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天狗様といっしょ  作者: kano
第一章
38/210

天狗様、教育的指導す(3)

~3時間目:数学 講師:比良山治郎坊~

「うわぁ、治郎くんか……」

「『うわぁ』とはなんだ。俺は自分の勉強の手を止めて教えるんだぞ」

「はい、すみません……」

「で、どこで躓いている?……2次方程式か?」

「2次方程式? 1次方程式もあるの?」

「それは中学で習った」

「そ、そうでした」

「……ちょっとこの計算式、因数分解してみろ」

「インスウブンカイ?」

「……まさかと思うが、x²はわかるな?」

「さすがにそれぐらいはわかるよ」

「じゃあ、この”x²-x-6”を因数分解してみろ」

「え~と…………」

「ついこの間授業でやったろう。”x²+(a+b)x+ab”の公式を”(x+a)(x+b)”の形に分解するんだ」

「これ、分解になるの?」

「……逆に考えてみろ。”(x+a)(x+b)”を計算してみると答えはどうなる?」

「えっと……」

「こうやって、こう計算するんだろう? すると、”x²+(a+b)x+ab”になる。つまり因数分解では、答えが出る前の状態まで戻すんだ」

「はぁなるほど……どうしてそんなことを?」

「双方向に思考を巡らせるのは、数式の証明の基本だ。ぐだぐだ言ってないでさっきの計算式を解いてみろ、さぁ」

「そ、そんなこと言われても……aとかbとかわけが……」

「落ち着け。aもbも2回出てくるだろう。どちらも同じ数字だ。つまり、『足すと-1になる組み合わせ』と『かけると-6になる組み合わせ』を探して共通するものが答えだ。とりあえず、『かけると-6になる組み合わせ』を探してみろ」

「えっと……『-1と6』『1と-6』『-2と3』『2と-3』かな?」

「そうだ。案外少ないだろう。ではこの中で、『足すと-1になる組み合わせ』はどれだ?」

「……あ、『2と-3』!」

「その通り。aとbは、2と-3ということだ。じゃあこれを(x+a)(x+b)に当てはめてみるんだ。それがこの問いの答えだ」

「ということは……『(x+2)(x-3)』ってこと?」

「正解だ。できるじゃないか」

「ああ、そういうことなんだ……」

「じゃあこの教科書の練習問題も解いてみろ。やり方は同じだ」

「は、はい……!」


……………………


「……な、なんだこれは……」

「え、いけなかったでしょうか?」

「いや、いい。全問正解だ。感動している! やっぱり、根は真面目なんだな。やればできるんだ!」

「そこまで喜ばれるのは逆に複雑なんだけど……」

「素直に喜べ! この調子で練習問題を完璧に解けるようにしておくんだ。そうすれば平均点は確実にとれるぞ」

「は、はい。頑張ります……!」

 言えない……。

 解いている間、治朗くんがずーーーーーーーっと私の手元を見ていて、間違った数字を書こうものなら阿修羅のような顔をしたから消去法で正解がわかったなんて、とても言えない……。




~4時間目:日本史 講師:伯耆大山清光坊~

「お疲れ~っす。頑張ってんねぇ」

「あ、セイさん。宜しくお願いします」

「さすがに疲れが隠せないな……あともうちょい頑張ったら、おふくろさん特製夜食を食べれるからファイト!」

「あ、お母さん作ってくれるんですね」

「そうそう。僧正坊も手伝いに行ってるし。楽しみにしながら頑張ろー」

「お、おう!」

「良い返事だねぃ。じゃ、テスト範囲は……お、源平合戦じゃん。しまった、これは相模とか僧正坊の方が詳しいかもな」

「そうなんですか?」

「うん、まぁ詳しいことは後で聞いてみ。で、一応聞くけど何が分からんの?」

「色々わかりませんけど……とりあえず、同じような名前の人がたくさんいてわかりにくいです……」

「OK! じゃあ人物相関図を書いて整理していこうか」

「は、はい……!」

「じゃあまずは~この戦い、勝ったのは誰?」

「え、え~と…………?」

「はい、時間切れ~。『源頼朝』さんで~す。夜食のおかず1品いただきま~す」

「え、そんな!!」

「ほらほら、そんなハテナマークばっかり浮かべてると、俺におかず全部とられるよ~? じゃ、次。その『源頼朝』さんの弟で、戦いの功労者は誰でしょう? ヒント、超有名です」

「は、え……え? み、みなもとの……?」

「はい残念~。『源義経』さんでした! ちなみにもう1個名前あるけど、わかる?」

「も、もう1個?」

「『牛若丸』! こっちなら知ってるんじゃね?」

「あ、聞いたことあるかも」

「でしょでしょ。まぁ『牛若丸』は幼名だから、色々活躍した功績は『義経』の名前で残ってるんだよね」

「ああ、『牛若丸』は絵本で見たから繋がらなかったのか……」

「たぶんね。で、これは余談なんだけどさ。この牛若丸、実は天狗に武芸を教えてもらったことがあるんだよね。誰が教えたと思う?」

「え、知ってる人ですか?」

「うん、会ったことある」

「え、え、え~~? まさか、セイさん?」

「いやぁ俺その時は相模の地にいたなぁ。正解は、僧正坊でした」

「へぇぇぇ、僧正坊さんが……!」

「そう。ちょっと意外でしょ? あいつ、ちょっとナルシスト入ってるし、人の話あんま聞かないし、すげぇ押しつけがましいからさ」

「いや、あの……誰もそこまでは……」

「だけどなぁ、よくわからんのだけど、人のカリスマ性っていうのを見抜いちゃうみたいなんだよね。いずれ大勢のトップに立って輝く人材を磨くの大好きみたいなんだ」

「それってすごいですね」

「うん、すごい。実際目にするとちょっと引くけど」

「どうしてでしょう? 自分がカリスマだからですか?」

「……ああ、なんかいつも目立ってるな。まぁあれは気にすんな。ああいう趣味だよ、趣味」

「趣味って……」

「それより続き続き! 夜食をかけた勝負は終ってないんだぜ」

「は、はい……!」

 それから、セイさんによる夜食をかけた日本史クイズは何問も続いた。難しかったけれど、答える度に重要人物の相関図が埋まっていき、おおまかな流れが見えてきた。まるで、パズルのピースが一つ一つ埋まっていくような感覚だった。

「あ、ありがとうございました……!!」

「いやいや、なんだ藍ちゃん、理解早いじゃん。ま、おかずは全品俺のものになったけど」

 そう。正解は一つも出来なかった。解説を聞いているうちに理解できたのであって、もとから理解していたものは何一つなかったのだ……。

「まぁそう落ち込むなって。俺は心の広~い天狗様なんだぜ。こんな長丁場に耐えて頑張るお嬢さんに、夜食をプレゼントしてあげようじゃないか」

「! ほ、本当ですか!!」

「マジマジ。まぁ元々、おふくろさん、全員分用意してくれてるんだけどね」

「よ、良かったぁ~~~」

「おし、じゃあ俺の授業はここまで! 夜食の出来具合確認してくるわ。ついでにつまみ食いしてくるわ」

「ははは……ほどほどに……」

 にかっと笑って、セイさんは部屋を後にした。

 最初のチャラい感じと不法侵入未遂でだいぶ印象悪かったけど、それら全部、改めないといけないな……!



 

 時計を見ると、夜10時を過ぎようとしていた。

 家の中はどの部屋も明かりを落とし、わずか2部屋だけが暗い廊下に一筋の光を見せている。一つはみんなが集まって藍の勉強を見ている客間。もう一つは、そんな彼らに夜食を作っている2人がいる台所。

 こっそり様子を窺うため足音をたてずに近寄る。中を覗くと、予想通りの人物がいた。調理場で鍋の中身を見ている鞍馬山僧正坊。そして、その横で机に座って少し疲れた様子を見せる、藍の母親。

 彼女は先日足を痛めており、今も病院に通っているらしい。薬の影響なのか、足を引きずりながらの家事労働が思いのほか疲れるのか、うとうとしているようだった。

 舟をこぐその体が大きく傾き、机に倒れこもうとしたその時、咄嗟に手を出した。

 だが、それより早く横から彼女の体を支えた人物がいた。僧正坊だ。僧正坊はゆっくり彼女を机に伏せさせると、傍にあった自分の上着をそっと肩にかけた。

 そして、目線をこちらに向けた。

「何の用だい、セイ?」

「!」

 足音を消すのはやめにして、台所の暖簾をくぐった。

「お夜食な~に?って聞きに来たんだよ」

「へぇ、てっきり彼女に用があるのかと思ってたよ」

「あるっちゃあるかな。ちゃんとおふくろさんの手料理か気になってさ。僧正坊が作ったもんなんか食って何が嬉しいよ?」

「自分で言うのもなんだが、それは同感だよ。安心してくれ。これは彼女お手製の煮物だ」

「そかそか、良かった。もう一個気になってることあんだけどいい?」

「なんだい?」

「ここ最近、しょっちゅうここに来てるらしいじゃん。なんで?」

「回数で言えば、君も似たようなものだろう?」

「そうかもしれないけどさ、なんとなく。おふくろさんと仲良いなぁと思って」

「おや……嫉妬かい?」

「そうかもね~。じゃ、おふくろさん寝ちゃったし、俺がお部屋まで運んでおくわ」

「待った。この煮物……あと冷蔵庫にも何品かある。皿に盛って皆に出してくれるかい? 母君は、私がお連れしておくよ」

 そう言うと、僧正坊は藍の母を抱きかかえ、颯爽と台所から立ち去った。

 後にはぐつぐつと良い音で煮える煮物の鍋と、僧正坊が立ち去ったあとを見つめるセイだけが残された。


「………………チッ」


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