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天狗様といっしょ  作者: kano
第一章
36/210

天狗様、教育的指導す(1)

「藍、僕は、君を、とってもとっても心配しているよ……」


 今日は週末で、多めに出た宿題を片づける間もなく、何故か続々と天狗の皆さん方が押し寄せて準備しなきゃと焦っているところへ、藪から棒にこの人は……。

「何ですか、いきなり?」

 エプロンをつけて台所に来たから手伝ってくれるものと思っていたのに、冷蔵庫を開けた途端、こんなことを言い出した。

 私の問いに対して、太郎さんは冷蔵庫に入っていたプリンを差し出した。

「これ、私が後で食べようと思ってたプリンですね。食べたいんですか?」

 太郎さんは、ふるふると力なく首を横に振った。

「じゃあ何なんですか。太るって言いたいんですか?」

「太ったって、君は素敵だよ。そうじゃなくて……これ」

 もう片方の手で差し出したのは、プリンに貼ってあったメモ書きだ。売り場に出てもすぐ売り切れてしまう人気商品で、やっと1個手に入れたものだったから、どうしても他の人の手に渡ることは避けたくて、しっかりと明記しておいたのだ。


『食べるなべし』と。


「ない……これは、ない……!」

「な、何ですか。意地汚いですか?」

「そうじゃないって……ああ、とはいえ、この言葉を古典と呼ぶ君には理解しがたいかもしれない……」

「何のことですか?」

「つまり……僕は、君たちが古典と呼ぶこれが現代文であった頃から存在するんだよ。そんな僕からしたらこの言葉はもう、ゆゆしき事態だよ……」

「…………え???」

「わからないならわかりやすく言うよ。この前の古典の小テスト、何点だった?」

「え、そ、それは……いいじゃないですか、そんなの」

「いいから教える。50点中何点?」

「あ~…………」

「は や く」

「…………………………8てん……」

「…………そっか」

 太郎さんは、すご~く優しい顔になった。これは……何かが燃え滾っている顔のような気がする。

「よし、わかった。とりあえず保護者(=治朗)と面談しようか」

「え、ち、ちょっと待って! それだけは! それだけはご勘弁を!」

「え、まさか治朗にも言ってないの?」

「だって言ったら富士山大噴火並みに怒るから」

「……大天狗からテストの点数隠し通すなんて、むしろすごいね……」

「でしょ? すごい苦労してるんですから」

「その苦労は別のことに使った方がいいよ。そうすれば誰も傷つかない」

「いや~~~~~!!!!!!!!」



「申し訳ございません、兄者!!」

「いや、謝られても」

 太郎さんの鶴の一声で、客間が面談室に変わった。

 机をはさんで奥に太郎さん、手前に治朗くんと私が座り、机の上には最近の集められる限りの小テストの結果が並べられた。それを見て開口一番に、治朗くんは土下座したのだ。

「僕に謝るんじゃなくて、藍のこの惨状を何とかしようよって話だよ。女に学はいらないなんて時代じゃないんだからさ」

 惨状って言われた……。まぁでも、古典8点、数学5点、英語10点、日本史15点、化学10点、じゃそう言われても仕方ないか……。

「はぁ、正直、油断していました。見た限り宿題は決まり通り提出していたし、試験前も真面目に取り組んでいるように見えたので、てっきりそれ相応の結果は出しているものだと……あとはまぁ、年頃ゆえにあまり踏み込みすぎるのもどうかと思いまして……」

「遠慮するところ違うんじゃないかな」

「ま! まことにもって……!」

「でもまぁ真面目にやってることはわかった。その上で、結果に結びついてないっていうのが問題だよね」

 ああ……何も言えない。

「で、でも今まで、これより低い点数をとっても呼び出されることなんてなかったんですよ。だからそこまで一大事だと思ってなくて……」

 すると、横からあれこれと声が飛んできた。

「マジで!? どう見ても赤点じゃん」

「セイ、声が大きいですよ。しかし教師ももう少し気にかけるべきでは……?」

「まったくだね。文系理系ともに周囲の人間が危機感を抱くべきだ」

 言いたい放題言うのはお客様席に座って頂いていた方々で、我が家を居酒屋と勘違いしているのか、総会以来しょっちゅう集まってくる大天狗様たち……伯耆大山清光坊ことセイさん、白峰相模坊さん、鞍馬山僧正坊さんだ。

「そ、そんなこと言ったって……テストの点数上げて何になるんですか。結局、学校にいる間だけの話でしょ」

「うわぁ……点数悪い子の典型的な言い訳ですな」

「藍、良い点数を取ることの意義は、良い点数を取ってから存分に論じようよ」

「…………はい」

 苦し紛れの文句なんて、1000年生きてきたこの方々に通用するわけがなかった。

 太郎さんは私を睨み据えたまま、全員に頭を下げた。

「といわけで皆、今日は飲みに来たんだろうけどちょっと予定変更してくれる? うちのお嫁さんの危機を救ってほしい」

「太郎坊がそう言うなら」

「ええ、藍さんにもいつもお世話になっていることですし」

「一人1教科もてばいいんじゃね?」

 なんか話がトントン拍子に進んでいるけど、いつもながら私の意志は……!?

「危機って!? これはただの小テストで……」

「藍、もうすぐ中間テストだろう。小テストでこれだけしか取れない人間が、いきなり好成績を収めるなんて出来ると思うか」

「で、できるかもしれないじゃない!」

「そう言って今までできてなかったんだろうが!」

「まぁまぁ治朗。幸い中間テストは5教科だけだし、今から死ぬ気でやれば赤点は免れられるんじゃない?」

 とりなしてくれてるようだけど、気になる言葉が聞こえた。”死ぬ気で”って言った……?

「『食べるべからず』が書けるようになるために、死ぬ気で頑張らないと……ね」

 太郎さんは、再びに~っこり笑った。怖い……本能的に恐怖を感じる笑み。これは……本当に命が掛かるのかもしれない……!


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