天狗様のこぼれ話 ~かぐわしき汁?~
狐ちゃんたちの祝勝会の後、客間には早々に酔いつぶされた治朗くんと、気分よく酔いつぶれた三郎さんが揃って寝転がっていた。太郎さんと二人で部屋の端に寄せて布団をかけてあげて、改めてゆっくりしていると、常々気になっていたことが思い浮かんだ。
ここ最近、「お手を拝借」を言って気を吸われることが度々あった。緊急事態だったから仕方ないけど、手を触れて吸い取れるなら、普段から色々とやりようはあるんじゃないだろうか?
どうも会心の一撃級の名案だったらしいシェアリング作戦も失敗に終ってしまった今、聞いてみなくては……!
「太郎さん、いつも私の気をほしいって言いますけど」
「うん」
「他の人からもらうのはダメなんですか? 触れば吸い取れるんでしょう?」
それを言ったとたん、太郎さんの顔が急激に曇り始めた。ゲリラ豪雨の空模様のように。そんなに悪いことを言ったんだろうか……?
「まぁ……そうだね。できるのはできるよ」
「やっぱり。じゃあたとえば治朗くんから毎日ちょこっとずつ貰ってもいいんじゃ? 治朗くんだったら喜んで差し出しそう」
「う~ん……誰でもいいわけじゃないんだよ」
「そうなんですか?」
「まず気っていうのは、生まれつきそういう力の強い人か、修行をした人間が生じさせる霊的な力でね。そもそも持ってる人が少ない。現代は特に」
「でも今、パワースポット巡りとか流行ってますよ」
「あれはその土地土地の神とか精霊のお零れに預かってるだけだし。人から分けてもらった気はそうそう定着するものじゃないよ」
「じゃあ太郎さんも?」
「そこはちょっとだけ違う。そもそも他人からもらったものが定着しないのにも理由がある。気は人によって波動が違うんだ。指紋みたいなもの」
「はぁ」
「マラソン選手が自分のコンディションに合わせて作ったドリンクを給水所に置いていたのに、間違えて別の選手のドリンクを飲んじゃったら調子変わるでしょ? あれだよ、あれ」
「あれと言われても……例えがちょっと……」
「じゃあ指紋に戻すよ。他人の指紋じゃ、このスマホの指紋認証通らないでしょ」
「あぁ……はい」
「人によって波動が違うってことは、吸い取った後、合うか合わないかっていう問題も生じるんだよ」
「まぁ、そう……ですよね」
「そこで、僕は編み出したんだ。他人から吸い取った気の波動を自分の波動に変換する術を」
「おおぉ! す、すごい!」
「うん、苦労した。100年くらいかかった」
「そ、それはご苦労様です……じゃあますます、誰からでも貰い放題じゃないですか! 治朗くんもいるし、三郎さんはじめ大天狗さんたちがよく来られるんですから」
「ところがね……所詮は、変換しているにすぎないんだ」
「え、どういう……?」
「純正品と汎用品てことだよ」
「ますますわかりません」
「家電なんかで、作ったメーカーとは違うよそのメーカーの部品を使うと誤作動起こすことがあるでしょ? それと同じ」
「いや、私もお母さんも機械音痴で……」
「……じゃあこの家の家電は誰が見立てたの?」
「家電量販店のおじさんにお任せしました」
「……もっと貪欲に行こうよ。じゃなくて、つまり、どれだけ自分の気に合わせて変換しても、やっぱりどこか違うんだよ。不純物が混ざってるんだ」
「……あ、浄水器の不備って感じですか?」
「…………まぁ、いいかな、それで」
「はい、なんとなくわかりました」
「要は、自分専用にある程度変換できても、やっぱり受け入れられるものとそうじゃないものがあるってこと」
「はい」
「そこで、君に一つ聞きたいんだけど………………君は、他人の汗を飲める?」
「……………………はい?」
「気って言うのはね、さっきも言った通り、厳しい修行を乗り越えた末に滲み出る、まさしく汗のようなものなんだ。汗なんだよ、汗」
「は、はい……」
「君はさ、グラウンドを熱気を上げながら何周もしてる人たちのユニフォームから搾り取った汗を、平気な顔して飲める? 浄水器さえ通したら飲める? ねぇ飲める?」
「は、いえ……たぶん無理です……!」
「そうでしょ? どうしても命の危機が迫っていればいざ知らず、普段だったら、できたとしてもせいぜいぺろっと舐めるぐらいのもんでしょ? でも僕は、そうしないと最低限の術すら使えないんだよ……!」
「そ、そうなんですね。苦労してたんですね……」
「そんな中、君に出会えた……!!」
「……は……? 私?」
「僕は君の汗なら飲める。この世界の海の水がすべて君の汗に代わっても僕は飲み干せるよ……! だからね、ついつい君の気ばっかり吸っちゃうんだよ。許して、ね?」
「は、はぁ……はは、は……飲み干さなくていいです」
ちょっと気になっただけだったのに、思いも寄らぬ気色悪い回答を貰ってしまった……。
要は、口に合うか合わないか……そういうことらしい。




