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天狗様といっしょ  作者: kano
第二章
103/210

天狗様、潜伏す(18)

ひたひた、ひたひた……


 足音はつかずはなれず太郎を追っている。

 太郎が治朗の元から去ってすぐに、水咲瑠璃は追い付いていた。そこからずっと、同じ調子が続いている。

 太郎が進めば進み、止まれば止まる。速く歩けば速く、遅く歩けば遅く歩いた。

 どう考えても感知されているのだが、なぜか水咲瑠璃は、太郎を見つけようとしない。

 どういうつもりか聞き出したいが、それをすれば自ら出ていくことになる。

 一気に逃げてしまってもいいが、ここまで来たらもう見つけるのを待ってやってもいい気がしていた。歩き回るうちに校舎を一周してしまいそうで、いい加減疲れていた。

 太郎は止まって窓の外を見た。グラウンドは部活動をする生徒たちで賑わっている。上の階の音楽室からは吹奏楽部の練習曲が聞こえてくる。

 まさか、自分がこんな風景の中に身を置くことになるとは思っていなかった。こんなのどかな情景は自分には不似合いだと、ずっと思っていた。

 だが藍は……藍には、きっと馴染むだろう。そして自分の過ごしてきた日々こそ、彼女には不似合いだろうと、そう思った。

治朗に言われた言葉が、ふと頭をもたげた。わかっていることだけに、深く突き刺さった。

「この風景が、好きですか?」

 穏やかな風にのって、水咲瑠璃の声が聞こえた。

「あの、このまま独り言言いますね。独り言だから気にしないでください」

 太郎は、珍しくはっきりと喋る瑠璃に、少しだけ視線を傾けた。それには気付かず、瑠璃は口を開いた。

「私は、ずっとここにいるべきじゃないって思ってました。私は他の人とは違う、違う世界が私を待ってるんだって。

だって私は、天狗に術を教わったんだから……そう思って。

あの日、人間にもあやかしにも苛められていた私の世界が変わったんです。

あなたに身を守る術を教わったから」

 太郎は、瑠璃の言う日を思いだそうとしたが、できなかった。自分にとっては気紛れにも等しい邂逅だったのだろう。だがそれは、一人の少女にとっては運命の出会いだったのだ。

「あなたに教わった結界で、苛められなくなりました。誰の視界からも消えたから。悪意の矛先がこっちを向きそうになる度に、そうやって逃げてました。

あとは、もう一度あなたに会って、お礼を言えたらどんなに良いかって思ってました。そうしたら、本当に会えちゃって……すごく、はしゃいで失礼なことしました。ごめんなさい」

あれは、はしゃいでいたのか……太郎は驚いた。どういう態度に出るのか、人によって千差万別なのだなぁと場違いな感心をしてしまっていた。

「でも、すぐに……すごくガッカリしました。自分ではすごく上達したつもりになってたけど、結界はペラペラって言われるし、バカ娘って怒られるし、太郎坊さんの隣には……あの人がいたし」

 その感覚には、ほんの少し共感した。初めて藍に出会った時、藍は治朗の陰に隠れた。何でもない風を装っていたが、ほんの少し、傷付いたものだ。

「あの人に会って、私、嫉妬しか感じなかった。結界のせいで苛められなかったのに、そのことで怒ったり。あやかしに狙われてたのに守ってくれる人がいたり。体育祭に出たらヒーローになっちゃったり。太郎坊さんが、いつも傍にいたり……良い子だったり。

本当に、自分がこんなに嫌な人間だったんだって嫌になるほど、嫉妬しました。あの人は立ち向かう勇気のある人だってだけで……自分が、何もせずに逃げてきただけだっていうのに……あの人をズルいって思うのを止められなかった。

私が行きたかった世界には、あの人が行くんだってなんとなくわかったんです。私じゃなくて、あの人が。

太郎坊さんが、あの人を『光』って言った時に、そう思いました。それで……なんかちょっと、感動というか、楽になったというか……」

 瑠璃の声が、言葉とともに妙に軽やかになった。太郎は耳を傾け続けた。

「それでさっき、なんかあの人の可愛い一面を見ちゃって……なんかもう、ダメだなぁって。

あれだけ凄くて、良い子で、可愛い面まであったらもう、嫉妬を越えて好きになっちゃいますよね、あ、人間としてって意味ですよ。

だからもう……認めちゃおうって思って。私は、あの人と友達になりたいって。

でも太郎坊さんにも認めてもらいたい。二つ同時に叶えるにはどうしたらいいかって考えて、それで……思ったんです」

 瑠璃は、見えていないはずの太郎に向けて、拳をつきだした。

「太郎坊さんと、ライバルになりたいなって」

 太郎は一瞬、驚いた。何を言っているのか、にわかには理解できず混乱した。

 その瞬間、瑠璃はすばやく唱えた。

「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前」

 藍のものとは比べ物にならない小さな刃だが、鋭く速く太郎のもとに飛び込んで、その身を覆っていた壁を切り裂いた。

パラパラと音を立てて崩れ去る光の中から、太郎はその姿を現した。

「……やるね、バカ娘」

 瑠璃は、自慢げな笑みを浮かべながら、親指をぐっと立てて見せた。

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