天狗様、市(ショッピング)へ行く(7)
「もうちょっと左、もうちょっと……あ、行き過ぎ」
「もう……ストップって言ってくださいよ」
「ごめんごめん……あ、ストップ」
「ほい!」
若干よたよたしながら、私は動きを止めた。と、同時に頭上で太郎さんが動き始めた。
「どうですか? 何か見えますか?」
「う~ん、奥の方にも何かいるのは見えるけど、思ったほどではないかな」
「エアコンじゃないんでしょうか?」
「わからない。向こうのエアコンも見てみよう」
「えっ」
「早く早く」
”早く”というのは、私に歩けということなんだろうか。いや、そうだよね……。ため息一つをついて、私はそのまま歩き出した。
何が悲しくて、花も恥じらう乙女が男子高校生を肩車して、挙句そのまま馬役にまでなってやらないといけないのか……。
私のため息から胸の内を察したのか、太郎さんは頭上から声をかけた。
「だって一回下りてまた上がる方が手間じゃない?」
「そりゃあね、上げちゃえば楽なもんですけどね……」
「でしょ?」
上げ下げの負担とか効率とかそういう話じゃないんですよ。私は、女子に肩車されて恥ずかしいと思わない男性と、同じぐらいの体型の男性を肩車して歩けちゃう女子の双方の尊厳の話を思い巡らせているわけなんですよ。
しかも何が悔しいって……この人、軽い! 肩車しながら難なく歩けちゃうぐらいに! 私が同年代にしては鍛えてる方だというのもあるけれど、この人は軽すぎる! こんな屈辱ってあるだろうか、いやない。
「あ~こっちはけっこういっぱいいる」
「ホントですか。消せそうですか?」
「いや、手が入らないから無理かな。結界はっとこうかな」
そう言って、通風孔の四隅のネジ付近に印を結び始めた時、私の真横ぐらいからそろっと声が聞こえた。
「あの、お客様……エアコンには触らないで頂けると……」
「え? あ……」
四隅のネジを触っているが、蓋を取り外そうとしているように見えたのかもしれない。マズい……! ついに目をつけられた!!
「ご、ごめんなさい! 何もないです!」
反射的に頭を下げてしまった。すると――
「ち、ちょっと……今は……!」
瞬間、ぐらついた。頭上に人がいることを忘れていた……!
「うわ、わ、わ……っ!」
前に後ろにぐらぐらしてついにバランスを維持できなくなって後ろに向けて倒れ掛かったその時――
ドサッ
思ったほどの衝撃は来なかった。
「何をやっている」
そして、聞きなれた声と言葉。気付くと頭上に治朗くんの顔が見えた。太郎さんともども、支えてくれたらしい。
「治朗、ナイス」
「は、はい! 兄者のお役に立てて、俺は……!」
「あ、でもマイナス100。藍を文字通り独り歩きさせたから」
「!! は、はい……申し訳ございません……」
「どうかしてるよ。どれだけ危険か治朗の方が分かるでしょ」
「は、はい……」
「その辺にしといてやれ。追いかけようとして止めたのは俺なんだから」
いつの間にか現れて店員さんをとりなしてくれていた三郎さんが止めに入ってくれた。
「三郎、彼女のことはこの前話したでしょ。一人にするなんてありえない」
「悪い、本当に油断してた。俺の落ち度だから、治朗を叱らないでやってくれ。こうして一瞬で駆け付けたんだしな」
「あ、ずっと来てほしいって呼びかけてたの、聞こえたんだ?」
「へ? いや、なんか向こうの方で見覚えのある二人が肩車してるのが見えて、面白いから笑って見てたらぐらついたから飛んできた」
「……役に立たないなぁ」
「何だよ、助けたろ! ていうか、ここじゃ思念はほとんど伝わらないってお前こそ知ってるだろうが。なんで大声出すとかしなかったんだ」
「大声なんて出したら目立つよ」
「肩車の方が目立つわ」
「そうだ。何故ふたりはあんなことを? 何かの遊びで?」
「んなわけないでしょ!」
「ああ、それね。二人がいるならちょうどいいや」
太郎さんは、水着フロアに溢れている小さなあやかしたちのことを説明した。 やっぱり珍しいことのようで、治朗くんも三郎さんも信じられないといった顔をしていた。だけど太郎さんの説明で徐々に納得していったようだ。そして最後に――呆れられた。
「お前ね、そういう時は呼びなさいよ」
「だって呼んでも来なかったじゃない」
「だから声出すとか物理的な方法があるだろうが」
「だから目立つから嫌だって」
「だから、肩車の方が目立ってたって言っとろうが!」
「も、もうそのくらいで……」
いい加減にしないと、今度は口論で目立ってしまう……。
「あ、そういえば三郎さん。管狐ちゃんたちは?」
「え? ああ、ここだよ、昼寝してる」
そう言って、三郎さんは腰に下げた筒を指した。あれこれ着せ替えさせたから疲れたらしい。だけど三郎さんは、その筒をはずして、封を解き始めた。
「え、三郎さん? 寝てるんじゃ?」
「おいおい、何言ってんだ、お嬢? こういう場面こそ、俺の……俺の狐たちの本領発揮できるところじゃねーか」
言っている間に、筒から銀色の光が溶けだし、どんどん形になっていく。ただし、今回は前見た時よりも大きく、しなやかな形だ。
「治朗、目隠ししとけ」
「ああ」
すると治朗くんは手早く印を結んで、何事か唱え始めた。結界をはっているんだろうか。
「……あれは周囲の人間の視界を遮ってんだよ。管狐やあやかしが見えちまったら困るだろ? 軽い結界で、あやかしに関係することを見えないようにしてんのさ」
「はぁ……あの、狐ちゃんたちは大丈夫なんですか? 寝起きなんじゃ?」
「俺の管狐たちだぜ。こんな美味そうなエサの気配が充満してるところで居眠りこけるほど鈍っちゃいないぜ」
三郎さんの言葉と同時に、治朗くんの術が完成したのか小さくうなずいた。そうすると今度は、三郎さんがにやっと不敵に笑った。足元には銀色に輝く3匹の狐。
「よぅし、お前ら。教えた通りだ。ここにいるあやかし全部、消し去ってこい!」
「「「はーい!」」」
見た目は天狗の眷属の狐だけど、声は彼女らそのままだった。あのままの勢いでびゅーんとフロア中に散っていき、その軌跡どおりにあやかしの気配が消えていった。天井も通路も商品だなも試着室も……どこもかしこも満遍なく飛び回って戻ってくる頃には、あやかしたちの小さな光は1つたりとも見えなくなっていた。本当に、全部消し去ったのだ……!
管狐ちゃんたちは優雅に三郎さんのもとに戻ってくると、再び愛らしい女の子の姿になった。
「す、すごい……!」
私の感嘆の声に気を良くしたらしい。
三郎さんと狐ちゃんたちは、4人揃って同じように腰に手を当てて口の端をにっと持ち上げて笑った。
「どうだ。うちの子はすげぇだろ」
「すごーい」
「やりました」
「……すごい?」
「はい、すごいです!」
「はっはっは、そうだろそうだろ」
「すごいです! ね、太郎さん。最初から頼めばよかったですね」
「…………そうだね」
あれ? 何か不機嫌?
「どうせ僕はヒョロヒョロで役に立たないよ」
「え? あの、どうか……」
「拗ねるな拗ねるな。いいとこ持ってかれたからってよ」
三郎さんが太郎さんに組み付いて頭をわしゃわしゃ掻きまわすけど、太郎さんの機嫌はその後もよろしくはなかった。
一方の三郎さんは、狐ちゃんたちの活躍が想像以上に嬉しかったらしい。その後狐ちゃんと私にクレープを奢ってくれて、さらにデレデレしていた。
「……完全に小学校の先生だね」
「……いや、もうお父さんでは……?」
結局その日は、狐ちゃんたちの初お手柄ということで、我が家で宴会となったのです……。




