■超フリーター
※お願い
少しでも上達したいので、なにか気づいた点などがありましたらコメントをお願いします。
批評といった大層なものでなくとも、些細なことで構いません。
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よろしくお願いします。
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大理石で彫り込まれた明朝体には「上戸」の文字。坂の途中に建てられた一軒家は都会に似つかわしくない庭がある。芝に池、松の木も植えられてた。
道路を挟んだ向かい側の芝生が生えた土地も上戸家の所有だ。夏には小学校に貸し出してドジョウ掴み大会をしてた。一面にばら撒かれたのを親子で捕るんだ。うなぎも何匹か混ざってて、あっちへ滑りこっちへ滑り大賑わいだった。
インターホンを押す。
実名報道はなかったものの、新聞には売れっ子若手作家を殺人容疑で捜査中と書いてあった。見出しが細く小さく、流し読みしてたら誰も気づかない記事。話題にもならずだ。彼女の実力があってもこのご時世じゃ小説家の知名度は低い。案外それも凶行に至らせた原因なのかもしれない。
夢か幻であるのを願った。お母さんが「あら相原君、お久しぶりねぇ。大きくなって、まぁ」なんて出てくるんじゃないかと期待してた。
二度目のインターホンが虚しく響く。来年のドジョウ掴みを楽しみにしてた小学生は残念がるかな。最近の子供はドライだ、ないならないで大丈夫だろう。少年よ逞しく育て。
さてと。
ストレッチする。今日も大掃除だ、頑張ろう。
「あのぉ、失礼ですが上戸さんの知人の方ですか」
髪を乱れなく七三にした男だった。革鞄を提げてて背筋が良く、サラリーマンの模範を形作ったような印象がある。
僕は中学時代の同級生なのを説明した。ああ娘さんがいらっしゃったんですか、と家族構成を知らなそうな彼が名刺を差し出す。
「私は会社の部下なんですが、ここ数ヶ月は連絡がつかなくてですね。今日も不在のようですねぇ」
そうッスねぇ。閑散とした家を見る。
上戸さんの遺体は校舎になかった。無事に逃げられたようだ。両親殺害については遺体が発見されてないために非公表だった。無関係な一般人が知らないのもしょうがない。いまのところの罪状は教師の殺人。逮捕されれば余罪がいくつ付くか未知数だ。
サラリーマンは、それではこれで、と坂道を上がっていった。僕は会釈して反対へ下りていく。脇道に空き缶が直立してる。なんとなくスニーカーの先で突く。軽快なバウンドをして転がった。
彼女の凶行を止める人間がいたって良かった。父親も母親もどっかで気づいたっていい。家で顔を合わせるなら、些細な異変を感じ取ったっていい。ましてや血の繋がった仲だ、他人には察知できないもんだってあっただろう。友達、教師、近所の人、よく行く店、誰でもいい、ストッパー役になれる人間が何人もいたはず。
どうして彼女が人殺しをしなくちゃならなかったんだ。
転がる空き缶を前に止まる。
自分も気づけなかった一人。
「ちくしょう!」
蹴飛ばした。
石寺公園駅の改札へは朝も早く人々が呑みこまれてく。彼らには満員電車という名の拷問が待ってる。堂々と駅前を通り過ぎるのは優越感に浸らせてくれる。近頃のマイブームだった。
満員電車の囚人を横目にしてると映えた服色の少女が駅を出てくる。純白のセーラー服にエナメルの黒い靴、おまけに今日は左手首に包帯を巻いてる。趣味の悪いそれもファッションの一部だという。
彼女を見やる人が多いのはそれだけの理由じゃない。
「いちいちうるせぇんだよクソババア! こっちはちゃんと自立してんだから人の勝手だろ! はぁ? 先輩悪く言うなっての、ウザイんだよ早く死ねクソババア!」
一番はこれ、携帯への罵詈雑言だった。長めのツインテールを振り回して汚い言葉を吐く姿は圧巻だ。通話を切り、勢いで舗装された歩道に叩きつけるんじゃないかと思った。どうやらそこまではしないようだ。
見て見ぬふりするのもなんなので、意気消沈した様子の彼女の後ろ頭へチョップする。
「せんぱ〜い、いまからお仕事ですかぁ」
満面の笑みと猫撫で声が迎えてくれる。いつも新鮮さをありがとう。
「事務所がすぐ近くだからな。綾木こそどうしたんだ、こんなとこで」
僕より早く出勤してる彼女は、既に働いてる時間だ。
「え、麻由ですか。えっと〜麻由はですねぇ、どうしても聞きたいですかぁ」
髪の毛を指でくるくる視線を逸らしてる。
僕は肯いた。
「みんなじろじろ見るし〜、あと尾けてくるから帰ってきちゃったんですぅ」
「それってストーカー?」
「そうなんですかねぇ。麻由恐〜い」
怯えて身を縮めてみせた。袖に手をほとんど隠し、腕を抱く。
よく考えるとこの服で出歩けばみんな見る。誰かしら興味本位でついてきてもおかしくない。
例外として、たまに変な贈り物してくる奴がいるのは事実だった。
「でもいいのか、勝手に帰ってきちゃって」
「のーぷろぶれむですっ。店長さんにはぁ、風邪ひいちゃったぁ〜、て電話しておきましたから」
けほっけほっ。可愛らしく嘘の咳をする綾木。次にはけらけらと笑ってる。店長さーん、騙されてますよー。
「だから今日はぁ、伊吹先輩の職場見学しますですよぉ」
「駄目」
「あぅ、即断なんて酷いです」
「風邪なんだろー。バイト友達に見つかってチクられたらどうすんだ」
ここは断固拒否だ。綾木と同じ年齢の少女にこき使われてるなんて先輩としての立場では許されない。僕にだって意地がある、最終防衛ラインだ。なりふり構ってられない姿は知り合いには見られたくない。
一階は工事中だった。別のボロビルを買ってパチンコ換金所は臨時営業してる。
事務所のドアを開けて仰け反りそうになった。汚し方に拍車がかかってる。膝を埋めんばかりの書籍類とゴミをモーゼの十戒よろしく掻き分けて道を作った。
「わざとだな、麗葉。日給分の仕事ないからって意図的に汚してるんだろ、そうだろ」
「先日の事件で譲り受けた本が届いたのだよ。電話をもらって、やはり全て欲しいと頼んだのだ。なにか不満かね」
「滅相もございませんよ、雇い主様」
うむよろしいとパソコン作業へ戻る。新作にとりかかってるようだった。
キーボードを打ちながら、
「ところで、君の後ろの奇異な格好をしているちんちくりんは何者なのだ」
物珍しそうに部屋を眺めてた綾木がむっとへの字口になる。僕を押し退けて机を叩いた。
「誰がちんちくりんよ! あんたこそ前髪お化けじゃん!」
麗葉は言い返さず、ちらっと見上げる。ふんっ。鼻で笑った。淡々と物書きを続行する。掴みかかる威勢の綾木を僕はなんとか羽交い締めにした。力が緩むのを確認して離すと胸に飛びこんですすり泣く。よしよし勝ち目ないよなー僕も勝てないんだーごめんよー。
こうなる予感がしてたんだ。連れてきたんじゃない、ついてきてしまったんだ。覗くだけっていう約束だった。
「伊吹はそういうのが趣味なのかね」
「ルームシェアリングしてるコだよ」
「そうだそうだ、参ったか前髪お化け〜。麻由と先輩は運命の糸で結ばれてるんだもん」
泣いてたんじゃないんスか、綾木さん。
麗葉は、そうかおめでとう、と受け流す。
「あ、信じてないんでしょ。本当に本当なんだから。中学の時に麻由がいじめられてたら先輩が助けてくれたの。でもね、先輩には上戸先輩がいて、上戸先輩は綺麗でいい人だし、それならしょうがないかなぁって譲ってあげたんだぁ〜」
つぶった瞼の裏でしみじみ過去を思い返してるんだろう、しきりに肯いてる。
「上戸? あの殺じ──」
僕は水泳の飛びこみの要領でヘッドスライディングをかまし、机の上を滑走、麗葉の口を塞いだ。あんたはなにをしゃべるつもりだ。綾木は上戸さんが殺人者だとは思ってもない。知らないなら知らないままがいい。
彼女がもごもごと唇を動かして後ろを指差す。今度は本気で泣きそうな綾木がいた。咄嗟に離れて弁解しようとする。
「いつもに増して大胆なのだね」
「こら、余計なこと言うな、誤解するだろ」
綾木の瞳に光るものがあった。鼻を短くすすってる。
「そしたらしばらくして先輩と再会して、上戸先輩とも付き合ってなくて、これは運命だって思ったんだもん、結ばれてるんだもん」
「そうかい」
素っ気ない返事に彼女は拳を固く握りしめて震えた。
駄目だ限界だ、相性が最悪だ。二人はハブとマングース並に気が合いそうにない。精神年齢からして同等じゃなかった。歳が一緒でも無理なもんは無理。ハブの毒にやられて息絶えるのが結末だ。
「悪い、すぐ帰すから」
ブーイングをする綾木を玄関へ押しやる。
「ああ、今日は伊吹も帰っていい。私はこれからデートなのだ」
時が止まった。綾木もだった。
動かしてた指を止めて麗葉が訝しげにする。
「なんなのだね、その反応は」
「いや、意外でフリーズしたんだよ」
「失敬な、男がいるからこそ女は成立するのだよ。ボーイフレンドぐらいいくらでもいるさ」
またも時が止まる。綾木もだった。
「何人もいるのか」
「外科医と国際弁護士、政治家、ヤクザ屋の組長、それに薬品会社の会長と」
指を折りこんで数えていく。両手の指じゃ足らない様子だ。
再起動の完了した綾木が僕を盾に顔を出す。
「そんなにすごい彼氏さんいるなら先輩には手ぇ出さないって指切りげんまんしてよ」
「さぁてね、伊吹は不思議な魅力のある男だから約束できないね。なによりも、頼りになる小説の先生なのだ、当分は離さないさ」
喚く彼女のバリケードになる。
「そろそろ勘弁してくれ、俺になんの恨みがあんだ」
麗葉が珍しく声を上げて笑った。事件以来、ずっと落ちこんでたんだ。
安堵する僕に封筒を渡してくる。毎日の終わりにもらう物だった。本を整理しておこうか告げると明日でいいと応じられる。追い出すようにされ、麗葉も外に出て鍵を閉めた。こうなっちゃなにもできない。万が一を想定して渡されてるスペアキーを使う場面でもなかった。
朝に顔を見せたのみで二万円。
フリーターの最高峰をいってる。封筒の中身を出し、はっきりしない空へかざした。透かしの偉い人が気取ってる。
「分かったぁ、先輩はそれに釣られたんですねぇ。お金の心配ならしなくていいのに〜」
どこの世界に後輩のヒモやって暮らす男がいるんだ。否、いるところにはいるけど、僕は嫌だった。なのに綾木は、僕が無職でふらふらしてた間に借りてたお金を受け取ってくれない。机に置いたり引き出しに入れたりヌイグルミに持たせたりしても翌日には戻ってくる。これはこれで困ったもんだった。
「てか、どういうお仕事してるんですかぁ、あいつ。怪しい雰囲気ぷんぷんです」
「それはだなー」
どう表現したらいいのか分からない。正直、一概には言えなくて全然詳しくなかった。闇金まがいの金貸しの他に資産運用は草加部さんが担当してる。いままでは彼が工面してるんだと思ってた。しかしボーイフレンドの面子を見るに、資金援助もあり得る。草加部さんも秘書の肩書きでいるものの、ただ者とは思えない。
僕が場違いな感じもしてくる。
凡人が日給二万円をもらえてるのは現実だった。ほんの一、二年前にはくだらない豪遊で湯水の如く使ってたのに使い道がない。綾木が受け取ってくれないおかげでどんどん貯まってく。
途中ファーストフード店に寄った。彼女が支払おうとするのを強引にオゴッた。持ち帰りだ。家へ着く時間には小腹も空いてるだろう。
十字路の一角にあるゲームセンターを通りかかる。店先に出されたクレーンゲームに綾木が貼りついた。デフォルメされた犬や猫、とにかくふさふさしたヌイグルミが山積みになってる。ふさふさしすぎてなんの動物か判別不能なのもあった。彼女の部屋も似たり寄ったりだ。
財布を出した。気配を察知した綾木に押さえられる。
「せっかくおごってもらったハンバーガー冷めちゃいますもん」
「そっか、そうだな」
「ふっふっふっ、先輩もだんだん分かってきましたねぇ。一緒にいるだけで幸せなんですからね、麻由にお金使っちゃ駄目ですっ」
りょーかい、と言っておいた。このコはときどき子供なんだか大人なんだか分からない態度をする。想像するよりもいいお嫁さんになりそうだった。
エレベーターを待ってる間、郵便ポストをチェックする。柔らかな包みが入ってた、綾木宛だ。差出人は書いてなかった。感触に危険なムードはない。
先にエレベータへ乗って待つ彼女へ渡す。その場で躊躇いなく開けられた。
「あんまり不用意に開けない方がいいんじゃないか、変なファンはなにするか分かんないぞ」
「だってなに入ってるか気になるじゃないですかぁ」
不気味だとは一切思ってない、好奇心を抑制できない姿は子供そのものだった。瞳を輝かせ、包みを破っていく。その顔が固まった。
「どうした、髪の毛とか爪とかスズメの死骸でも入ってたか」
「チュー太!」
手乗りサイズのヌイグルミだ、キーホルダー付き。やたら胴の長いネズミだった。なんでもありだな。
「バッグに付けてたんですけど、どっか落としちゃったんですよぉ。きっと親切な誰かが届けてくれたんですねぇ。おかえり、チュー太」
ちゅっ、とキスをする。住所が書いてあるわけでもないのにどうやって届けたんだろう。異様さはあるが、落とし物を届けてくれたってことは悪意がないのかもしれない。
熱烈な一人と一匹がこっちを向く。
「チュー太アターック!」
ヌイグルミの顔面が押し当てられた。パンチに近い。びっくりして背が反り、後頭部をぶつけた。
彼女がチュー太に頬擦りしてにやけてる。
「先輩の唇は麻由のもの〜」
阿呆、と小突いて到着したエレベーターを降りる。怪しい奴リストの一番目は綾木で決まりだ。
とりあえず今回は考え過ぎだったようだ。最近は特に周囲が疑わしくて過敏になってる。少しぐらいは警戒を緩めよう、日常に支障が出る。
家の電話が鳴ってた。ハンバーガーをテーブルへ置き、受話器を取る。久しぶりのおふくろだった。会話は近況報告だ。仕事も見つかって心配無用なのを伝える。立神に狙われて危険な目に遭ってるとは言えない、実家をまきこんでしまう。
なにやら学校へ行くお金の用意をしてくれたらしい。僕は断った。日給二万円のおかげで行こうと思えば行ける。
「ごめんねぇ、迷惑かけっぱなしで」
「いいって、別に」
おふくろに、ごめんって言われるのは腹が立つ。謝るのは免罪符じゃない。取り返しのつかない問題に代替はきかないんだ。
自分が意思を通せば無理にでも入学はできた。おふくろが慣れないパートと親父の看護の過労で倒れさえしなければ躊躇いなく。誰かの負担になるのが許せなかった。家にいるのが辛かった。当てもなく家を出た。知り合ったのがろくでもない奴らだった。嫌気がさしてきた頃、綾木とばったり会った。しばらく迷惑かけたけど、彼女のおかげで真っ当な暮らしをしてる。
綾木を話題のネタにすると彼女と話したいと言った。ハンバーガーの準備をしてた彼女を手招きする。
「お電話代わりました、綾木です、お久しぶりです〜。いいえ、そんなとんでもないです。むしろ私の方が助かってますから、はい、はい、そんなことありませんよぉ、いえ本当に、こちらこそよろしくお願いします」
普段とは違う一面だった。
受話器を返され、適当に相づち打って通話を切った。綾木はソファーにへたりこんでる。
「緊張しちゃって疲れましたぁ。先輩、急に代われって言うんですもん。麻由にも心の準備ってものが」
そういうもんか、と言ったら、そういうもんですよぉ、と頬を膨らました。
「そうやっていつも麻由を女のコとして見てくれない」
「どっからどう見ても女のコだぞ。色々と気遣ってるつもりだし」
「もう、そうじゃなくて、違うんです。麻由は、もっと、こう」
うぅ〜、と唸り、
「やっぱいいです。どうせ先輩は、どうせなんだもん」
起きて自分のハンバーガーを鷲掴みにし、大股で自分の部屋へ入っていった。
おーい綾木ー。
呼びかけても無視された。彼女がなにを言おうとしてるのかに気づかないほど鈍感じゃない。全て察してる、どんな言葉を望んでるかも。
テーブルについてハンバーガーの包みを外す。大口を開けて一かじり。
ケチャップがちょっぴり酸っぱかった。
次話更新予定は明日(11/16)です。
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