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天狗様といっしょ  作者: kano
第一章
48/210

天狗様、工作す(8)

「お母さん!」

 やや乱暴に開けると、中には天狗様たちがすでに揃っていた。誰も私の乱暴な開け方を咎める人なんていなかった。

 すぐに道を開けて、枕元で様子を見る法起坊さんの元へ導いてくれた。

「藍、非常に危険だ。もう母君の気はすり減って僅かしか残っていない」

「そんな……」

 どうにかならないんだろうか? 藁にもすがるような思いだったけど、法起坊さんはじめ、天狗様たちの顔を見て、その思いが叶わないのだとわかった。

「お母さん……! 嫌だ……こんなお別れなんて……!」

 すがるように握ったお母さんの手は、驚くほど冷たかった。かすかに息はあるけれど、今にもいなくなってしまいそうなのだと、嫌でもわかってしまった。

 少しでも呼び戻そうと、ぎゅっと強くその手を握った。

「藍」

 そんな私の肩に、そっと手を置いた人がいた。

 太郎さんだ――

「藍、大丈夫」

「太郎さん……?」

「これを、切って」

 そう言って、太郎さんはさっき手にした私の絵とハサミを差し出した。

「この絵を……切るんですか?」

「うん」

「それで……お母さんは、助かるんですか?」

「助かるよ。君じゃなきゃできない」

「……わかりました」

「辛いと思うけど、僕を酷いと思うかもしれないけど――」


ジョキッ!


「――あれ?」


 私は1回、2回、3回と、深く深くハサミを進めていった。大胆に進んだハサミは、10回も進まないうちに画用紙を両断してしまった。

切り取られた方の紙片が、はらりと床に舞い落ちていった。

「切りました、けど……?」

「え、あ、うん」

 なぜか、切れと言った太郎さんがぽかんとしていた。

「どうかしたんですか? 全部切っちゃダメだったんですか!? ど、どうしよう!」

「あ、いやバッサリいっちゃって良かったんだけど……いいの? それ、大事な絵だったんじゃ……?」

「さっきの絵ですよね?……お母さんは嫌がるかもしれないですけど、私はそこまでは……むしろ描き直させてほしいかと……」

「は……そ、そうなんだ……はは……」

 太郎さんは、完全に力が抜けたように口を開けたままカラカラの声で笑った。

 この人がここまで気の抜けた顔するのも珍しい。何をそんなに気にしてたんだろう?

「う……ん……」

 と、微かな声が脱力した空気を破った。

「お母さん!?」

 駆け寄って手を握ってみると、ほのかな温もりを感じた。

「……あい……ちゃん?」

 うっすら目を開けたお母さんと、視線が交わった。私を見てくれている。私に、話しかけてくれているんだ……。

 戻ってきた! お母さんが戻ってきてくれたんだ!

「うん。藍だよ。お母さん、大丈夫? どこも痛くない?」

「……藍ちゃんの力が強くて、手が痛い……かな」

「もう……こんな時まで……」

 それ以上の言葉が出てこなかった。嬉しい気持ちと、お母さんがいつも通りで安心した気持ちと、とにかくみんなに感謝したい気持ちが全部、一斉に込み上げてきて何から言えばいいかわからない。

 溢れた気持ちは、涙に変わってぽろぽろ流れ出た。

「良かっ……た……! お母さん……本当に、生きてる……!」

「藍ちゃん……ごめんね、心配かけて」

 今度は、お母さんが私の手を握り返してくれた。まだ少し辛そうな息遣いの中、懸命に強く握ってくれる痛みが、お母さんの気持ちを伝えてくれた。

 そして、お母さんは、ふと私の肩越しに見える人に視線を向けた。感謝に満ちた目で、そして……何故か悲しそうな目で。

「太郎坊さん……」

「母君、おかえり。良かったね」

 太郎さんは、優しそうな慈愛に満ちた瞳をしていた。


ーー愛宕山天狗は、願い事は必ず叶えてみせるよ


 私にそう言った時と、同じ瞳だ。

「あの、太郎さん。ありがーー」

「太郎坊さん……ごめんなさい」

 私の言葉を遮ってまで、お母さんはそう言った。目に涙まで浮かべて。

「お母さん、どうして謝るの?」

 尋ねても、お母さんは首を振るばかり。太郎さんは……変わらず頬笑みをたたえているだけだ。

「いいんだよ、これで。僕は、姫を守れたんだから」

「……え? 何の話ですか?」

 と、尋ねるよりも、太郎さんが視界から消える方が速かった。砂の城が崩れ落ちるように、静かに、一瞬で――

 次の瞬間には、太郎さんは、口元から血を流して私の足元にいた。

「太郎、さん……?」



いつもなら、『なに?』と静かに問い返す声が、今はどうして、聞こえないの――?


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