天狗様、市(ショッピング)へ行く(5)
「は? 一人で来た? 何やってるの、君。ダメでしょ」
ちょっと元気になった太郎さんに、いきなり説教かまされた。
歩けるくらいには回復したから治朗くんたちのところへ戻ろうとして、治朗くんはどこか?と聞かれた。だからいないと答えた事への回答があれだ。
それ以降、歩きながらずーっとぶつくさ言っているのだ……。
「ダメってことはないでしょ」
「ダメだよ。僕てっきり治朗がこそこそ着いてきてるのに気を遣って二人にしてくれてるんだと思ってたのに。本当に二人にするなんて治朗もどうかしてるよ」
「そこまで言わなくても……無事に合流できたんだからいいじゃない」
「良くないよ。僕と会うまでに何かあったらどうするのさ。この前学校で危ない目に遭っちゃったの忘れたの?」
「それは……忘れてません」
基本的に、あやかしというのは群れたり自分の領域を侵されるのを嫌うことが多い。だから静かなところでひっそりしていて、人の多い場所にはあまり現れないことが多い。そう治朗くんから聞かされていた。
だけど先日、昼休みの学校に現れたのだ。それも人間にとり憑いて。後で聞いたところ、相当珍しい例だと言っていた。
とはいえ『珍しい例』だし、現に今まで学校やスーパーなんかでは見かけたことがないのだから、そう危険なことがあるとも思えないんだけど……。
「今まで何回も危ない目に遭ってきてどうしてそこまで楽観的でいられるのか不思議でならないよ」
「う、うるさいな。なんか今日はえらい辛辣ですね」
「辛辣なんじゃなくて、厳しく指導してるの。君に何かあったらもう本当どうしたらいいかわかんないんだから」
「そ、そっか……もしかしてまた千年ぐらいそのままになるかもしれないんですよね」
ぽそっと私が呟くと、太郎さんがはじかれたように振り向いた。
いつもの眠そうに半分閉じられたような両目が大きく見開かれ、私のことを射るように睨みつけている。
「え、太郎さん?」
「そういうことじゃないよ!」
「えっ!?」
聞いた事のないような怒声が、フロアに響いた。私だけじゃなく、道行く人も振り返っている。だけど太郎さんはそんなこと気にも留めずに、私の方を見ていた。
「僕が、自分の事情だけでこれだけのことをしてると思ってるの?」
「え、てっきりそうなんだと思ってたんですが……」
「違うよ!! 僕は、君を、心配してるんだよ!! いい加減わかってよ!!」
怒っていた。こんなに怒った太郎さんを、初めて見た。そりゃあまだ会って間がないけど、なんとなくこういう怒鳴り方をする人じゃないことは、同じ家で過ごしてくればわかる。
「ご、ごめんなさい」
おそらく、私が彼を傷つけることを言ったのだ。直感で、そう思った。
だから謝ったのだけど、太郎さんの方はまだ呑み込めない、呑み込むわけにはいかないといった顔をしていた。
だからだろうか。太郎さんはくるっと背を向けると、スタスタと歩き出してしまった。
手だけは、離れないように、しっかりと握ったまま。
――どうしよう、きまずい。
太郎さんはさっきからずっと、黙ったまま私の手を引いて歩いている。かなり早足で、あっという間に2階層下りてしまって、もうさっきまで狐ちゃんたちの衣装を選んでいた百貨店スペースまで戻ってきてしまった。
はた目から見たら間違いなく喧嘩中のカップルなんだろう。私だって、傍から見ていたとしたら、『喧嘩してても手は繋ぐんだ。可愛いな』とか思ったんだろうけど、いざ自分がしてみると、とてつもなく恥ずかしい。
手を振り払うのは……さすがに今回はまずいし、かといってずっと黙ったまま歩き続けるのもかなり酷だ。
と、思い始めていた時、太郎さんはピタッと止まった。
やっぱり……気まずいのは嫌なのね、とか思いつつ、言葉を待った。さすがに今は太郎さんが語りだすのを待った方がいいだろう。
だけど…………………………言葉は来ない。
「?」
太郎さんの方を見ると、止まっていた。私の手を握ったまま、別の何かを見ながらじっと動きを止めていた。
何を見ているんだろう? そう思って、その視線を辿ってみると、視線の先にあったのは――夏の水着キャンペーン。
色とりどりの水着とそれを着たとってもスタイルのいいマネキンが躍るように林立している、なんともきらびやかな場所。今は夏に向けて売り出し中らしく、フロアの半分が水着コーナーとして特設されていた。女性水着を中心に、男性水着も子供用水着も、プールサイド用品もあわせて何でも置いてあった。その中でも太郎さんの視線を釘づけにしているのは、エスカレーター付近に設置されている目玉商品であろう水着を身につけたマネキンさん。
小麦色の肌に塗られ、モデル以上の体型を持ち、ライトを一身に浴びて眩いばかりのそのマネキンが身に着けるは、まっ白い中に、シンプルだけど洗練された柄が描かれたセパレートタイプのビキニ。体のラインを強調し、その美しさを引き立てる。素敵だけど、布面積が小さくて、本当に着る人を選びそうな伝説の勇者級の装備品だ。やっぱり伝説の勇者級ともなると、釘付けにさせちゃうのか……!
今、ちょっと心配になったんだけど……まさか着ろって言われないよね、これ? まずい。今言われたら一応さっきの負い目があるから着ないとさらに気まずいことになる。でも、これを着るにはレベルが足りないと思います……!
と思っていたら、案の定、太郎さんはくるっと振り返った。
「ねぇ、こいつら……」
「は、え、き、着ませんよ! 私には無理!無理です!」
「へ?」
「え??」
二人して、きょとんとした顔を見合わせてみた。
「着る?」
「いや、着ませんてば。……”こいつら”とは?」
太郎さんはもう一度、自分が凝視していたものを見つめ直し……
「ああ、これ…………え、着てくれるの!?」
「だから、着ませんてば!」
「藍が着たらきっと似合うよ! 素敵だよ!! でもさすがに今はやめたほうがいいと思うな」
「だから着ないって……今はって、どういう意味ですか?」
太郎さんが、ジェスチャーで示した。彼が指さすマネキンを、よく見ろと。
言われて初めて、マネキンの水着以外の部分も含めてじっと観察してみた。そしてようやく見えた。
白い、小さな光の粒がセクシーなマネキンの全身あちこちにくっついて、まるでラメのようにキラキラ光っていた。輝かしいと思ってたけど、本当に光ってたとは。
この光の粒たち、ただそこにあって光ってるのかと思ったら、隣の粒と合わさって大きくなり、合わさった瞬間にひときわ輝いていた。かと思ったら分裂して数を増やす。それを繰り返すことで、ラメみたいな光り方をしていたのだ。こんな摩訶不思議な存在は、一つしか知らない。
一つの核心に思い至って、太郎さんの顔を見ると、彼は静かに頷いた。
「うん。あやかし、だよね」
そう呟いた途端、空気がざわついた。正体を見破られた光の粒たちが、一斉に騒ぎ出したのだ。目の前のマネキンの体で、隣のマネキンのパレオの裾で、男性用水着の足元で、子ども用水着の背後で、売り場中の物陰から、叩いて舞った埃のように、どっとあやかしたちの気配が沸き起こった。
1体2体どころじゃない。小さなあやかしが、無数に飛び交い始めた――!
「これは大変だね」
「た、大変て……」
「治朗たちも呼ぶけど、これはけっこう一刻を争うよ。なにせ人形だらけだし、このフロア」
「ひ、ヒトガタ?」
「まぁあやかしの根城になるモノがありすぎってこと。この前のなんとかくんみたいに乗り移っちゃうんだ」
「な、なるほど……?」
「まぁ一体一体は大したことないから、地道にやれば閉店までには何とかなるよ」
「え、そんなにかかるんですか?」
「この前みたいな塊だったら話は早かったんだけどね」
「はぁ」
「あ~まぁ要は、僕から離れないでねってこと……ホントに、何があっても」
「う……は、はい」
つないだ手に、自然と力が込められた。
「あと、君の気もちょっと拝借します」
「仕方ないから許可します……」
「ははは、許可おりた。良かった……じゃあ、行きますか」




