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天狗様といっしょ  作者: kano
第一章
44/210

天狗様、工作す(4)

 『おかあさんへ』『おかあさんだいすき』『私のお母さん』……。

 藍の母・優子の部屋からは、藍からの贈り物が次々出てきた。おそらく藍が完成次第すぐにプレゼントしていただろうから、そしてその作品数自体が多いというだろうからということ……という2つの理由が容易に考えられた。

 その作品群は幼少期から小学生、中学生、果てはつい最近作られたものまであった。母の優子は、それらすべてをこうして大切にしまっていたもだ。

 何か優子が目覚める術はないものか、その手がかりになる物はないかと思案し、この部屋を探ることにした太郎だったが、思わぬ心温まる光景を見た。

 我知らず頬が緩んでいることに気づき、それら”宝物”を再び宝箱にしまおうとした。その時――

「あ」

 傍らに置いていた塩が、黒ずんでいる。はじめは真っ白だった。

 台所から持ってきた塩は、特別なものではないとはいえ、清めの効果を持つ。それを利用して、太郎はある目的のために持ち込んだのだ。

「これは……どうしたもんかな」

 太郎は、床に置かれた品々と黒く変色した塩を交互に見て、しばらく考え込んでいた。



「おう、邪魔するぜ」

 そう言って玄関から意気揚々と入ってきたのは飯綱三郎さんだった。

「三郎さん、お一人ですか?」

「悪かったな、管狐たち連れてなくて。今は休息中だ」

 三郎さんは、腰の筒を指した。ふだん管狐ちゃんたちが封じ込められている筒だ。”封じている”と言うより、それぞれのお部屋という感じがするけど。

「すみません、私の癒しなんで」

「ま、むさくるしいのばっかり揃ってるからな。みんな来てるんだろ?」

「はい。居間でお食事中ですよ」

 三郎さんはそれを聞くと、みんなが揃っている居間へ向った。さっきまで客間にいたんだけど、お母さんの横でわいわいするのも気が引けるということで、食事は居間でとることにしたのだ。

「もうちょっと早ければ一緒にお食事お出しできたんですけど」

「ああ、気にすんな。いつもいつも御馳走になってばかりだからな。いい加減、たかってるって思われそうだ」

「え、思ってますよ」

「なに!?」

「冗談ですよ。皆さんが飲み食いした分は愛宕山で立て替えて、皆さんのお山にそれぞれ請求書を送ったって太郎さんが言ってました」

「あいつ……しっかりしてんなぁ」

「ちょっと意外でした」

「太郎か? あいつは愛宕山の金庫番だぞ。それどころか、愛宕山天狗の一切を取り仕切ってると言っていい」

「え、そうなんですか?」

「ああ。いわゆる裏方仕事はだいたい何でもあいつが仕切ってる。ナンバー2ってやつだな。今頃、お山がどうなってるのか心配なぐらいだ」

「そ、想像できない……」

「ま、詳しいことは今度聞いてみるんだな。お嬢に聞かれたら嬉しそうに何でもペラペラ喋るだろうさ」

「そ、そうなんですか?」

「あいつは、お嬢に会うために千年の孤独を耐え抜いた奴だぜ。もうちっとそのへん、信じてやってくれや」

「……さっき、お母さんにも同じこと言われました」

「おふくろ殿に? 眠ったままだって聞いたが、目覚めたのか?」

「いえ、法起坊さんと太郎さんのおかげでお母さんの夢に入り込んで、話せたんです」

「ああ、なるほどな。それで、太郎を信じろって?」

「はい。『何があっても、あなたを傷つけるようなことだけは決してしない』って、言われました」

「さすがおふくろ殿。よくわかっておられる」

 三郎さんはそう言って、からから笑った。まるで大局を俯瞰で見守っているかのような空気をこの人は持っている。この人になら、聞いてみたらわかるだろうか。

「あの……」

 と、言おうとした瞬間、横合いから声がした。

「楽しそうだね」

「わぁ!!!?」

「うわっ、どっから来やがった!!」

 2階の階段から下りてきた太郎さんだった……。心臓が止まるかと思った。私と三郎さんは揃って飛び上がって後ずさった。

「失礼だな。ご飯も食べずに働いてたのに」

「あ、な、何かわかったんですか?」

「ん~まぁね」

「本当か?」

「どうすればいいんですか!」

 私たちが詰め寄ると、太郎さんは片手に持っていた紙……画用紙を取り出した。

「これ、覚えてる?」

「これは……確か幼稚園の時に描いた絵です」

 太郎さんが見せたのは、子どもの時に描いたお母さんと私の絵だ。たしか母の日のプレゼントとして描いたもので、私とお母さん二人の姿を描いて、下に『おかあさん だいすき』となんとかひらがなを教えてもらいながら描いたんだったか。

「懐かしい……ってお母さんのタンス開けたんですか?」

「任せるって言われたから。後で謝るよ」

「まあまあ。それでお嬢、この絵、なんか思い入れでもあるのか?」

「ああ、はい。お母さんと二人きりになって初めての母の日に描いたものだから思い入れはありますね」

「そうか……ん? ”二人きりになって”ってのは?」

 三郎さんが思っていなかったところで引っ掛かったらしい。私としてはその方が意外だった。神通力で全部事情が洩れてるんだとばかり思っていた。

「……え、心の中読んでないんですか?」

「そんないっつもいっつも読んでないっての。いくらなんでもそんな失礼なことするわけないだろ」

「そうか……そうなんですね。でもこの前は全部ばれましたけど?」

「あれは……お嬢の頭の中が面白そうだったのと、お嬢自身すごい大音量で喋ってたから聞こえてきた」

「やっぱり聞くんじゃないですか!」

「だから今回は聞いてないだろ。あんまり絡むと太郎が怖いから、続き聞かせてくれ」

「え? ああ……幼稚園の頃にお父さんが亡くなったんです。それでお母さんと二人きりになったってことです」

「それは……なんていうか……」

「ああ、いいんです。私が生まれる前に離婚してたみたいですから。私にとっては『月一回美味しいもの食べさせてくれるおじさん』でしたから。亡くなっても大した実感はわかなかったんです。でも、お母さんは違ったみたいで……しばらく悲しそうでした」

「その直後の母の日プレゼントってこと?」

「はい。子どもだったからこんな絵しかあげられなかったけど、誰より一生懸命描いた気がするなぁ」

「そうか……なるほど」

 太郎さんは、もう一度しみじみ絵を眺めた。子どもの頃の拙い絵なんてあまりまじまじと見ないでほしいけれど、何か……何か様子が違う気がした。

「この絵が、何か?」

「うん、納得した。これが、君が母君とのつながりを最も強調した絵なんだね」

「? たぶん、そうなんですかね?」

「おい太郎、時間がもったいない。結論を言えよ。何か確信が持てたんだろ?」

 太郎さんは、それでもじっと絵を見つめて、何かを躊躇っているようだった。

 数秒の後、意を決したように絵をしまって、ようやく私の目を見た。

「藍」

「は、はい」

「藍も、任せてくれる?」

「はい?」

「僕に、全部任せてくれる?」

 お母さんの言葉を再確認するようだった。いや、違う。今は私のことを聞いているんだ。お母さんと同じように、私も太郎さんを信じるか否か――

「……はい、任せます。お母さんを、助けてください」

 私は、深くお辞儀した。この人に、初めて本気でお願い事をした。

 太郎さんは頭上で薄く笑った。

「うん。愛宕山天狗は、願い事は必ず叶えてみせるよ」

「ありがとうございます……!」

 頭を上げてみると、太郎さんの笑顔が目に入った。今まで見たどの表情よりも、頼もしくて優しい笑みだった。

「だけど、少しだけ力を貸してもらっていい?」

「はい! もちろんです!」

「ありがとう。じゃあ――」

 私は太郎さんの言葉を待った。我知らず、身が固くなるのが分かった。

 いったい、何をすればいいのか。

 どうすれば、願いはかなうのか――!?

 太郎さんは、そっと右掌をこちらに向けて、言った。


「輪ゴム、ちょうだい」

「…………へ?」


願い事の対価は、輪ゴム1つでした……


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