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天狗様といっしょ  作者: kano
第一章
53/210

天狗様と姫(5)

「母君の?」

「あいつは、母君になにかと近づいていた。おそらく太郎がやるように、細目に母君の気を摂取する目的があったんだろう。こういう時のために」

「母君の気で結界を張り、似た性質の気を持つ藍さん以外は受け入れない……そういうことですか?」

「おそらくな」

「そ、そんなことして何になるんだよ? どうせそんなに長い間もたないだろ?」

 清光坊が腰を浮かせそうになりながら言うが、法起坊が視線で押しとどめた。結界を維持するために、今は各々がその場を動いてはならないのだ。

「要は、あいつは今、藍を連れて立て籠もっている状態だ。確かにこの中にはいる。だが、中で何が行われているか、儂らには知る由もない……!」

「それって、ヤバいんじゃ……?」


バンッ!!


 清光坊の言葉を遮るように、室内に大きな音が響き渡った。

 音の主は、太郎坊だ。彼の細い腕が、どれほどの力を込めたのだろう。畳にずっしりと沈んでいた。

「理屈はいい。御託もいい。藍は、どこなんだ……?」

 畳に叩きつけた拳から、じわりと血が滲み出た。

「兄者、抑えて……」

 宥めようと近づいた治朗坊は、ぴたりと動きを留めた。

 太郎坊を取り巻く空気が、重みを増し、黒い霧のように立ち込めていたからだ。

「兄者……!」

「太郎坊、鎮まれ……!」

 治朗坊の声にも、法起坊の言葉にも応えない。太郎坊の周りをまばらに囲んでいた黒い霧が徐々に寄り集まり、大きな影のように変わり、太郎の姿を呑み込もうとしている……!

「おいおい、太郎! 落ち着け!」

「ちょ……怖ぇーよ、太郎!」

 口々に太郎に呼びかける声が飛び交うが、そのどれ一つとして、太郎の耳には届いていない。太郎坊の中では、ただただ、藍を探し求める声だけが渦巻いていた。

「藍、藍……ドコ、だ……?」


――太郎、さん……


「! 藍っ!?」

 太郎の耳に、凛とした声が響いた。

 周囲を見回しても、その姿はない。そしてその場の誰も、同じ声を聞いてはいないようだ。

「兄者、どうされたので……?」

 治朗坊の声には耳を貸さず、あの声の主を探した。近くにいるのは確実なのだ。どうやって、手を伸ばせばいいか。それさえわかれば――

 ぐっと、両手の拳を握りしめた。その時、気付いた。自分のものではない感触があることに。

 その掌をそっと開くと――紅い宝石を煌めかせた金の指輪が、そこに在った。

「藍……!」

太郎の呼び掛けに応えるように、指輪は淡く光を発した。真っ白な、彼女の清らかな気をそのまま表したような真っ白な光だ。

同じ光の気配を、どこからか感じた。この光の主がいるところを示してくれているのだ。

「藍……これで、君に……!」

 太郎は指輪をその掌に握りしめ、どことも知らない、愛しい人のいる”何処か”へ向けて手を伸ばした――!




暗闇の中――

光も音もない世界に、私と僧正坊さんの二人が向かい合って対峙していた。

 私は、掴みかかりたい衝動をこらえて、ただ視線を僧正坊さんに向けるにとどめた。

「……ここは、どこなんですか」

「結界の中さ。ちょっと特殊な仕掛けをしたから、私と君以外は入ってこられないよ」

穏やかで、柔らかな声だ。さっきの姿からはかけ離れた、いつもの僧正坊さんに戻ったようだ。

声音だけは、の話だけど。

「なんで、私をこんなところに連れてきたんですか?」

「なんで……か。まぁ平たく言えば、八つ当たりかな」

「八つ当たりって……」

「だってねぇ……あの状況は、はっきり言って詰んでるだろう。あそこで皆に袋叩きにされ、お山に帰っても袋叩きにされ、下手をすれば今の地位も剥奪され、おまけに私の目的は何一つ達成されない」

「あの場の誰も賛成しない目的だったんだから、仕方ないんじゃないですか?」

「厳しいね。確かに私だって、他の天狗が同じことをしたら、きっと罰しただろうね」

「ほら、やっぱり良くないんじゃないですか」

「君は……本当に何もわかっていないんだね」

 僧正坊さんは、喉の奥で笑った。だけど愉快そうではなかった。静かに首を横に振り、ため息をつく姿は、明らかに苛立っていた。

「あのね、私なんぞの代りはいくらでもいるんだよ。私が今、頭領を降ろされたとしても、すぐに別の者が頭領に収まるだけさ。だが……太郎は違う。彼を失えば、天狗たちすべての大損失だ」

「天狗たち、すべて……ですか」

「ああ。彼こそ、この国の天狗と呼ばれるすべての存在を統べるために現れた者だ。決して……決して、たかが人間一人のために失われていい者じゃないんだよ」

 まるで呪いの言葉のように、その声は低く低く響いてきた。私を見据える瞳が、怪しくぎらついて光るのがわかった。

「要するに、自分はもうおしまいだから、最後に私だけでも潰しておこうってことですか?」

「ああ、そういうことになるかな」

 僧正坊さんが、ふいに一歩歩み寄った。私は思わず、半身を引いていた。

「可哀そうに。あの女の魂の器でさえなければ、長生きできただろうに……!」

 私へ向けて、しなやかに腕が繰り出された。掴まれたら、命はない――!

 思わずぎゅっと目を瞑――らずに、私は毅然と僧正坊さんを見据えた。そして、繰り出された腕をいなして、掴んだ。

「えぇいっ!」

掛け声とともに腕を引いて 転がすと、僧正坊さんの体は空中で円を描いていった。

「ぐぁっ!」

そして、背中から落ちた。

「ふぅ」

技の後で一息つく私とは正反対に、投げられた僧正坊さんは茫然としていた。無理もない。突然のことで、ちゃんと受け身もとれてなかったし。

「……え?」

 私は、掴んでいた腕を手放した。それでも僧正坊さんは、起き上がることを忘れていた。

「え、じゃないですよ。起きてください。私を殺すんでしょう?」

「……は? 何を言って……」

「いいですよ。やり合いましょう。正当防衛で、受けて立ちます」

「…………はぁ?」

 よろめきながら立ち上がる僧正坊さん。怪我はしてないようだ。さすがは大天狗。

「早々すぐに倒れられたら、張り合いないじゃないですか」

 半身を引いて、腰を落とし、余分な力を抜いて構えた私の脳内で、高らかにゴングが鳴り響いた――!


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