天狗様、工作す(8)
「お母さん!」
やや乱暴に開けると、中には天狗様たちがすでに揃っていた。誰も私の乱暴な開け方を咎める人なんていなかった。
すぐに道を開けて、枕元で様子を見る法起坊さんの元へ導いてくれた。
「藍、非常に危険だ。もう母君の気はすり減って僅かしか残っていない」
「そんな……」
どうにかならないんだろうか? 藁にもすがるような思いだったけど、法起坊さんはじめ、天狗様たちの顔を見て、その思いが叶わないのだとわかった。
「お母さん……! 嫌だ……こんなお別れなんて……!」
すがるように握ったお母さんの手は、驚くほど冷たかった。かすかに息はあるけれど、今にもいなくなってしまいそうなのだと、嫌でもわかってしまった。
少しでも呼び戻そうと、ぎゅっと強くその手を握った。
「藍」
そんな私の肩に、そっと手を置いた人がいた。
太郎さんだ――
「藍、大丈夫」
「太郎さん……?」
「これを、切って」
そう言って、太郎さんはさっき手にした私の絵とハサミを差し出した。
「この絵を……切るんですか?」
「うん」
「それで……お母さんは、助かるんですか?」
「助かるよ。君じゃなきゃできない」
「……わかりました」
「辛いと思うけど、僕を酷いと思うかもしれないけど――」
ジョキッ!
「――あれ?」
私は1回、2回、3回と、深く深くハサミを進めていった。大胆に進んだハサミは、10回も進まないうちに画用紙を両断してしまった。
切り取られた方の紙片が、はらりと床に舞い落ちていった。
「切りました、けど……?」
「え、あ、うん」
なぜか、切れと言った太郎さんがぽかんとしていた。
「どうかしたんですか? 全部切っちゃダメだったんですか!? ど、どうしよう!」
「あ、いやバッサリいっちゃって良かったんだけど……いいの? それ、大事な絵だったんじゃ……?」
「さっきの絵ですよね?……お母さんは嫌がるかもしれないですけど、私はそこまでは……むしろ描き直させてほしいかと……」
「は……そ、そうなんだ……はは……」
太郎さんは、完全に力が抜けたように口を開けたままカラカラの声で笑った。
この人がここまで気の抜けた顔するのも珍しい。何をそんなに気にしてたんだろう?
「う……ん……」
と、微かな声が脱力した空気を破った。
「お母さん!?」
駆け寄って手を握ってみると、ほのかな温もりを感じた。
「……あい……ちゃん?」
うっすら目を開けたお母さんと、視線が交わった。私を見てくれている。私に、話しかけてくれているんだ……。
戻ってきた! お母さんが戻ってきてくれたんだ!
「うん。藍だよ。お母さん、大丈夫? どこも痛くない?」
「……藍ちゃんの力が強くて、手が痛い……かな」
「もう……こんな時まで……」
それ以上の言葉が出てこなかった。嬉しい気持ちと、お母さんがいつも通りで安心した気持ちと、とにかくみんなに感謝したい気持ちが全部、一斉に込み上げてきて何から言えばいいかわからない。
溢れた気持ちは、涙に変わってぽろぽろ流れ出た。
「良かっ……た……! お母さん……本当に、生きてる……!」
「藍ちゃん……ごめんね、心配かけて」
今度は、お母さんが私の手を握り返してくれた。まだ少し辛そうな息遣いの中、懸命に強く握ってくれる痛みが、お母さんの気持ちを伝えてくれた。
そして、お母さんは、ふと私の肩越しに見える人に視線を向けた。感謝に満ちた目で、そして……何故か悲しそうな目で。
「太郎坊さん……」
「母君、おかえり。良かったね」
太郎さんは、優しそうな慈愛に満ちた瞳をしていた。
ーー愛宕山天狗は、願い事は必ず叶えてみせるよ
私にそう言った時と、同じ瞳だ。
「あの、太郎さん。ありがーー」
「太郎坊さん……ごめんなさい」
私の言葉を遮ってまで、お母さんはそう言った。目に涙まで浮かべて。
「お母さん、どうして謝るの?」
尋ねても、お母さんは首を振るばかり。太郎さんは……変わらず頬笑みをたたえているだけだ。
「いいんだよ、これで。僕は、姫を守れたんだから」
「……え? 何の話ですか?」
と、尋ねるよりも、太郎さんが視界から消える方が速かった。砂の城が崩れ落ちるように、静かに、一瞬で――
次の瞬間には、太郎さんは、口元から血を流して私の足元にいた。
「太郎、さん……?」
いつもなら、『なに?』と静かに問い返す声が、今はどうして、聞こえないの――?




