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天狗様といっしょ  作者: kano
第二章
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天狗様、潜伏す(16)

 瑠璃さんとの間に、先ほど短いながらもほんの少しわだかまりが解ける出来事があって、すごく嬉しくて、ちょっと浮かれていたのだけど……そういったもの全部、僧正坊さんに読み取られてしまった。

 この人は本当、私に対しては無遠慮すぎはしないか……!?

 今も、それを知ったうえで、何やら鼻で笑ってきた。

「見せ場を譲ってやるとは偉くなったものだな、暴力娘」

「ゆ、譲ったんじゃなくて役割分担! 代わりに治朗くんは私が見つけるってことに落ち着いたんですから」

「ほう……管狐たちを帰してまで、か。あんなことに気付いた後でよくまともに顔を見られるな」

「べ、別に……治朗くんはあなたと違っていきなり心を覗いてきたりはしませんから」

「馬鹿な。そんな下品な真似などするものか。お前の思念が読んでくれと言わんばかりにダダ洩れなんだ。今のお前は、さっき何があったのか、スピーカーで吹聴して回っているようなものだぞ」

「え、うそ!?」

 思わず、傍にいた豊前さんを振り返ると、豊前さんは申し訳なさそうに視線を逸らせた。これは……僧正坊さんの言う通りらしい……。

「ウソ……うわぁどうすれば……!?」

「まあ、気を静めることだな。狐娘の結果を待ってやってから治朗を探せばいいだろう」

「ありがとうございます……僧正坊さんから優しい言葉が聞けるなんて……」

「落ち着いてくれないと、貴様の思念の声がうるさくてかなわないんだ」

「あ、そうですか……」

 なんで余計な一言が多いんだ、この人は……。もう一回その口捻じ曲げてやろうか……!

「藍、物騒な考えは余計に心が乱れる。こいつは口が悪いだけで、挑発しているわけではないのだ。ここは、おさえてやってくれ」

「はぁ……」

「だがまぁ、なかなか面白い」

「……何がですか?」

「いや、ただの脳筋かと思いきや、なかなかいい線つくじゃないか」

「だから、何がですか? てか脳筋……?」

 今度こそ、拳をポキポキ鳴らしてビビらせてやろうかと思ったけど、僧正坊さんは挑発的な目をやめずに続けた。

「太郎のことさ」

「太郎さんの……何が?」

「太郎には、確かに踏み込んでほしくない一線がある。誰にも、君にすら知られたくない秘密があるのさ」

「ひみつ……?」

「僧正坊……!」

 豊前さんの咎める声が響いた。でも、僧正坊さんのあの、ニヤニヤとこちらの驚く顔を楽しむ笑みは止まない。

「僧正坊さんは、その秘密が何か、知ってるんですか?」

「知っているとも。豊前も……今日集まっている面々は皆知っている。頭領のお役目に就く際に、受け継ぐ秘事だからね」

「頭領に……それだけ重要な秘密ってことですよね」

「ああ」

「そんな大事なことを、どうして私なんかに今言うんですか?」

「太郎が、それを望むから」

「どういうことですか?」

 豊前さんは、諦めたようにため息をついた。だからなのかどうなのか、僧正坊さんはニヤニヤ笑いをやめていた。

「まずは、君の思い違いを訂正しておこう。太郎が、狐娘に感情をむき出しにしている、だから何かしらの影響を及ぼすことができる……と、そう考えているようだが、それはない。太郎は、あの狐娘の天狐の血脈と、まあまあの才能……それに利用価値を見出しているに過ぎない」

「そんな……そんな言い方……」

「事実だ。何故かわかるか? あの娘を育てれば、君を守る人材が増えるからさ」

「私……?」

「そう。太郎と言う男のすべては、君に向けられているのさ。その執着はもはや、己でも変えられない。だから、『十数年憧れているから恋人になりたい』程度の想いになど、応えるはずもない」

「それは……」

「だから太郎がこの事を狐娘に打ち明けることはないだろう。太郎が、自らの秘密ごと受け入れてほしいと願っているのは、君しかいない。知ったうえで受け入れてほしい。だが、知って君が離れてしまうのは死ぬほど怖い。実に愚かなことに怯えているのさ」

 僧正坊さんの言うことが、なかなか整理できない。太郎さんのことで、天狗の頭領たちの間で受け継ぐような大きな秘密がある……だから太郎さんは、どこか一歩引いたような態度をとる時があったのか。

 いつもいつもくっついてくるくせに、離れようとする時がある。その矛盾は、その秘密とやらが原因なのかもしれない。そして、自分でもどうしようもないのかもしれない。

「その秘密って、何か……聞いてはいけないんですか?」

「そこまで話しては、私は太郎に抹殺されてしまうね」

「”秘密がある”って話した時点で、半分話したようなものだと思いますけど」

「だから半分までだ。そこから先は、自分で突き止めるんだね」

「突き止めるって、どうやって?」

「さあ? 太郎に話させるしかないんじゃないか?」

「太郎さん、本人から……」

 落ち着いて考えたら、少し意外だった。僧正坊さんのことだから、『小娘ごときが太郎の身を案じるなど』とか言われて、鼻で笑われるかと思ったのに。それだけ、重要ということなんだろうか。

 太郎さんの秘密というものが。私が受け入れるべきだということが。太郎さんから向けられるすべてが。

 私は、私個人の感情だけで接するべき時は過ぎたのかもしれないと、漠然と感じていた。

「私、治朗くんを探してきます。太郎さんも水咲さんも、みんな近くにいるんでしょう?」

「おそらくな」

 僧正坊さんの相槌に頷いて、私は駆けだした。瑠璃さんを待っててあげるとか、余裕ぶったことを言っている場合じゃなくなった。私がやるべきことが、変わってきた気がしたのだ。




 逞しい走りを見せる藍を見送り、僧正坊と豊前坊はその場で息をついた。


「僧正坊、いくらなんでも、口が過ぎるのではないか」

「だったら、止めればよかったろうに」

 僧正坊はまたニヤニヤと笑った。相手の答えがわかっている時に浮かべる笑みだ。豊前は掌の上で転がされているようで、少し気分が悪いものの、それ以上の咎める文句を思いつかなかった。

「……いずれは、知らねばならんことだ」

 そう言うとわかっていたと言うように、僧正坊はクスクス笑った。

「だろう? だが太郎は怯えて言えないだろうし、治朗は過保護だしね。私が言うほかあるまい」

「まあな……しかし、時期尚早とも言える」

「悪いね。私はせっかちなんだ」

「…………本当にそれだけか?」

 人間の一生よりも長い時間、浅からぬ付き合いをしてきた相手だ。僧正坊が親切心や友情や同情だけであんなことを言ったとは、豊前坊には到底思えなかった。嘘は許さない、という視線でねめつけると、僧正坊は肩を竦めて答えた。

「まさか。あの娘……太郎のことを考え始めてから、思念が静かになった。良かったろう?」

「……お前というやつは……」

 豊前坊は頭を抱えた。長い付き合いだからわかる。今の理由は、おそらく本当だ。藍のダダ洩れの思念を静かにさせるために治朗の話題から遠ざけたのだ……。

 豊前坊はもう一度、大きくため息をついた。

「お前……きっと今日のことは、藍の思念から他の連中に筒抜けになるぞ」

「誰も太郎には知らせまいよ」

「だが……法起坊さまには、ゲンコツくらう覚悟はしておけよ」

「それは……考えてなかったかな」

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