天狗様、議す?(2)
日曜の昼下がり。山南家の6畳間と8畳間を続けて開けた大広間には、黒いスーツに身を包み、黒い翼を背から生やした天狗様たちが部屋の上手下手に分かれて座していた。
上手には現役で頭領の座に就く方々が、石鎚山法起坊、大峰山前鬼坊、鞍馬山僧正坊、彦山豊前坊、の順に並んで、上座の入り口近くに前鬼坊の妻・後鬼が控えていた。(敬称略)
下手側には比較的若手の頭領たちと次期頭領が、飯綱三郎、白峰相模坊、伯耆大山清光坊、そして比良山治朗坊と並んだ。
そして、彼らを一望する上座に現れたのは、猫背でひょろっとした少年・愛宕山太郎坊。
一同が深々と頭を下げる中、心なしか背筋を伸ばして、すとんと腰を下ろした。今日は一応ネクタイを結んでいたけれど、スーツはヨレヨレがマシになった程度だ。上座がこれでいいのか?
「皆、今日は集まってくれてありがとう」
たぶん儀礼的な言葉なのだろう。一同は浅くお辞儀を返して、次の言葉を待った。
「話したいことは色々あるんだけど、まずは紹介したいひとがいます。どうぞ入って」
お母さんが襖を開けて、私を中へ促した。
着なれない振袖を着て、いつもは結わない髪型に結い上げられ、普段と違う足運びで、そろそろと上座の太郎さんの隣まで歩いていく。不安だったけどどうにかきちんと正座できたのを見て、太郎さんが一瞬ニヤッと笑った。一瞬帰ろうかと思ったけど、治朗くんにも”とにかく黙って、大人しく、座って”いればいいと言われたしなぁ。
すると皆の代表なのか、法起坊さんが私の方に体を向けてお辞儀した。
「先ほどは、大変世話になりました。聞けば急な用意であったにも関わらず、あれほど素晴らしいもてなしをお受けでき、みな感謝しております。一同に代わり、お礼申し上げます」
さっきまでの親戚のデレデレおじさんモードはどこへやら、一同を統括する幹部のような貫録でそう告げた。
私に代わって太郎さんがその礼を受けた。
「みんな、会ってすぐだけど分かってもらえたと思う。彼女の才知と器量を」
なんか大仰な言い方をしていたけど、何を言っているの? なんか全員うんうん頷いてるし。
「改めて紹介します。彼女は山南藍。愛宕山太郎坊が妻として迎えようと思う女性です」
「………………え?」
なんか、さらっと決定事項のように言われたけど……他の人も恭しく首を垂れてますけど……なんて言った!?
「無論、意義のございましょうや。一同、心よりお祝い申し上げ……」
「ち、ち、ちょっと待った!」
異を唱えた者がいた。私だ。
「私、まだ了承してませんが? なんで話が進もうとしてるの!? こんな騙し討ちみたいなのひどくないですか!?」
「……………………」
一同、何故かしんと静まり返る。でも、想像してたほど驚いてもいないように見える。これは……どういう反応なんだろう?
すると前の方で、クスクス言い始めた。
「クッ……ハハハハハ、おっかしー。太郎、振られてやんの」
笑い出したのはセイさん。つられるように隣の相模さんも口元を抑えだした。
「こんだけ畏まった中でよく言えたな。嬢ちゃんは元気だな~」
後ろにいた三郎さんまで笑いながら言う。他の人も、それぞれにニコニコしていた。
治朗くんを見ると怒っ……てはいないけど呆れたような顔をしていた。
「みんな笑わなくてもいいのに」
一番ぶすっとしてたのは隣にいた太郎さん。まぁ当然か。
「まぁ、そういうわけでここからはみんなに相談。忌憚ない意見がほしいし、足崩してもらっていいよ。あ、羽はしまって。邪魔だし」
太郎さんがそう言うと、みんな一斉に正座を崩し始めた。
畏まった場面というのはこの冒頭数分だけだったのか……。
そうして全員、元いた席から太郎さんの席の近くにずずいと寄ってきた。
「で、相談てのは何だ? 嬢ちゃんの心をモノにしたいってか?」
ニヤニヤして言うのは三郎さんだ。
「それもあるけど……まぁみんな見えるでしょ? 彼女のこと」
「……見える? 私のこと??」
全員の視線を受けて若干怖気づきながら聞き返す私に、治朗くんが応えてくれた。
「以前話したろう。天狗……特に大天狗とも呼ばれる者には神通力が備わると」
「じんつう……はい、聞いた気がします」
「…………まぁ、また説明する。ひとまず神通力はいくつかあってな。例えば『他心智證通』。これは他者の心を読み取る力だ。ここにいるほぼ全員、身に着けている。先ほどのお前の空気を読まない発言も、胸の内ごと読まれていたことになる」
「はぁ…………え!?」
「いや~藍ちゃん、思ったことと言うことがほぼ同時だったから面白かった~」
「セイ……”藍ちゃん”て?」
「ひっ……すんません!」
セイさん……懲りない人……。
「あ~それでだ。今、兄者が言ったのは『天眼智證通』。目には見えない世界のことを見る力だ。よく聞く予知能力もこの部類に含まれる」
「はぁ」
そろそろ着いていけなくなり始めて、気合のない返事を返してしまった。治朗くんは一瞬睨んだけど、続けた。
「だから見えるんだ。お前の中に眠る”気”がな。賀茂の陰陽師と同じ波動の気だと、感じ取れる……という話だ」
「確かに、あの姫と同様、とてつもなく強大であり、同時に清らかな気だ。彼女の魂を、この藍どのが引き継いだというのは、まず間違いあるまい」
「俺も一度しか見た事はないが、強烈だったから忘れられん。あの気とここまで似た波動というのは、同じ魂から生まれたものだとしか思えないな」
法起坊さん、三郎さんが順々にそう言うと、他のみんなも頷いていた。
「でしょ? でも一つ問題があって……彼女、術の類が使えないんだって」
「え!?」
今度は全員、一斉に私を見た。本当にびっくりしている。
「ですが、幼い頃から治朗が付いていたのではないのですか?」
相模さんが言うと、太郎さんが小さく首を横に振った。
「治朗もお手上げで、教えるより何かあったらすぐ飛んでいく方が速いってことになったって」
「力及ばずお恥ずかしい限りで」
それは……巡り巡って私がお恥ずかしい限りです……。
「それってヤバいんじゃね? こんだけ強い力を制御できないってことだろ? だからこんなダダ洩れ状態なわけ? そりゃ向こうに知らせてるようなもんじゃん」
「うん、だから小さい頃から今までよく狙われてたらしいよ」
「たしかに、鬼やあやかしなんかの魔に属する奴らから見たら、美味そうだ」
「あんた!」
ぼそっと呟く前鬼さんの頭を、後鬼さんが小気味いい音ではたいた。
「失礼しました! この人ったら昔の感覚で話してしまって……!」
「大丈夫大丈夫。むしろ説得力あって参考になったよ。さすが元・鬼の意見」
そうなんだ……。天狗にも色々いるんだなぁ。
「思うに、今からでも愛宕山に匿ってはどうなのだ? 太郎坊の庇護下にいれば安全ではないのか」
豊前さんが眉間に皺を刻んだまま言った。だけど、それを若い声が遮った。
「それはやめた方がいいでしょう」
「僧正坊……その意は?」
治朗くんが若干の緊張をにじませた声で尋ねるのに対して、僧正坊さんはふわりと微笑んだ。
「お山の方が危険だからさ。愛宕山はじめ各地の霊峰には神仙が多く住むが、同時に魔に踏み込んだモノも多く潜んでいる。ここ最近の状況を見た感じ、人間たちの領域の方がむしろあやかしは少ないんじゃないか? 彼らの大好きな神聖な気や、彼らを信じて恐れる人間たち……つまりエサが少ないからね」
「う~ん、なるほど」
太郎さんは少しの間天井を仰いだと思うと、治朗くんに視線を戻した。
「うん、じゃあやっぱり今まで通り、治朗にお守りをお願いしよう。治朗、いい?」
「無論です、兄者!」
「うん。後のことはまたおいおい考えようか」
その一言を機に、一同がふっと肩の力を抜いた。話題が一段落したのだ。……けど、どうしても私には呑み込めないものがあった。
「あの……一つだけ、聞いていいですか?」
私がそろっと手を挙げると、太郎さんがちょっと嬉しそうにこっちを向いた。
「え、なになに? 何が気になるの?」
そんなにグイグイ来られるとちょっと聞きづらくなるけど……勢いで聞いてしまおう……!
「あの、あくまで一般的に、ていう話なんですけど……」
「うんうん」
「普通……一般的に考えて……このような場合は”許嫁”が守る方が自然なんじゃないでしょうか?」
「…………え?」
『え?』って何だ。そこ聞き返すの?
「だ、だって……愛宕山太郎坊って……天狗の中でも強いんですよね? その太郎さんがどうして他の人の手を借りるんですか?」
「どうしてって……逆に聞きたいんだけど、君は守ってもらいたいの? 僕に? 君にぶっとばされてばっかりの僕に?」
「いや、まぁ、それは……」
やめて……約1名の視線が痛い……!
「えっと、じゃあその……どうして、私なんかにぶっとばされるんですか? 私、治朗くんに勝てるのは生身の足の速さぐらいで、他は勝てた例がないですよ? その治朗くんがここまで尊敬している太郎さんが……」
「!?」
今度は、その場の全員が一斉にぎょっとした。互いに視線を交わし、誰が言葉を発するべきか、迷っていたようだった。
が、やはり太郎さん本人が、珍しく慎重そうに、言葉を選びながら告げた。
「どうしてって、それはその……僕の天狗としての力は全部、封印されちゃったから」
「封印!? だ、誰に?」
「君に」
「私に!!?」




