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天狗様といっしょ  作者: kano
第一章
43/210

天狗様、工作す(3)

「お母さん!」

「藍っ!?」

目を開くと、真っ先に太郎さんの顔が目に入った。まっすぐに真上から覗き込んでいるから、私の視界一杯に入り込んでいるのだ。

「大丈夫?」

「だ、大丈夫です」

 心配そうな顔を見ていると、なんだかさっきお母さんに言われたことを思い出して、まっすぐ目を見られなくなってきた……。

――と、すぐに太郎さんの顔が視界一杯に見えた理由がわかった。私の頭は、太郎さんの膝の上に載せられていただのだ。

「なに膝枕なんかしてんですか!」

 がばっと起き上がると、太郎さんはちょっと残念そうな顔をした。

「だって床に転がすわけにいかないじゃない。これなら枕も出来て、僕は気を貰えて一石二鳥でしょ」

「後半はあなたの事情でしょうが! ていうか転がしてくれて結構です!」

「許嫁の体が痛くなったら嫌じゃない?」

「許嫁でもない人に膝枕される方が嫌です!!」

「そ、そんな……まだそんなこと……!」

「あ、あ~ごほん」

 法起坊さんが大きめの咳払いをして、無言で私たちを制した。”じゃれつくな”と。じゃれてないのに……!

「藍、体はなんともないか?」

「はい、大丈夫です」

 私がそう言うのを見て、法起坊さんは安心したようにほおを緩めた。

「そうか、良かった。母君には、会えたかい?」

「はい。なんかひたすら料理作ってました。暇だって言って」

「なんじゃそりゃ」

「母御前……こんな時まで」

「いいじゃないか。働き者の彼女らしい」

 傍にいた天狗様たちが口々にそう言う。私もお母さんらしいなと思ったのは確かだ。

「それで……『太郎坊さんに任せた』って言ってました」

「……僕?」

「はい」

「ふむ、えらく信頼されたもんだな」

 太郎さんは少しだけ照れ臭そうに俯いた。予想外の言葉だったらしい。

「他には? 何か手がかりになりそうなことは言っていたか?」

「他に言っていたこと………………あ!」

「どうした? 何を言っていた?」

 全員の視線が私に集まった。そんな中こんなことを言うのは忍びないけれど、言われたことを余すことなく言うならば、伝えなければなるまい……!

「お」

「”お”?」

「『お茶漬けお出ししてちょうだい』……だそうです」

「…………」

 しばし沈黙が流れた。

 さっきは私が漏らした声を、今度は彼らが一斉に発することになっていた。

「…………はい?」

「とりあえず、お茶漬け作ってきますね」



 おかしい。お母さんの伝言とはいえ、なんでお母さんは眠ったままなのに、みんなにお茶漬けを作ってるんだろう。結局ご飯を食べられてないからちょうどいいのか?

 それにしてもあの母にも困ったものだ。最近、僧正坊さん僧正坊さんて黄色い声あげてたのは知ってたけど、これだけの人数がいるのに一人だけに出せとは……。思わず『僧正坊さんに』の部分を隠してしまった。

 それに、みんな食いっぱぐれてるわけだし、ただのお茶漬けだと物足りないかな。何かトッピングでもした方がいいかな。そういえばさっき太郎さんが何か作ってくれてたっけ。そう思って、太郎さんが作っておいてくれたお皿を覗いているところに、太郎さんが現れた。

「あ、太郎さん。この焼き鮭、もらっていいですか? お茶漬けに散らすと合うと思うんですけど」

「ああ、いいね。他のおかずも小分けにして全部出しちゃおうよ」

「そうですね」

 太郎さんはそう言うと皿にかけておいたラップをはずしにかかり、私は人数分の小鉢を用意した。こういう時は、なぜか自然と役割分担できるようになった……。まぁうちに住むようになってから何回もあったから、自然とそうなったんだけど。要は回数なのか? 何回も同じ事したら慣れて苦じゃなくなるのだろうか?

 いやいやいや、セクハラ、奇行の類は何回されても慣れないし、苦痛だ。まぁ、手をつなぐぐらいは何とも思わなくなっている気がするけど……。

「どうかした?」

「な、何でもないです」

「そう? じゃあ僕から話していい?」

「は、はい。なんでしょう」

「いや、そんな畏まるものでもないんだけどね」

 太郎さんはなにやらポケットをごそごそまさぐって、小さな紙袋を取り出した。無地のダークブラウンの袋に、金色のメダル風のシールで封がされている。プレゼント仕様なんだろうか。

「開けてみて」

 言われた通り封を切ると、中からもう一重の透明な袋が現れた。中には、細いゴールドのチェーンが入っていた。

「これって?」

「ペンダントのチェーン。これを通すとなんでもペンダントになるから。……指輪とか」

「あ」

 この前撤廃されたシェアリング制度だ。復活させるということか。

「これだったら服の下に着けられるし、僕と君でサイズ違いも気にしなくていいしと思ったんだけど……どうかな?」

 確かに、名案だと思う。シェアリング制度を推進したいなら。

 私としてはそこまで積極的ではないんだけど……太郎さんはそうじゃないみたい。目がキラキラしている。犬が褒めてほしがってる時のような顔だ。

「……ありがとう、ございます。じゃあ着けます」

「本当に? ありがとう、嬉しいよ」

 許嫁云々は置いといても……これで気をあげるために「お手を拝借」とか言われる回数は減るだろう。術さえ使えれば頼りにはなるんだし、きっと良いことだ。

 それに指輪として着けていたら、登校前にTKO(太郎くんの恋を応援する会)に見つかって、学校に着くころには結婚報道が広まってしまうことだろう。だからこうして、お互い服の下に着けられる方が、変な誤解を招かずに済むはず……太郎さんがTKOにリークしなければの話だけど。

 それに……私も、一応貰っておいて着けないまま箪笥の肥やしにしてしまうのは忍びないとも思っていたし……ちょうどいいんだ、これで。

「じゃあ一日交替で着けようね」

「は、はいはい」

 丁寧に元の袋に入れてポケットにしまうと、ちょうどご飯が炊ける音がした。

「ご飯できましたね」

「じゃあお茶淹れようか」

「お願いします」

いつもより大きめののやかんでお湯を沸かしていたからお湯はたっぷりある。香りのいい緑茶を選んで入れておいた急須へ注ぐと、甘いような爽やかな香りが漂った。

「案外ちゃんとした気遣いかもね。なんかお腹すいて元気なくなってきたけど、食欲そそられてきたよ。ご飯足りないかもね」

「そうですね。でも本当に気遣いならちゃんと皆さんにって言うだろうから違うんじゃないかな」

「え、全員に出してって言ったんじゃないの?」

「違うんです。お母さんたら本当は、『僧正坊さんに、お茶漬けをお出しして頂戴』って言ったんです。とんだ依怙贔屓だなと思って」

「……『僧正坊さんに』って言ったの?」

「はい、そうですよ?」

「それは……………………うん、ひどいね。セイが聞いたら怒るよ」

「でしょ? だからさっき、黙ってたんです」

「うん、英断だと思う」

 太郎さんはお茶を注ぎながら某『いいね』のポーズをとってくれた。

 お互いに皆には内緒にしておこうと言いながら、次々皿を並べていく。お盆の上は、あっという間に皿で埋め尽くされた。

「大丈夫? 持てる?」

「大丈夫です」

 太郎さんは少し用があるというから、私が客間まで持って行くことになった。

「あのさ、ちょっとだけ2階に入ってもいい? 君の部屋には入らないから。絶対入らないから」

「……絶対ですよ」

「うん。あと、塩をちょっとだけ貰っていい?」

「塩ですか? どうぞ」

 おかしなことを言うなぁと思いながら、私はみんなが待っているであろう客間まで転ばないように慎重に歩を進めた。



 そして太郎さんはその時、2階に入っていた。以前、私が立ち入り禁止を宣言したからわざわざ許可をとったのだ。母屋2階には、あまり部屋数はない。物置と、亡くなった祖父が使っていた広めの和室と私の部屋、そして太郎さんがまっすぐに向ったお母さんの部屋がある。

 太郎さんがその時いったい何をしていたのか、その時の私には知る由もなかった――


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