天狗様、登校す(6)
どうしたのかと振り向くと、太郎さんがお弁当箱を持ってわなわなと震えていた。蓋が開いて、中身がぼろっと零れ落ちたお弁当箱を……。
ちらりと傍を見ると、私が上段回し蹴りを決めて倒れた根岸の体が……。これは…………まずい……ある意味、さっきよりも。
「えっと……たぶんこれは、私のせいです。ごめんなさい」
「ぼ、僕のお弁当……君の作ってくれた……」
そんなに瞳にじんわり涙を貯めないで……!
「わ、私のお弁当あげるから泣かないでください、ね? 中身は同じですから」
「……嫌だ」
「い、嫌なんですか? じ、じゃあどうすれば……?」
太郎さんは上目遣いに、ジト目で、半分睨むように私を見た。
「半分こ」
「………………え」
「君と半分こがいい」
「ああ……はい、わかりましたよ。じゃあ、半分ずつで」
「……うん!」
泣いていた太郎さんはニッコリ笑った。現金な……。
呆れる私に、治朗くんまでが笑いかけた。
「足りなかったら、俺のパンを分けてやる」
「あ、ありがとう……」
頬が赤くなるのを感じて、思わず目を背けてしまった。
最近色々あって忘れていたけど、思い出してしまった。私は、治朗くんの時折見せるこの優しい眼差しに惹かれていたということを。
『あの転校生は何者だ!?』
その問いに関する明確な結論には未だ至ってはいない。
だがしかし、転校生の人となり、その人間性を証明するに足る証言を、生徒たちは得た。
証言者は、転校生と同じクラスの男子生徒・根岸氏。彼によると、転校生は朝から注目の的だったそうだ。奇抜な挨拶、理知的な会話、勤勉さを伺わせる授業態度、そして特定の女子(以降、A嬢とする)に対する深い愛情。
はじめは驚きを隠せないクラスメイト一同も、その知性と人徳に心奪われないわけにいかなかった。勇気を出した女子生徒が一人アプローチをかけるものの、彼の一途な愛の前にあえなく玉砕。
これは根岸氏が勇気をもって告白してくれたことだが、根岸氏は女子生徒の玉砕を不服に思い、転校生を呼び出して、理不尽ではあるが制裁を咥えようと目論んだそうである。それに対し怒りを示し、返り討ちにしようとしたA嬢を、なんと誰あろう転校生が止めたのだ。根岸氏の憤りの理由に理解を示し、同時にA嬢の正義感と力量を讃えた上で、両者の矛を収めさせようとした。
恥ずかしながらそれでも納得しようとしなかった根岸氏は、その時なんとA嬢につかみかかろうとしたそうだ。だが、それを制したのも誰あろう転校生だった。
根岸氏は転校生の反撃に遭い一撃で気を失い、次目覚めると一緒にいた友人も含め全員がノックアウトさせられていた。転校生一人の手によって、だ。
だがその後の5限の体育で証明されたことだが、転校生は運動能力・身体能力に関しては平均値よりも下回っている……平たく言えば”からきし”といったものだった。
つまり、転校生は普段はか細い体ながら、愛する人の危機に瀕すれば、自分の限界をも超えた力を発揮することができるのだ。
そんなことができる人間が、いったいどれほど存在するだろうか。彼はそんな男の、人間の真実の愛の姿を身をもって証明してくれたと言えよう。そんな男を、英雄と称さずにいられようか。
その誠実さと勇敢さに心打たれた者たちが、彼の希望を叶えるべく協力体制を整えたそうである。
その名も「TKO」――(T)太郎くんの(K)恋を(O)応援する会。
この話に感銘を受けたものは筆者だけではないはずだ。
彼の深い愛と誠実さに心打たれた者は皆、TKKOの門をくぐるという選択肢を選び取るであろう――
なんて話になっているのを知るのは、もう少し後。
この日の放課後は、ただただ私が疲れ果てているのみだった。そんな私に、太郎さんが珍しく気づかわし気な視線をチラチラ送っていたのに気づいた。
「……なんですか?」
「あのね、今日一日一緒に過ごしてみて、僕……気付いたんだけど」
「はい」
「君もしかして…………友だち、いないの?」
「っ!!」
この人…………毎度毎度誰に対しても、どうしてこう傷をえぐるような……人の気にしていることを!!!
言葉が出ないのを肯定と受け取ったらしい。太郎さんは、ちょっと憐みの籠った瞳で私を見て、そっと手を握った。
「大丈夫だよ。これからは、僕が傍にいるから」
「い、い……」
その手を、力いっぱい振りほどいて私は青空に叫んだ。
「いらんわ~~~~っ!!!!!!」




