天狗様、議す?(3)
「太郎さんの天狗の力を……フウイン?したのは、わた……わたくしめで、ございますか!?」
「あ、ダメだ。混乱してる」
はい。混乱してます。
「いや、だって……そんなことした記憶ないし」
「うん。だって千年前だから」
「……つまりやったのは”姫”ってこと?」
「うん」
「な、なんだ、そっかぁ……」
ちょっと安心した……。私が、全然知らないところで取り返しのつかないことをしでかしたのかと思った……。
「こら、安心するな。現状、その封印は解けていないんだからな」
「あ、そうか」
封印が溶けていないからこそ、この太郎さんと言う人はこう……ヒョロッとしているんだ。じゃあ封印が解ければムキムキにでもなるんだろうか?……ちょっと見てみたい。
「神通力がなくても何考えてるかわかるよ。たぶん、そうはならないよ」
太郎さんに、珍しく呆れ顔で言われてしまった。なんでこの人、意外と冷静なんだろう。
「しかし太郎坊、いつまでもこのままというわけにもいくまい。こうして”姫”が生まれ変わるのを待っていたということは、そのあたりに打開策があるということだろう?」
豊前さんの力強い声が、場のみんなの注意を引き戻した。
「まあね。姫が施した封印の術だから、姫にしか解けないみたいだ」
「さすがは都随一の使い手ということですね」
「感心してる場合じゃねーよ、相模。その”姫”の生まれ変わりの藍……さんは術がヘ……苦手なんだろ?」
ちょいちょい太郎さんの視線を気にしながら話すセイさんが、いい加減哀れに思えてくる。
「あ、あの……私が頑張って術?を覚えるしかないんでしょうか? こう……血を数滴とかそういった方法は……?」
「そうですね……」
今まで静観していた僧正坊さんの声に、全員が注目した。
「聞いた話によると、姫はその心の臓に封印を施したといいますし……本当に生まれ変わりなら、あなたの心臓を取り出せば解けるのでは………………冗談だよ。怒らないでくれよ、太郎坊」
笑いながら怖いことを言う僧正坊さんに、太郎さんは射抜くような視線を向けた。
「……へぇ、冗談で良かった。もう少し続けてれば、殺してた」
「……そんなこと、できるの? 何の力もない、君が?」
さっきセイさんに向けた敵意など比較にならない、刃のように鋭い殺気が、真っ直ぐに僧正坊さんに向けられているのだ。僧正坊さんは、その殺気に挑発の笑みを返す。
「お、おい――」
果たし合いのような空気に、その場の全員が息をのむ。一触即発の緊迫感を切り裂いたのは――
「やめねぇか、お前ら。酒が不味くなる」
法起坊さんの声に、全員がハッとして居ずまいを正した。
「そ、そうだそうだ。ケンカなんてもん、酒が不味くなる…………酒!?」
三郎さんの驚きとほぼ同時にみんなも驚いた。よく見ると法起坊さん、徳利とお猪口を両手に手酌で一杯ひっかけていた。
「親父どの!? いつ間に酒なんて? じゃなくて、今割と深刻な話が続いてたと思うぞ!? そういう時に呑むか!?」
「かてぇこと言うな。堅苦しい挨拶は終ったって太郎坊が言ってたじゃねえか」
「うん、まぁ……与太話するとは言ってないけどね」
三郎さんに叱られても、法起坊さんはまだお猪口をあおっていた。
「あらあら、すぐにもう一本お付けしないと」
外で待機していたはずのお母さんが法起坊さんの赤ら顔を見て、すぐに立ち上がろうとして、その手を僧正坊さんが支えた。
「母君、まだ無理をしてはいけません。私が支えますよ」
「あら、僧正坊さん……ありがとうございます」
母よ……頬を赤らめるな。娘としてはちょっと複雑ですよ。だけどそうして、険悪な空気を作り出していた片割れが場を去り、みんなが密かに息をついていた。
「お、母君悪いね。頼みますよ~」
さてこっちはどうしよう。結構出来上がってる……。
「親父どの、それでなくてもまだ昼間ですよ」
「ったく、治朗、つまんねぇこと言ってんじゃねぇよ。そんなんだから石頭だってんだ。藍ちゃんの術だって上達しないわけだ」
「いし……っ!?」
「親父どの、石頭とそれは関係ないだろ」
三郎さん、フォローしてるようでフォローになってません……。そして法起坊さん、ニヒルなナイスミドルだったり親戚のおじさん風だったりべらんめぇの酔っ払いだったり……キャラが七変化ですね……。
と、みんなが息を着いた中、太郎さんだけが神妙な面持ちを崩さず法起坊さんにお辞儀をした。
「すみません、親父さん。場を乱しました」
「…………ったく、安い挑発に乗ってるんじゃねぇよ」
ああ、そうか。あの場の緊迫を解くためにこんなことを……いや、お酒はすでにあったからやっぱり呑んではいたんだろうけど……。
「それよりなんだ。話蒸し返すわけじゃないんだが、心臓云々の解釈はあながち遠くもないと俺は思うがな」
「……実は、私も」
法起坊さんの言葉に、相模さんがそろりと同意した。太郎さんの顔色をすごく伺っていたけれど、太郎さんは今度は気にしないみたいだ。
「まぁ、それは僕も思ってる」
「えっ!?」
思わず心臓を隠してみる(隠れてるけど)。
「ああ、そうじゃなくて。結局、今まで封印の術を破れなかったのって、姫の力が強すぎて、姫自身の気でないと触れもしなかったからなんだよね。だから姫の魂が転生を果たすのを待ってたわけなんだけど……」
「……ん?」
それってつまり、封印を解いて天狗としてカムバックするために私を待ってたということ? お山へ連れて帰りたいのもそういう理由? ということは……封印を解くことさえできれば、別にこの人と結婚しなくてもいいんじゃないのか?
だったら、もっと積極的に取り組まないといけないかも……! そう思い、さっきよりも前のめりでみんなの会話に耳を傾けた。
「それって試してみたの?」
「いや、まだ。ここに来たのって一昨日だし」
「で、できることがあれば、言ってください……!」
「へ?」
振り返る太郎さんの顔には戸惑いが滲んでいた。いきなり私が積極的になってきたからだろうな。
他の大天狗様たちは、例によってさっきの如く私の心の中の結論を聞いちゃったんだろう。それぞれなんとなく笑いをこらえている……。ええい、何とでも思え!
物静かな相模さんですら肩を震わせながらなんとか喋ろうとしていた。
「ま、まぁ……今現在でわかっている手段は……2つですね。1つは、藍さんが術式を操れるようになり、藍さんの手で術を解除する。2つ目は、藍さんの持つ気を術に長けた誰かに移し、封印の術を破る……という2つです」
「治朗、念のため聞くけど1つ目はどうなの?」
「絶望的です」
「そうかぁ」
そんなハッキリ断言しないでよ……。
「じゃあ2つ目か……。こっちは確信持てないなぁ。同じ魂の藍ならともなく、別の者に移すだけで気の波動が変わるだろうし」
「もう一つ問題があるぞ。姫の力は強大すぎるんだ。そんなに大量に移せるもんか?」
三郎さんの問いに、太郎さんはあっさりと頷いた。
「それはまぁ、できなくはない。ちょっと触れるだけで少しずつ貰えてるし。もっと密着するか、あとはまぁ血を飲むとかすればかなり貰えるとは思うけど……?」
太郎さんが言いながらチラッとこっちを見てくる。当然私は睨み据えて――
「却下」
「……だ、そうです」
「しかし、逆に試すならほぼすべての力を受け取った状態でないと意味がないかもしれんぞ。ほんの少し貰っただけならあっという間に波動が塗り替わるかもしれん」
「そうは言ってもなぁ」
悩ましい、という顔を太郎さんはしていた。だけどさすがに『どうぞどうぞ』と安請け合いするわけにもいかないし……。
「もういいじゃん。許嫁なんだし、いっそのこと夫婦の契りでも交わしちゃえば? 一発で十分なんじゃね?」
セイさんのその発言に、全員がが引きつった。
「セイ……いくら何でも……」
「清光坊、密着すると言っただけでああだったんだぞ。あと、もう少し品良くだな……」
『メオトノチギリ』……『夫婦の契り』……つまり、愛を誓うアレ? 一応、私も乙女だし……そういうのは好きな人としたいけど……でもセイさんが一発で十分みたいなこと言ってたし……それで済むんなら……何でもかんでもイヤイヤ言ってたら始まらないし……進展しないと、あの人にいつまでも付いてこられるだけだし………。
よし! 思い切って、私は手を挙げた。
「い、いいですよ。私、やります」
「………………………………………はい?」




