天狗様、市(ショッピング)へ行く(4)
あの人は、どこにいるんだろう?
トイレ付近もは見たけど、それらしい人はいなかった。
あと行っていないのはどこだろう?
エントランス? どこに行くにも必ず通る場所だから戻っているかもしれない。
フードコート? お腹がすいてフラフラ吸い寄せられているかもしれない。
イベント会場? 屋上にある空中庭園をいい感じだとぼそっと言っていた気がする。でも人の多い所でもあるからなぁ……。
あの人のことだから、人の流れの多いところで、流れに競り負けてはぐれたんじゃないだろうか。でも向こうも探して歩きまわってたら時間がかかっちゃうかもしれないし……。
あの人が行きそうな店とか興味持ってる場所とか、ちゃんと聞いておけばよかった。
よく考えたらあの人が狐ちゃんたちのことだけで来るはずがない。きっと他に目的があったから三郎さんについてきたんだろうに……。
「目的……そうか!」
さっきの三郎さんたちの態度……なんかおかしいと思ったけど、もしかして太郎さんが消えたのは確信犯なのでは?
いや、言い方が悪いけど……。私の関心を狐ちゃんたちに向けておいて、自分は何か別のところで目的を果たして、何食わぬ顔で帰ってくる。途中で何か聞かれてもトイレとか言ってごまかす……そんなところでは?
そんな気がしてきた。だとしたら走り回る必要なんてないじゃないか。今からでも治朗くんたちのところに戻って、待っていた方が確実に合流できそうだ。このままじゃ、私が迷子になってしまう……。
なんて考えに至った時、ポケットの中で電子音が鳴り響いた。誰かから電話だ。治朗くんたち天狗方は電子機器での通信手段は持っていないから、お母さんだろうか……?
違った……画面に躍った文字は――
”愛宕山太郎坊”
いつの間に私のスマホに登録してたんだ、あの人は……!! 色々含めて腹立ってきた。
やや乱暴に通話ボタンを押して不機嫌を隠さずに応えた。
「もしもし? 何なんですか、これは! なんで勝手に登録してあるんですか!」
「…………」
「もしもし? 聞いてます? 今どこですか?」
電話の向こうからはでも声は聞こえない。代りに、ガヤガヤと騒がしい音が聞こえる。子どもの声で涼しいとか冷たいとか言っているから、たぶん、クーラーの効いているショッピングモール内のどこかであることは間違いない。けど、どうして応えないんだろう。
「もしもし? 太郎さん、どうしたんですか?」
「…………けて………」
やっと何かが聞こえた!
「はい!? 何ですか!?」
「……たす、けて……!」
「!!」
微かに聞こえた。”たすけて”と。だけどそれ以降、また声は途絶えてしまった。
「これは……大変、なのか……!?」
迷うべくもない、大変なんだろう。声も苦しそうだったし、どこかでうずくまってるかもしれない。でも、どこに?
さっきの電話にヒントはなかったか? なんかガヤガヤ言ってたけど、それ以外に……!
「あ」
そういえば、あそこにはあれがあったはず……もしかしてさっき聞こえたのは、それのことか?
私は思いついた場所に、とにかく走った。
「いた……!」
思わず声がこぼれだした。
太郎さんはいた。イベント会場にもなっている空中庭園に。子どもの声で冷たいと聞こえたのはクーラーじゃなくて、噴水の水の事だったんだ。イベント会場と噴水と広い芝生で親子連れが楽しそうに過ごす中、誰からも見えにくい一角で太郎さんはうずくまっていた。ミイラみたいに生気の抜けきった姿で……。
「……大丈夫ですか?」
「…………」
返事がない。ただの屍、か?
それは冗談としても、もしかして意識がないとか?
「もしもーし? 太郎さん? 大丈夫ですか?」
少し大きめの声をかけても反応がない。顔の前で手を振ってみても同じだ。仕方ない、気は進まないけど少しだけ触ってみるか……。
肩を小さくトントンと叩いてみる。するとぴくんと、肩が跳ねた。
「! 太郎さん! 藍です。大丈夫で――」
聞き終わる前に、太郎さんは私の腕に縋りついた。
「た、太郎さん?」
「……姫……!」
絞り出すような声でそう言った。小さく震えながら。まるで、悪夢から抜け出そうともがくように。
いや、もしかしたら実際に未だ悪夢の中なのかもしれない。太郎さんはしがみついたきり離れず、私の方も見ない。いつもひょろっとしていてすぐ泣くけれど、意外と強情で、飄々としている彼が、今は、怯えている。
私は思わず一緒に座り込んで、背中をさすってあげた。何度か繰り返すと、太郎さんの体の震えは徐々に収まり、呼吸も落ち着いてきた。そして、ようやく私の顔を見て、言った。
「……藍?」
「はい、山南藍です」
そう応えた時、太郎さんは薄く微笑んだ。いつものニタッとした変態じみた笑みじゃなく、穏やかな笑みだ。もしかして、今……私の方が夢を見ているんだろうか? この人のこんな笑みを見るなんて。
違う違う。意識が戻ったんならしないといけないことがあるだろうに。
「大丈夫ですか?」
「うん、ちょっと……平気になってきた」
「顔色が戻ってきましたね。ちょっとだけ待っててください。水買ってきます」
そうだ、ついでにハンカチも濡らしてこよう。ダメ元で治朗くんたちにも呼びかけて――と、立ち上がろうとした私の手を、太郎さんが掴んだ。
「? お茶の方がいいですか?」
「……いい。何もいらない」
「水、いらないんですか?」
「…………ここにいて。傍に、いて」
「え……」
腕を掴んでいた手は、いつの間にか掌を握っていた。いつもなら反射で振り払うところだけど、何故か今はそんな気になれなかった。
私に傍にいてほしいと伺う彼が、必死の想いのように掴む手が、孤独を恐れて震える小さな子供のように見えて、振り払うことなど、できなかった。
私は言葉のかわりに、太郎さんの隣に腰を下ろして、とりあえず手だけは握っておいてあげることにした。
太郎さんは嬉しいのか、握る手に力を込めて、さっき以上にニッコリ微笑んだ。こんな笑顔ができるんだ、と内心驚いていた。
――と、掌から、なんだか覚えのある感覚が走り始めた。これは――
「結局……気を吸いたいだけだったんかい……!」
損した。本っ当に、心配なんかして、大損した……!!




