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天狗様といっしょ  作者: kano
第一章
22/210

天狗様、登校す(3)

――兄者、申し訳ございません。購買部が想像以上に混雑しており、もう少し時間がかかるかと……!


「うん、わかった。大丈夫。待ってるよ」

 いかにもスマホでの日常会話に聞こえますが、これ……頭の中だけで行われている会話です……。

 治朗くんはスマホなんて持ってない。今みたいに相手の心が読めたり、自分の思念を相手に送れるから必要がないのだ。小さい頃から、うっかりスマホ感覚で会話して、往来で大きな独り言を言ってしまった回数は数知れず。

 一方の太郎さんは天狗さんたち以外との繋がりにはスマホを利用している。バリバリしてる。山の中で電波届いてたんだろうか……?

 どうしてかというと、太郎さんは天狗としての神通力や気をほぼ失くしていて、天狗同士の思念会話いわゆる天狗ネットが使えないからだとか。

 色々と独特過ぎて頭が追い付かない……。治朗くんは天狗の常識なんかはあまり教えようとはしなかったから、ここ数日、青天の霹靂だらけだ。

「とはいえ、ここは人間社会なんですから。人間の常識に従ってください」

「……クラスメイトなんだから、そろそろ敬語やめない?」

「話聞いてますか?」

「聞いてる聞いてる。だから常識として、同じクラスの人とは敬語では話さないんじゃないかなと思って」

「くっ……」

 正論だなぁ、腹立つことに。

「だけど変えません。この喋り方は、心の距離です。正論言われたからっていきなり縮めたりはしません」

「……一日共同作業してだいぶ縮まったと思ったのに」

「それとこれとは、別」

「ふぅん。じゃあまぁそれは置いといて……君の言いたいことはつまり、どういうこと? 僕、午前中何かマズいことした?」

「マズくはないけど……あなたの普通は他の人の人生の10~100倍分もあるということを自覚してください。他の人はたかだか16年しか生きてないんです」

「…………さっきも言ったけど、僕は自分が知ってることを喋っただけだよ? 知らないふりをした方がいいってこと?」

「まぁ、ある程度は……」

「ある程度ってどの程度?」

「ど、どの程度……」

「君が言うならなるべくはその通りにするけど……知ってることを知らないように装ったり、間違いがわかるのに指摘せずに見過ごすのってけっこうストレスだよ。どの程度までか、具体的に教えておいてほしいかな」

「具体的……」

 せ、正論だ。というか、私が言ったことの方が暴論なような気がしてきた。

 この人は、1000年の時間を過ごしてきて、その間に培った知識をひけらかしたのでもなんでもなく、日常会話と同じように話しただけなんだ。たぶん、私たちがほんのちょっとした計算ミスを指摘するのと同じように。それをやめろと言うのは、少し酷なんじゃないだろうか。

 だけど、同時に彼の”普通”は悪目立ちしている。現に好意だけじゃなくて、悪意も呼び寄せていた。今日みたいな日が続けば、いずれはもっと大きな騒動に発展するんじゃないか?

「その……さっき、足ひっかけられたでしょ? たぶん、太郎さんがすごく目立ってたから腹いせにやられたんだと思うんです。だから、そういう……」

「…………え、心配してくれてる?」

「え?」

「いや、僕てっきり君の平穏な生活にとって迷惑だったのかと思ってたんだけど……」

「それもありますよ。ありますけど……」

「そっか」

 ふわりと、何かが私の頬に触れた。驚くほど柔らかくて、温かい太郎さんの指が、優しく頬を撫ぜていた。

「ありがとう」

 同じくらい柔らかで包み込むような笑みが向けられた。

 私は、そっと頬を撫ぜる手に自分の手を重ねて――

「なに、ここぞとばかりに触ってんですか」

 渾身の力を込めてその手を引き剥がした。

「いや、あるじゃない。慈しみとか愛情が溢れて触れたくなる時とか――痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い……!」

「ちょっとでも心配して損しました」

「さっきのこと? 嬉しいけど、あれはたぶんちょっと違うんじゃないかな」

「何がですか?」

「あれは僕のことが鼻についたって言うより……」

 と、その時会話に横入りするように、乱暴な足音が聞こえてきた。

「おう、なんか楽しそうじゃん」

 さっき足を引っかけてきた男子だ。いつも寄り集まってる他の男子も一緒だ。大勢に対してこちらは2人だからか、ニヤニヤと嫌らしい、余裕の笑みをそれぞれ浮かべていた。

「……君、だれ?」

「っ!!」

「さっき足引っかけてきた奴ですよ」

 私が言ってようやく、ああ、と思い出したような太郎さん。こう、火に油を注ぐ言動も何とかならないかな……。

「……根岸だ。仲良くしようぜ」

「はぁ……」

 根岸はぞんざいに手を差し出した。太郎さんはごく自然にそれを握り返した。すると――

「んぎゃあぁぁぁ、い、痛い痛いっ!!」

 と、根岸が悲鳴を上げた。

「へ?」

 素っ頓狂な声を上げたのは私。だって根岸はまぁまぁ体格も良くて力もあるからクラスの中で無理矢理大将格に収まっているような奴だ。その根岸の手を、軽く握り返しただけでこんなに悲鳴をあげさせるなんて、あの太郎さんが……!?

「あ、ごめん。加減が難しいや」

 しれっと言う太郎さん。たぶん、本当にそんなつもりなかったんだろう。だけどこの状況ではそう思えるはずもなく――

「ちくしょう! さっきからバカにしやがって……!」

 取り巻きの一人がそう叫んで拳を振り上げた。それが太郎さんに降り降ろされるより前に、私がその前に立ちはだかった。

パシッという軽い音を立てて取り巻きの拳をいなして、その手首を掴んで捻り上げた。

「い、いだだだだっ!」

 そのまま背中を押して解放してやると、前につんのめって転んでいた。まだ手首をさすっている。ちょっと強く捻りすぎたかな? でも力を緩める気は微塵もない。

「え、守ってくれるの? 僕を、君が?」

 背後ではしゃぐ太郎さんだけど、さすがに空気読んでほしいな……。

「なんだよ、お前関係ねーだろ」

「……関係あってもなくても、どっちでもいい」

 半身を引いて、腰を落として、重心に力を込めた。

「見た目弱そうな奴にしかちょっかいかけない奴が本当に嫌いなだけ。そういう奴を許すなって、私を鍛えてくれた人は絶対に言うから」

 そう言い、胸の前で拳を構えると、根岸たちもまた身構えた。

 緊迫した空気が、周囲を包み込んだ。

 静寂を切り裂くように響くのは――

「うわぁ~かっこいい! 素敵だよ、藍! 巴御前みたいだよ!」

 という、太郎さんによる黄色い声……。


 頼むから、ちょっとぐらい、緊迫させてほしい……。

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