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天狗様といっしょ  作者: kano
第一章
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天狗様、来たる(2)

 足の速さには自信があった。

 小さい頃から治朗くんの指導の下、毎朝走り込みなんかのトレーニングを積んでいた。その結果、中学に入る頃には走りだけは治朗くんを上回るようになった。

 だからハンデを付けてスタートダッシュを切れば、すぐには追い付かれないだろう。

 門を飛び出し、住宅街を走り抜け、大通りまで約200mを一気に駆けた。ちらっと後ろを振り返るが、やはり人影はない。よしよし。

 学校までは、大抵の生徒は自転車で通っているけど、私と治朗くんには不要ということで 毎日徒歩で通学している。だから出かける時間も他の生徒たちより随分早い。今日はその時間よりもさらに早くに出てきたんだから尚更だ。生徒どころかご近所さんも見かけない。ようやく静かになって、少しホッとした。

 さっきみたいな話題が始まると、どうにも居心地悪くなる。 私が16年の間、ずっと迷惑をかけているようで申し訳ない気持ちでいっぱいになる。それは――

――オマエ、姫カ?

「!」

 目の前には、通りに面した小さなバス停。ベンチもない、ポールの標識柱がぽつんと立っているだけの場所だ。そのポールの影から、声が聞こえた。

――オマエハ、姫カ?

 頭に直接語り掛けてくるような声だ。

 声は、標識の影から出て私に近づいている。

「あちゃ~」

 この不可思議なモノは、小さい頃からちょくちょく私の前に現れる。そしてその度にこう尋ねる。

――オマエハ、姫カ?

 この変なモノ、私以外の人には見えてない。どうも私たちが伝承なんかで”妖怪”や”精霊”と呼ぶものに近いらしい。その正体はこの土地に憑いていたり、この土地で生まれた魂と融合したモノ。そういったものを総称して、”あやかし”と呼んでいる、らしい。

 どういうわけか、私は彼らに目をつけられている。大小様々なあやかしが、事あるごとに私に対して”姫”なのかどうか聞いてくる。小さい頃はいちいち驚いていたけど、今では無視というスキルを身に着けた。まともな反応を返したところで”喰われる”だけ。良い事なんて皆無。

 そういうわけで今回も目を合わせず(目なんてあるのかわからないけど)スタスタ通り過ぎた。大抵は人の多いところまで行けば諦めて消える。

 だけど今日は、ちょっと分が悪い。なにせ学校に行っても人があまりいない可能性が高い。つまり、ずっと付きまとわれてしまうかもしれない……。

 現に、無視してもずっと私の背後にべっとりした気配が纏わりついている。

――オマエ、姫カ? 姫ナノカ?

「うわ……どうしよ」

 声がいよいよ耳元で聞こえるようになってきた。正直、気持ち悪い。そう思っている間も、あやかしはずっと私に問いかけ続ける。

 無視無視。無視しかない。

 だけど、”姫”か――


「お前は、”姫”だ」


 幼い私に、そう言った人がいた。その人は、こうも言った。


「だから然るべき時まで、この俺がお前を守る」


 まぁ、治朗くんなんだけども。ああ言ったんだから、よくわからないけど私はこのあやかしたちの言う”姫”なんだろう。

 ずるいよなぁ。小さい時分にそんなこと言われて、ときめかない方が無理ってものでしょうに。だけど今は、そのよくわからない”姫”って事実が悩ましいのだ。

 そう考えると……なんかイライラしてきた。

――オマエ、姫カ? 姫カ? 姫ナノカ? ソウナノカ?

「はぁ……」

――オマエ、オマエ、オマエハ、姫ナノカ?

「うるさいなぁ! だったら何だってのよ!」

 思わず声をぶつけて、次の瞬間、しまったと思った。

 だけど時すでに遅くて……

――姫ナノカ……ソウカ……!

 顔なんて見えやしない。なのに、ニタリと笑ったのが見えた気がした。

 と、足元の影が急速に大きく膨らんで、見る見る間に体積を持ち始めた。真っ黒い塊がぐんぐん大きくなり、私の身長を超していった。

 私は無意識に空手の構えをとった。腰を落として、両足を踏みしめて、存在するかもわからないあやかしの目を見据えた。

――姫、喰ウ……喰イタイ!

 黒いあやかしが、丸呑みにしようと蔽いかぶさってくる。ふわりとそれをかわし、片足を思い切り突き出した。

「はっ!」

 空手の中段蹴りに近い蹴り技だ。相手が前に出るのを止めるのに有効だから、反射的に繰り出した。だけどいつもの、人間の筋肉の感触はなくて、代りにぬめっとした手ごたえのない感触だけが襲ってきた。

 そして、突き出した足をそのまま絡めとられてバランスを崩した。

「う、わ!」

 尻もちをついているけど足だけは影に掴まれたまま、ずるずると引きずられている。

「うそ……!」

 振り払おうとしてもできない。鋼鉄の鎖のように重く、コールタールのようにぬめった影はがっちりと私の足に纏わりついて離れなかった。このまま引きずられていれば、いずれあの影に飲み込まれてしまう。

「放して! 放せ!」 

 今更になって後悔した。あれほど関わるなって言われていたのに……!

 ほんの少し気を抜いたせいで、こんなよくわからないモノに喰われてしまうなんて治朗くんに顔向けできない。

 ああ、影がまた蔽いかぶさってくる。今度こそ、丸呑みにされる――!!

 ぎゅっと目をつぶりかけたのとほぼ同時に、頭上を何かが軽やかに横切った。

 次の瞬間、私を呑み込もうとしていた影は動きを止めていた。

――グギャアァァァ

 声なき声が頭の中に響いている。声の方に目を向けると、黒い影は誰かに無造作に締め上げられていた。

 黒い翼を広げた、私と同じ高校の制服を着た、私のよく知る少年によって。

「治朗くん……」

 治朗くんは私の方を一瞥して、そのまま影をぎゅっと握りつぶした。影は、そのまま消えてなくなった。

 治朗くんは尻もちをついたままの私のもとへやってきて、手を差し出した。翼は、いつの間にか見えなくなっていた。

「怪我はないか」

「あ、ありがとう……」

 ぐいっと引っ張って私を立ち上がらせると、そのまま手が私の額に伸びてきて……

バチンッ

「痛っ!」

 思いっきりデコピンされた……。

「この馬鹿! あれだけあやかしには関わるなと言ったろう!」

「はい……それはもう、さっき猛反省したところで……」

「それに絡まれたら逃げろとも言ったはずだ。それを自分から跳び込みよって……!」

 怒ってる。めちゃくちゃ怒ってる……!

「ちょっと怯ませたらそのすきに逃げようと……」

「奴らに触れさせるなと言ったんだろうが。そんなことも忘れたか! ついでに言えば、あいつらには人間の技は通じないとも散々言っただろうが!」

「はい……申し訳ありません……」

 ぐうの音も出ない……。

 大きくなってからは気を付けていたし、実際あそこまで危ない状況はかなり久々だった。油断していたという言い訳にならない言い訳しか思いつかない。だからか、基本的に短気な治朗くんでもめったに見ないほどのお冠状態だった。

 だけど私は、どこか嬉しく感じてしまっていた。それだけ、心配してくれたということなのだ。

「何を笑っている。状況が分かっているのか!」

「わ、分かっております……あの、治朗くん……」

「なんだ」

「ありがとう。助けてくれて」

 治朗くんは、何故か驚いた顔をした。いや、違う。これは、出鼻を挫かれたという顔だ。

「と、当然だろう。俺の職務なんだからな」

「うん。さすがは大天狗・比良山治朗坊ひらざんじろうぼうだね」

そう。幼なじみとして、ずっと私をあやかしから守ってきてくれたのは、黒い翼を持った、強い強い天狗様なのだ。

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