天狗様、工作す(1)
「どこにも異常はありません。疲れがたまっていたのでしょう。よく休ませるように」
「はい……」
あれから2日。お母さんはずっと眠ったままだ。お医者さんに診てもらっても、みんな口をそろえて『異常はない』ばかり。
眠るばかりで2日間一度も目覚めないのに、異常がないはずはない。
「お母さん、どうしちゃったの……?」
「おふくろさん、マジでどうしたんだろ」
「急に倒れられたけど、苦しんではおられませんし……」
心配そうに様子を見ていてくれるのは、あの日お母さんが倒れた現場にいたセイさんと相模さんだ。あの日以降、帰らずに様子を見守り続けてくれている。
「母君が倒れられた時、われわれ全員がその場にいたというのに、未だ何もできずにいる……なんと歯がゆいことだろう」
そう言ったのは僧正坊さん。そういえば僧正坊さんは、お母さんが足を怪我した時からずっと、何かと気にかけて様子を見に来てくれていた。今は、3人の中で誰よりお母さんの容体を心配してくれている。
もちろん、一緒に暮らす治朗くんも太郎さんもずっとあれこれ手を尽くそうとしてくれていた。だけど今ここにいる面々ではどうしようもないかもしれないということで、治朗くんが石鎚山法起坊さんを呼びに行ってくれて、太郎さんは気を揉む私たちにご飯を作ってくれている。
「こんな……こんなことって、もしかして”あやかし”のせいなんでしょうか……?」
「あやかし、か……」
セイさんが考え込むように言った。
「考えられなくはありません。だけど、あやかしはだいたいが出会い頭に悪事をはたらいて去っていきます。母君が倒れた時、周囲にあやかしはいませんでしたから……」
「太郎と治朗に俺たちまでいるこの家に入り込んで悪さするほど度胸のあるあやかしなんているとは思えねえよ」
「だが、現にこうして母君は不可解な目に遭っているんだ」
三人三様にため息交じりに唸り声を出す。その中、一人が声を上げた。
「……僧正坊さ、何か知らねえの?」
「なに?」
セイさんと僧正坊さんの間に、静かな緊張が走った。
「だって最近よく来てたらしいし、しかもおふくろさんにべったりだったって言うじゃん」
「セイ、その言い方では……」
「俺の本意なんか、読もうと思えば読めるだろ。どうなんだよ?」
「そちらこそ、私の本意が知りたいなら心を読んでみればいい。私に言わせれば、君のその軽薄な物言いは何か別の目的を隠すためのようで気味が悪くて仕方がない」
「軽薄はどっちだ」
「君以外の誰が?」
二人の視線が鋭く絡み合った。その間に、相模さんが割って入った。
「おやめなさい、二人とも! 藍さんの前ですよ」
「だってよ、相模……」
「だいたい論点もずれています。まず、我々ほどになると神通力で心を読もうとする相手に対して阻む術を持っている。知っていますよね?」
「……知ってるけど」
「僧正坊、あなたもあなただ。質問に答えていませんね。何か分かることはないのですか? 今はほんの少しの情報でも必要としている時でしょう」
「…………ないよ。知っていればすぐに言っているさ。倒れたのが清光坊ならともかく、母君なのだからね」
「なんだと?」
再び二人の間に火花が飛びそうになった時、勢いよく襖が開いた。割烹着姿がすっかり板についた太郎さんだ。
「なに騒いでるの? 病人の前で」
「太郎――何でもありません。それより、そろそろ食事ですか?」
「あ、ううん。先にお客さん」
「お客様ですか?」
その言葉に先に反応したのは私だった。全然気づかなかった。お客様なら今は私が出迎えなきゃいけないのに。
そう思ったけれど、必要ないとすぐにわかった。お客様はすでに治朗くんが迎え入れてくれていたのだ。
「みな、石鎚山法起坊のお越しだ」
治朗くんがそう伝え、前鬼さん、後鬼さんの二人が道を作って、大きな存在感を持ったその人は現れた。その人――法起坊さんが部屋に入ると同時に、全員が膝をついて、頭を下げた。
「なんだ、そんな畏まるな。居心地が悪くなる」
法起坊さんは頭を下げる一同一人ひとりを見て、最後に私に目を留めた。
「藍、何やら難儀しているらしいな」
「は、はい……」
私に代わって太郎さんが話を継いでくれた。
「親父さん、早速で申し訳ないけど母君の様子を見てほしいんです。僕たちも手を尽くしたんですが……」
「うむ」
法起坊さんはさっきまでお医者さんが座っていた場所に座り、お母さんの手をとった。
脈をとり、顔色を見て、手の甲で熱を測り、時々少しだけつねって……
「これは……」
法起坊さんの言葉に、全員が息をのんだ。何かを確信したような視線に、その先の言葉への期待が高まる。
「これは………………寝ているな」
全員の力が抜けた。
「親父さん……! 僕ら今、真剣なんだけど」
呆れ気味に、太郎さんがみんなの胸の内を代弁してくれた。だけど法起坊さんはまるで悪びれない。
「儂だってふざけてないわい。見立ての結果寝てるとわかったからそう言っただけだ」
「だから、何で寝てるのかを知りたいんだよ」
「そんなもん眠いからだろう」
「法起坊どの、さすがにそれは……」
相模さんはじめ、太郎さん以外からも文句が跳んできそうになったその時、法起坊さんは大きくごほんと、咳払いをして空気を戒めた。
「あ~つまりだ、眠りながら徐々に気を失う術にかかっているということだ」
「………………」
一瞬、しんと静まり返った。一瞬の後、怒号が飛んだ。
「だからそれを聞いてんだろうが! 親父さん頼むよ」
「一番大事な部分が欠けていますよ、法起坊さま」
ぎゃーぎゃー言いたいのはわかる。私も一瞬、加わりたい衝動に駆られた。なんとか抑えたけど……。
「お前ら! 法起坊様の話が、まだ終わってねえ」
騒ぐ一同を、法起坊さんの横で控えていた前鬼さんが仁王立ちで睨み飛ばして、座らせた。前鬼さんがのっしのっしと席につくと、法起坊さんが再び口を開いた。
「あ~諸君、それで代表一名に、夢を通じて母君に話を聞いてきてもらいたい」
「ゆ、夢?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまったけれど、他の人たちは真剣に耳を傾けている。納得いっているらしい。
「こういう術は効果が出るまでに時間がかかるものでな、まぁ1ヶ月は下準備が要ったろうな。つまりその間どんなことがあったか、本人に様子を聞きたいんだが肝心の本人は眠ってしまった。だがこちらも眠りに入ってしまえば、まだその思念を繋げる事が出来るかも知れん」
「はぁ、なるほど……夢の中で事情聴取ってことですか?」
「む……まぁ、そうとも言うが……何か悪徳警官になったみたいだな」
「親父さん、他意はないです。他意は」
「そうか? うむ、じゃあよろしく頼むぞ。 藍!」
全員の視線が一斉に私に注がれた。
心の準備をしていなかった私は、また素っ頓狂な声でこう言うのが精一杯だった。
「…………はい?」




