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天狗様といっしょ  作者: kano
第一章
51/210

天狗様と姫(3)

「なるほど……すべてお見通しでしたか。相変わらず、何を考えているか読めない方だ、太郎坊は」

「……その様子だと大丈夫だと思うが、見苦しい真似はしてくれるなよ、僧正坊。これからどうするか、選べるなどとよもや思っていまいな?」

「見苦しい真似……例えば、無様に逃げ去る、ということですか?」

 僧正坊さんが真っ黒な羽を広げようとした。

 その瞬間、部屋にいた全員がほぼ同時に印を結び、呪文を唱えた。

 はじめに前鬼さん、後鬼さんが二人で――

「ナウマク サンマンダ バザラダン カン !」

 次に三郎さん、セイさんが――

「オン ソンバ ニソンバ ウン バザラ ウン パッタ !」

「オン シュチリ キャラロハ ウン ケン ソワカ !」

 そして法起坊さん――

「オン アミリテイ ウン ハッタ」

 唱えた瞬間に、彼らの背後に光でできた壁のようなものが現れた。天地と三方を塞がれた僧正坊さんは、狼狽えてたたらを踏んだ。

 最後の退路を塞ぐように、治朗くんが叫んだ。

「オン バザラ ヤキシャ ウン!」

 治朗くんの声と共に、壁際に障壁が姿を現した。

「くっ……」

 遂に四方・天地を塞がれ、僧正坊さんは静かに羽を収めた。

「私などのために明王様のお力を借りるとは……随分、評価してくれたものですね、法起坊さま」

「……万が一にも、お前を逃すわけにはいかんからな」

「ははは……逃さず、どうするのです? 私を頭領から降ろすよう、鞍馬山三尊に訴えますか」

「頭領云々は鞍馬山の方で決めてくれ。とりあえず儂らは、各々お前に懇々と説教する必要がありそうだ」

「……ふん?」

 開き直ったのか、僧正坊さんは法起坊さんの言葉を真正面から聞いていないようだ。だけど、法起坊さんの視線が動いた時に、僧正坊さんの表情もまた、崩れた。

「……だが、まぁこの中で一番お冠の奴に、ひとまずは任せるとするよ。それでいいだろう、太郎坊?」

 法起坊さんが、私の背後に視線を投げかけたその時――

「…………ふぅ」

 静かに息を吐き出す声が聞こえた。その声は、耳になじんだ声だ。

 振り向くと、彼はちょうど、ゆらりと身を起こしていた。ゆっくりと、音もなく立ち上がり、口元の血を拭った。

 私は、自分でも意識せずに、その名を呼んでいた。

「太郎さん……」

 彼は、応えるように小さく微笑んだ。

「うん。ただいま、藍」

 太郎さんは、小さく微笑んでそう言った。それだけしか言わなかったけど、私はそれだけ聞けて、どこか満たされた気持ちがしていた。

 どうしてかは、わからない。わからないけど、とにかく今は、この言葉しか思い浮かばなかった。

――良かった……! 

 その一言だけしか。

「やれやれ、戻ってきましたか」

 その嘲るような声が、太郎さんの視線を鋭く変化させた。その刃のような視線を向けられても、嘲笑の声は止まらなかった。

「死んでしまうなら、その時はその時。新たに総大将となるにふさわしい天狗を見定めようと密かに心躍らせていたんですが……残念なことに、それはもう少し先になりそうだ」

「…………言いたいことは、それだけ?」

「はい?」

「言いたいだけ言わせてあげるよ。当分、そんな口がきけなくなるほど叩きのめすから」

 その言葉が孕んだ怒気に、傍にいた全員が身震いした。

 それでも、僧正坊さんは笑みを崩さなかった。

「へぇ、それは怖い……ふ、ふふふ……」

 僧正坊さんの笑いは、太郎さんへの嘲りから、自嘲のような色合いに変わっていった。

「なにが可笑しいの?」

「失礼。あまりに絶望的な状況なものでね。明王の力まで借りた結界で逃げ場のない中、未だかつてないほど怒りに駆られている太郎坊……いったい私はどうなってしまうのかな、と……くくく」

「僧正坊、まさかこの期に及んでまだ逃れられると思っているのか?」

「まさか。この結界がどれほど強固で神聖なものか、わからない私ではないよ、法起坊さま。だけどそうだな……良ければ聞かせてくれないか? どうして私が仕掛けたとわかったのか。いつから疑っていたのか……」

 太郎さんは、少しだけ躊躇った様子で、静かに口を開いた。

「なんとなく……あの総会の時から」

「なんだって?」

「やたら母君と一緒にいるから怪しいと思ったんだ。少なくとも人間を率先して助けるような心意気の持ち主じゃないから」

「失礼だな」

「事実でしょ? あとはまぁ、周囲のことを三郎に探ってもらったら色々と、ね」

 今度は三郎さんが、太郎さんの言を継いだ。足を崩して座っているけれど、他の人と同様、どっしり構えている。まるで門番のような姿だった。

「学校だとかショッピングモールだとか、他にも高校生が行きそうなあらゆるところにあやかしと”器”を結び付けやすくする術が仕掛けられていた。そりゃあ変なことも起こるわけだ。調べた狐たちによると、複数の神仏の気配が入り混じっていたそうだ。千手観世音菩薩、毘沙門天王そして――」

「護法魔王尊、ですか」

「その三尊の名前が上がれば、思いつくのは一つでしょ。三位一体の本尊を祀る、鞍馬山ってね」


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