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天狗様といっしょ  作者: kano
第一章
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天狗様、棲み着く(2)

「あの、お母さん……この人の嫁になるって部分は戦わなかったの? それって……確定しちゃってるの?」

「う~ん、戦った末に半分確定した……かな?」

「なに半分て!?」

「確定しているからこそ、俺が来たんだろう」

「な、何で……? 肝心の私の意見は?」

「もちろん、私は言ったわよ。16歳の誕生日、藍ちゃんが了承したら、許すって」

「じゃあまだ決まってないじゃん! なに確定しているみたいな言い方してんの!」

「え? 僕のお嫁さんになるの、嫌なの?」

 そのキョトン顔やめぃ!

「嫌に決まってるでしょ!」

「そ、そんな……」

 太郎さんの目に、再び涙がじんわりと滲みだした。思わず怯んだけど、ここで引き下がると向こうの思うとおりに事を運ばれてしまう。

「な、泣いてもダメ! 勝手にそんなこと決められて、了承するわけないでしょうが」

「だ、だって……君は”姫”なんだよ? 約束したし……きっと僕と逢えばわかってくれるって……そう思った、のに……」

「藍、兄者を泣かせるな! 兄者はな、繊細なんだ!」

「ああもう、治朗くん黙ってて! わかんないことだらけで色々勝手に決められてる私の身にもなってよ! だいたい姫って誰!? 何者!?」

「え……?」

 それまでぐすぐす泣いていた太郎さんが、ぴたりと泣き止んだ。こちらを向いた顔には、またしてもきょとんとした表情が浮かんでいる。

「何って……姫は姫だよ」

「だから……」

「そういえばそうねぇ」

 隣から、お母さんののんびりとした声が響いた。

「大昔に将来を誓い合った仲だって言うのは聞いたけど、人となりは聞いた事なかったわねぇ。治朗くんもそのあたりは話題にしなかったし」

 声を受けて、全員が治朗くんを見た。

 治朗くんは天井を仰いで、考えながらポツリと話した。

「人となりは、正直なところよく知らない。一つ覚えているのは、術の達人だったということだ」

「ああ、そういえば都でも高名な陰陽師の娘だったね。その人は弟子がたくさんいたけど、実は一番優秀だったのが彼女……藍姫だって聞いたなぁ」

「へぇ……陰陽師……」

「君は? どれくらいできる? 結界ははれる?」

「え……できませんが、何か?」 

「え、おかしいな、姫の力を受け継いでるはずなんだけど」

「兄者、藍は昔からその手の事は苦手です。何度も教えたのですが一向に上達せず、結局は何かあれば俺を呼ぶということで落ち着いたのです。印の結び方も、陣の描き方も、効果が出ないうえに完成までに時間がかかるので、いざという時にはむしろやらない方がいいという結論に達しまして」

 う~ん、冷静に恥ずかしいこと言わないでほしい……。

「そっか。じゃあ、治朗にもこのままいてもらった方がいいか」

「また勝手に決めて……治朗くんにだって都合が…………え、今なんて?」

「治朗にもこのままいてもらう方がいいかなって。誕生日までまだ半年あるんでしょ?」

「そ、そうだけど……」

「あら、そうだわ。太郎坊さんたら、今日はどうしていらっしゃったの? 本当に、お迎えは半年後でしょう?」

「私が”yes”って言ったらね」

 一応言っておかねばと思って付け足すけれど、この人、ついにスルーして話を続けた。

「え、半年待てなかったからちょっとだけ見に来たんだけど? ついでにそのまま一緒に帰れたら、なんて……」

 あ、これは”ちょっとだけ”を何回も何回も繰り返すパターンだ。てか最後の方、ゴニョゴニョと何言った……!

「で、考えたんだけど、このまま誕生日まで一緒にいようかなと思って」

「あ~はいはい、そうですか……へ?」

「兄者、ここに留まるのですか!?」

「うん。このまま帰ったら、半年後、彼女にお嫁さんになってもらえないだろうから。ずっと一緒にいて、お互いによく知らないと」

「え、ずっと一緒って……」

 私の方は別に知らなくていいし、知られたくもないんですけど……。

「ねぇ母君、僕ここに棲んでもいいですか?」

「あら、いいわね。大歓迎だわ」

「お、お母さん! いいの!? 部屋とか、なんかもう……色々!」

「お部屋は大丈夫。元々治朗くんがお山へ帰ったら離れを改造して、下宿にしようと思っていたから。丁度いいわ」

「そうじゃなくて……ああもう、この際ハッキリ言うけど、見たまんま不審者じゃない! 一緒に棲んで本当にいいの?」

 視界の端で治朗くんが怒っているのが見えた。その横では、何故か言われた当人が妙に嬉しそうにしていた。そういうところが不審者だって言ってるのに……!

 そして訴えかけたお母さんはというと、これまたきょとんとするという謎リアクションだった。

「不審者じゃないでしょう? お母さんは知り合いだし、何より治朗くんがああまで慕う人よ。少なくとも悪い人ではないんじゃない?」

「そ、それは……」

私が言い淀むとほぼ同時に、太郎さんがずずいとお母さんの前に進み出た。

「母君、ありがとう。これから宜しくお願いします」

「あら~こちらこそ。これからお魚メニュー増やさないとね。天狗さんはお魚が好きなんでしょ?」

「あ、そこはお構いなく」

 ああ……また、私の意思に関わりなく物事が進んでいく……。

「大丈夫か?」

 いつの間にか、治朗くんが近くに来ていた。たぶん私が急速に青ざめたからだろう。昔からのフォロー癖が抜けないんだろうな……。

「その……すまん。お前の言う通り、色々な事からお前の意思が極端に欠落している。お前に言われるまでそのことに気付かなかったことも含め、申し訳ない」

「え、そんな……」

「だが」

 いきなり両肩をがっしりと掴まれる。真正面には、今まで見た事のない、治朗くんの嬉しそうなキラキラ輝く瞳があった。

「心配するな。一緒にいるうち、お前もすぐに兄者の素晴らしさがわかるようになる。そんなに時間はかからん。俺が、お前と兄者が理想の夫婦になれるよう全力で助けるからな」

 治朗くんは、朝、私がなけなしの勇気を振り絞って告白したことをお忘れの様子です……。だけどそんな絶望も吹っ飛ぶくらい、目の前の治朗くんは活き活きした様子だった。『水を得た魚』その言葉がピッタリなくらい。

 だから、もうそれ以上の言葉が出せなくなってしまって、つい言ってしまった。

「はい……宜しくお願いします……」


 これから後、さらに色々なことに悩まされることになるとは、この時はまだ、知る由もなかった。

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