、いずれ生まれ来る彼女の魂を受け継いだ生まれ変わりを求めて、1000年の間待ち続けたのだとか。そして……やっと産まれてきた姫の生まれ変わりが、私なのだと、嬉々として語っていた。
そんなこと言われたって信じられるはずはないのだけど……
ただ、その前世の姫の力の影響か、私は昔から他の人には見えない不可思議な存在・あやかしたちに狙われ、何度も襲われたり喰われそうになったり、危険な目に遭ってきた。そういう時のために、治朗くんを護衛に付けてくれた人こそ、太郎さんだ。私のもとに現れてからは。彼自身も何度も私の危機を救ってくれている。
だからまぁ……迷惑もしてるけど、それよりちょっとプラスぐらいで、感謝もしている。
笑い方がちょっと気色悪いことと、放っておいたらトイレまで着いてきちゃう悪癖さえ目を瞑れば(瞑れないけど)、冷静だし物知りだし、頼りになるんだけどな……。
だから初めて会った時よりは、最近は落ち着いて話せるようになってきている……と思う。
「まあまあ……うるさくしてごめんなさい」
どうも本気でうるさがっているみたいだから、さすがに申し訳なくて謝ると、太郎さんはくるんとこっちを向いた。
そして……
「謝る事なんてないよ! 藍が頑張って結果を出したのは喜ばしいんだから! ていうか、僕も嬉しいよ!」
ニコニコ……というかニタニタしながら近づいて手を握ろうとしてくる。さらっとかわして、引きつりながらも笑顔を向けたら、やっぱりなんか嬉しそうな顔をした。
「そう言ってくれるのは嬉しいんですけど……やっぱり、太郎さんは勉強中だし……」
「気にしないで。本当なら僕も加わりたいんだけど……藍は目いっぱい喜んだらいいんだよ!」
そこまで甘くなられても複雑なんですが……。
「しっかしあれだけ大騒ぎした中間試験も、意外な結末だったよな~」
その言葉に、不穏な空気を感じたのは私だけではなかった。
その場の全員が、喋りだしたセイさんを止めようと思ったものの――遅かった。
「まさか……太郎だけ、追試になるなんてな~」
空気が凍った。
誰一人、太郎さんを直視できなかった。
これが、今回の物語の始まりでした……。




