天狗様、市(ショッピング)へ行く(6)
ぷち、ぷち、ぷち、ぷち、ぷち、ぷち、ぷち、ぷち、ぷち、ぷち……
平日とはいえオープンしたばかりのショッピングモールは見た事もないぐらいのたくさんの人でごった返している。そんな中、さらにこれから夏を迎えるにあたって注目を浴びる水着売り場には、特に若い人が多くて、楽しそうに広い売り場を見て歩いている。
そんな中、私と太郎さんがやっていることはといえば……
ぷち、ぷち、ぷち、ぷち、ぷち、ぷち、ぷち、ぷち、ぷち、ぷち……
某緩衝材の粒を潰すような音を鳴らして、水着には目もくれずに、売り場のそこかしこに点在するあやかしを昇華して回っていた。
あやかしと言ってもこの前現れたような大きな影の塊はどこにもなく、光の粒のような小さなモノがたくさん……本当にたくさん、無数にフロアを揺蕩っている。太郎さんはその粒を一つ一つ、指先で潰して回っているのだ。
もちろん、あやかしが見えない人たちには、光の粒なんて見えないし、潰した音だって聞こえていない。つまり、私たちが何を思って何をしているのか、まったくの謎だと思う。
あやかしたちは本当にいろんなところに隠れていた。マネキンの影、商品と商品の間、棚の奥、床のそこかしこ(これは気付かず踏みつぶしてしまっていた)……。
「おっと、こんなところにも」
なかにはマネキンが着ている水着の中、というのもあった。太郎さんは目標がどこにいるかの座標しか気にならないらしく、その座標がマネキンのどの位置に当たるかまではまったく気にしなかった。つまりはまぁ……はた目にはマネキンのかなりきわどいところをお触りしているように見える。女の子と手をつなぎながら。いったい、どんなシチュエーションだと思われてるんだろう……。
「え、仕方ないじゃない。色んな所にいるんだから」
最初はプチプチして回るだけの地味な作業だから、目立たずにすむと思っていたんだけど、ところがどっこい……マネキンの水着を着崩しちゃったことまであって、今では店員さんに軽く白い目で見られ始めている。
「あ~でも、君といると”気”の残り具合気にしなくていいから楽だよ」
「……ハイハイ、どうせ充電器ですよ」
以前聞いたところによると、どうも私は”気”の内包量が桁違いらしい。今みたいな場合はそれが役立っているんだから、倒れない限りはいくらでも使ってくれて構わないんだけど……共犯者を見る目で見られることだけは辛い。
しかし太郎さんもイタズラしようとしているんじゃないんだから、ここは耐えないと……。でもこの店もう二度と来れないな……。
「だけどこれ、きりがないんじゃないですか? 潰しても次々分裂したりして無限ループなんじゃ?」
「う~ん、そうかも。いったいどうやってこんなに集まったんだろう?」
大した作業じゃないとはいえ、さすがに数が多いのか、太郎さんは少し疲れたように見えた。
「あの、休憩します? 私何か買ってきますよ」
太郎さんを労う気持ち半分、手をつなぎ続けることに疲れた事半分で、私は太郎さんから少し離れようとした。だけどそんな私の手を、太郎さんはぐっと掴んで離さなかった。
そして、何か彼を取り巻く空気が変わった。
「あのさ……もう忘れたの?」
あ、これは……さっきも見たような気がする。
「このあやかしだらけの状況で、僕や治朗からも離れて一人で、どこか行くって言うなら僕にも考えがあるよ?」
「か、考えとは……?」
太郎さんが、人差し指をぴしっと私の目の前に突き付けた。
「今この場で、吸えるだけ君の気を吸い上げて、君に封印の術を施して動けなくして人気のない所まで運んでそれから……」
「わーっ! ご、ごめんなさいごめんなさい! 離れません!」
突き付けてた指を、催眠術のようにぐ~るぐる回しながら語る様は、まるで術をかけるかのようだった。
「ん? 太郎さん、何でこの指だけこんなに汚れてるんですか?」
「え?………あ、ほんとだ。なんか黒い」
突き付けられた指先が、黒っぽくなっていた。太郎さん自身も気づいていなかったみたいだ。あやかしたちに触れているうちにこうなったんだろうか?
「あやかしのついでに色んなところに触ってたからかな? 棚とかマネキンとか備品とか………………あ、そうか」
「ど、どうしたんですか?」
「埃だ」
「え? ああ、確かに埃ついてますね」
「うん、だから埃についてたんだよ」
「……何が?」
「あやかしが」
「へ?」
理解できないでいると、太郎さんはちょうど近くに現れた光の粒を一つ捕まえた。そしてしげしげと観察してからぷちっと潰すと、後には小さな糸くずのようなものが残っていた。
「やっぱり」
「な、何が”やっぱり”なんですか?」
「いや、マネキンが多いからそっちに憑依しないか警戒してたんだけど、違ったよ。もう既に憑依してたんだよ、埃に」
「埃に憑依? そんなことできるんですか?」
「まぁできなくはないと思う。あれもマネキンと同じで中身がないから。だけどこんなのに入るあやかしなんていると思ってなかったからさ。盲点だった」
「ち、ちょっと待ってください。そうだとして……埃に入って何が出来るんですか? 今みたいにすぐ潰されるのに」
「うん、何もできない。すぐ潰されるし、思い通りに動かせないだろうし。ただ空気中を揺蕩うだけだろうね」
「だったら……」
「でも埃って、いつのまにか固まってるじゃない? こいつらもそれと同じだとしたら?」
「固まっていく……?」
「集まるだけならいいけど、それが喰うって意味合いだったら? 互いに喰い合って大きくなっていったら? 大掃除の時に棚の裏とかから出てくる大きな塊になったら?」
「……ごめんなさい、例えにいまいち緊張感が……」
「……小さいのが寄り集まって、いずれキ〇グス〇イムになるって言ったらわかる? ド〇クエ4で初めて出た時の合体シーンの衝撃は忘れられないんだけど」
「な、なんとなくわかりました……大変なことになりそうってことだけは」
「うん、まぁ話を戻すと……落ちてきてる埃を払ってもキリがないってことだよね。」
「でも埃なんてなくならないものじゃないですか?」
「そうだけど……大きい元を断つっていうのは有効じゃないかな」
そう言うと、太郎さんは上を向いてキョロキョロし始めた。
「あ、あれじゃないかな」
太郎さんが指さしたのは空調機器。確かに、パタパタ動いてエアコンが効いているみたいだ。
「あそこから埃が出てるってことですか?」
「と言うか……あれがあやかしたちの動きをある程度作ってると思う」
「でも、どうするんですか? ここで中を開けて掃除するんですか?」
「中に気を送り込むことは出来ると思うよ。もしくはあやかしが出てこれないように通風孔に結界を張るとか」
「はぁ……」
「よし、じゃあ僕一人じゃあそこまで届かないから……肩車して」
「は? 肩車?……誰が?」
「君が」
「誰を?」
「僕を」
「どこで?」
「ここで」
「いつ?」
「今」
「いや……いやいやいや、ちょっとかなり冗談じゃないんですけど」
「え、僕冗談で言ってないよ」
「ここで肩車とかかなり常軌をを逸しているとか、男性が女性に肩車お願いするとか、そもそも肩車ってとか色々……」
「え、この状況の対処としてはかなり合理的だと思うけど。このまま下のあやかしをチマチマ潰してても埒が明かないし、上を閉じる方が効率的だし、でも天井まで僕の身長じゃ届かないし」
「……………………くっ!」
逃げ切る選択肢が、思いつかない……!




