天狗様、教育的指導す(2)
こうして、わたくし山南藍の中間テスト対策突貫授業が開始されました。講師は、平均年齢1200年(?)ほどの日本屈指の大天狗様たちです。
~1時間目:英語 講師:愛宕山太郎坊~
「じゃ、言い出しっぺの僕から」
「はい……よろしくお願いします……」
太郎さんは今使っている英語の教科書を使うのかと思いきや、紙一枚とペンだけを用意した。
「とりあえず、藍の知ってる英単語を書き出してみて」
「え、英単語ですか?」
「……Do you understand?」
「あ、あん?」
「ほら、こんな中学英語もままならない状態で高校英語をできるわけがない。とはいえ単語がわかればかろうじて何とかなる場面もある。というわけで何か書いてください」
「はぁ……えっと『appre』とかですか?」
「惜しい、『apple』。他は?」
「ほ、ホーム……ハウス……」
「アルファベットの綴りでお願いします」
「う~ん、『home』『house』『book』『pen』『hi』『shi』……」
「『hi』『shi』じゃなくて『he』『she』。音で当てはめる癖があるね」
「……あの、一ついいですか?」
「なに?」
「どうして、日本人なのに、日本国内なのに、外国語を勉強する必要があるんでしょうか」
「さっき言わなかった? その必要性を問うのは、マスターしてからにしようよ」
「し、しかし教官、私の問いに答えてくれてもいいとは思います」
「…………できないことをやらないことの言い訳に使うのは愚の骨頂だし、見苦しい」
「っ!!」
「でもまぁそうだなぁ……今、外国からの観光客って増えてるよね」
「え? はい」
「ツアーにも参加してない単身で旅行に来た観光客が、たまたまなぜか藍の目の前で倒れたらどうする? 日本語喋れなかったら? 周りに誰もいなかったら?」
「え、え~と……救急車呼びます」
「でもどういう症状かわからないでしょ。そもそもどこの国の人かもわからないし」
「え、国?」
「あのね……アメリカとしか国交ないと思ってる? 昨日食べた鶏肉はブラジル産だよ?」
「そ、それぐらいは……」
「まぁどこの国の人でもだいたい英語を共通語にしてるから、英語で話しかければわかる場面も多いんだよ。向こうも片言で喋れるかもしれない」
「はぁ……」
「じゃあ問題、その倒れた人は片言で『water』と言っています。何をしてほしいんでしょう?」
「うぉーたー……あ、水! 水飲みたい!」
「うん、正解。じゃあ『stomach』って言ったら?」
「す、すと………………?」
「はい、時間切れ。『stomach』はお腹です」
「あ、お腹痛いのかな」
「そう考えられるね。ほら、君は今、人を救えなかった」
「な、なるほど……! その意味だけでもわかってれば救急車の人に言えたんだ!」
「そうだよ。ね? 少しでも知ってれば、出来ることが増えるでしょ?」
「はい。わかりました! 中学校でさぼってた分、頑張ります!」
「うん、頑張ろう。大丈夫だよ。アフリカの小学校なんか、自国語と英語ともう一か国語のトリリンガルで教えてるらしいから」
「っ!! と、とりりんがるって……?」
「あ~、うん……勉強しようか」
~2時間目:古典 講師:鞍馬山僧正坊~
「さて、では次の試験の出題範囲になりそうなのは……源氏物語か。良かった、よく知られているものだね」
「そうなんですか?」
「そうなんですかって……」
「ご、ごめんなさい。見てたら眠くなっちゃって……」
「!! 眠い!? この宮中文学の傑作が!?」
「け、傑作?」
「ああ、そうだとも。全54帖におよぶ長編大作であり、その中には平安時代当時の貴族社会のきらびやかな朝廷文化と華やかな恋物語、同時に栄光と権力闘争による没落も描かれている。主人公の光源氏を中心とした様々な人間の人生がそこに詰め込まれているのだよ、君!」
「そ、そうなんですか……」
「試験に出なくても呼んだ方がいいものだよ、今すぐ! さあ!」
「ご、ごめんなさい……なに書いてるかわかりません」
「うん?…………ああ、そうか。そこからだったね。まぁ外国語と思って諦めてくれ」
「諦めるんですか!?」
「同じ日本語だと思うからすれ違ってしまうんだよ。これが書かれたのは1004年。つまり1000年ぐらい前だよ? もはや異邦人だ。例えば今、タイムスリップしてこの時代に行ったとして、会話が通じると思うかい?」
「思いません、確かに……」
「似て非なる言語だよ。だが、似て非なる言語なら共通している部分もなくはない。そこで、こんなものを読んでみてはどうだろう?」
僧正坊さんは、自分が持っているタブレット端末を取り出して、何かアプリを起こした。電子書籍アプリだ。開いた本は……
『漫画でわかる! 源氏物語全集!』
「え、これって……」
「源氏物語のコミカライズだよ。大丈夫、内容は一切変わっていない」
「え、漫画で読んでいいんですか?」
「内容は変わってないと言ったろう。大事なのは、この物語が伝わる事さ。人によって、一番伝わりやすい表現を選び取ることも重要だ」
「はぁ……」
「そして、内容がわかれば現代語小説で書かれても古典で書かれていても、だいたいわかるようになるのさ。そうすれば、古典の文法や単語がわかるようになるんだよ」
「はぁ……そんなの初めて聞きました!」
「目から鱗が落ちるのもいい経験さ。忘れないでいてくれ。古典文学というのは、今まで多くの人が楽しんで読んできたからこそ残って来たんだということを。つまり、いつの時代になってもトップクラスのエンターテインメントなんだよ」
「なるほど! じゃあ早速読んでみます!」
「ああ、ぜひ読んでみてくれたまえ」
…………………………
「え、あの……この人、義理のお母さんに手を出しましたけど? ていうか、何人の女性とそんなことを……?」
「う~ん、妻は3人、秘密の関係を入れると……9人かな?」
「9人!?」
「ああ。光源氏は一度関係を持った愛人一人一人を終生面倒見たそうだよ。高貴な人間はやることが違うね」
「え、最低じゃないですか……?」
「……え?」
「いやだって、他の愛人と一緒に暮らさないといけない奥さんの身になるととても……」
「じ、時代が違うからね」
「それにしたって、妻も3人て……」
「…………」
物語が理解しやすくなると、価値観の相違が露わになり、険悪な空気が漂いました……。
残るは数学と、日本史と、化学……。
私、大丈夫かな……。




