天狗様、教育的指導す(5)
「藍!!」
「っ! 眩し!」
目を開けるとまず天井の蛍光灯がまっすぐ視界に飛び込んできた。次いで、その光を遮るように私の顔を誰かが覗き込んだ。
「藍……大丈夫?」
太郎さんだ。泣きそうな顔で、声で、私の名を読んでいる。というか、目の端にちょっと涙が浮かんでいる。また、私のために泣いてたんだ。
「大丈夫、です」
太郎さんは、うっすら汗もにじませていた。息も荒いし、よく見ると私の手をがっしり掴んでいて、そこから汗と熱がひしひしと伝わってくる。いつも「気を頂戴」とか言ってくる時とはまったく違う。
「どう……したんですか?」
「どうしたもこうしたもあるか。兄者がお前に気を送り続けていたんだ」
「え?」
治朗くんの声がする。周りを見渡すと、セイさんや相模さん、僧正坊さんまでいる。
私はそんな彼らの囲まれて、部屋の中央に寝かされていた。
「藍さんが急に意識を失ったと思ったら、あなたの気がどんどん少なくなると太郎が言い出したんです」
「それで太郎が、藍ちゃんの手をずっと握って、自分の気を送り続けてたんだよ。ただでさえ、ほぼ空っぽのくせにさ」
「ご、ごめんなさい……私のために……」
「いや、少しずつ貰ってたから、返しただけだよ。ご飯食べたら元気になるから」
太郎さんはぱっと手を放した。これ以上私に気を送る必要がなくなったのと、そろそろ自分が限界なんだろう。まだふらつく足取りで、立ち上がった。
「さ、ご飯食べよう。藍、食べられる?」
「は、はい……」
そう言って、私は自分で起き上がった。すんなり起き上がれたのは、きっと治朗くんたちの言う通り、気を貰っていたからなんだろう。
私は……色んな人に助けてもらって、何もしてあげられていない。太郎さんの後ろ姿を見て、悔しいほどにそう実感した。
治朗くんたちに教えてもらって、太郎さんに救ってもらって……そういえば、もう一人、お世話になった人がいたような……誰、だったっけ? どこで会ったんだっけ?
そして、みんなで夜食を食べた後、もうひと踏ん張り――今日勉強したことの復習テストを5教科分すべて受けた。
テスト内容は、ここに集う大天狗様たちが総力を決し、神通力の一つ・天眼智證通を駆使して中間テストの試験問題そのものを再現した。こんなことに神通力を使わせて、私、いつか罰が当たらないだろうか……!
なんて私が気にしている中、採点していた各教科担当の天狗様たちが、揃って目を見張って、大声を上げた。
「「「「「 ば か な!!!! 」」」」」
「ど、どうしたんですか……みなさん?」
なんでだろう……? 全員が全員、採点済みのテスト用紙を見てプルプル震えている。
「お、おかしい……おかしいよ……いくら何でも……ありえない……!!」
「本当にどうしたんですか?」
私が尋ねると、全員が同時に振り返った。全員が、私を凝視した。全員が、信じられないものを見る目で私を見た……!
その中から代表で、太郎さんが口を開いた。
「藍……なんで?」
「な、何がですか?」
「なんで……なんで…………全部 0点なの……!?」
「あ~やっぱり良くなかったんですね。1日目だとまだ………………れ、0てん!!?」
太郎さんたちからテスト用紙を奪って見ると、本当に点数欄は「0」、回答欄は「×」のオンパレードだった。
ど、どうして……!? だってさっき、色々勉強したはずなのに! それなりにわかるようにもなっていたはずなのに!
英語の単語、熟語……あれ? どの単語覚えたっけ?
古典の……どの物語だったっけ?
数学の…………何の公式?
日本史のどの時代? 化学のナニ?
「…………あれ? なに、勉強したっけ?」
「う、ウソでしょ……英単語だけはとにかく頑張るって言って教科書に出てくるもの全部チェックしたじゃない……できてたじゃない」
「確か……光源氏の性癖について熱く議論したような……」
「因数分解はできていたぞ、確かに」
「平家が『盛』ばっかでわからんて言ってたけど、最後は清盛スゲーって盛り上がらなかったっけ?」
「なんだかんだ、酸化などの基本的な化学反応は理解し始めていたんですが……」
「……え? 何の話でしたっけ?」
「え、えええええ~~~~~!!!」
「いったい、何が……」
太郎さんがふらふらと倒れこんでしまった。一番ショックが大きかったらしい……。
「こんなことあるわけ……あやかし? そうだ、あやかしの仕業に違いない……人の勉強したことを吸い取るあやかしだ……」
「落ち着いてください、兄者! そんなピンポイントな悪さをするあやかし聞いた事もない」
「いるかもしれないじゃない。三郎に調べてもらおうよ。でないと藍の惨状が……」
あの暗闇の中の女性が、あそこで起こったことの記憶だけでなく、勉強した内容まで吸い取ってしまっていたのだとは、この時の私たちは知る由もなかったのです……。
「あらあら、どうしたの? 夜中に大騒ぎして」
「あ、お母さん」
夜食を作ってくれたあと疲れて眠ってしまったお母さんが起きてきた。ちょっと眠そうで、疲れ気味のように見える。
よっぽど大きな声で騒いでしまっていたらしいな……。
「ご、ごめんお母さん。大丈夫だから。もう解散だから」
「解散……していいのか、これは?」
セイさんがバツが悪そうに全員を見回した。ちょっとこのまま解散するのは忍びないのだろう。
「あら、まだ頑張るの? 明日お休みだからって、無理しちゃダメよ」
「う、うん。わかってる。あとはこっちでやっとくから、お母さんは寝てよ」
「あら、そうは言ってもねぇ。娘にお付き合い下さるんだし……お茶ぐらい淹れますね」
そう言ってお母さんは襖を閉め――ようとした。
「! お母さん!」
そして閉め終わる前に、お母さんは崩れ落ちた。
呼んでも揺すっても、頬を触ってもまるで反応がない。顔からはどんどん血の気が引いていった。生気が、するすると抜けていっているように――
お母さんは、朝になっても昼になっても夜になっても……また次の朝になっても、目を覚ましませんでした。




