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■従順な持ち主不在物

※お願い


少しでも上達したいので、なにか気づいた点などがありましたらコメントをお願いします。

批評といった大層なものでなくとも、些細なことで構いません。

「ここのシーンが面白かった」や「ここがつまらなかった」など言ってもらえればありがたいです。

素直で率直な意見、お待ちしています。

よろしくお願いします。

「待った?」

「ううん、私もいま来たところ」

 待ち合わせの公園でベタな言葉を交わす。上戸さんは休日なのに制服だった。私服姿を見れなくて残念だ。CDレンタルショップの袋で包んだ本を返す。彼女の書いた物がつまらないわけがない、僕は大絶賛した。褒め殺しの刑を浴びせると照れて頬を緩め、首を小刻みに振った。思わず追い打ちをかけたくなる。

 適当なベンチに並んだ。彼女の視線は僕の頭上にある。グレーのニット帽を新調したんだ。オシャレで恥ずかしくないし、染めた髪も隠せる。

「そういえば相原君、髪を染めたのね」

 ベンチをずり落ちそうになる。買い換えた意味が泡となって消えた。しかも染めてることについて気にしてないようだった。そうだよな、上戸さんだもんな、そんな小さい部分で嫌ったりしないよな。

「サメのはどうしたの」

「ああ、あれ。あれは不評でクローゼットに詰めこんだよ」

 本当はゴミ箱にダンクシュートしたのを綾木が拾って、いまごろはヌイグルミワールドへ仲間入りしてるだろう。グッバイ怪人ジョーズマン。ありがとう、怪人ジョーズマン。君の勇姿は忘れない。また会う日まで、さようなら。

「私は似合ってると思ったのになぁ」

 お帰り、怪人ジョーズマン。僕は君とともに歩もう、世間の非難をぶっ飛ばせ。どういう意味で似合ってるかはともかくとして、ヌイグルミワールド脱退は決定した。なかなか個性的でチャーミングな一品だ、捨てるなんてとんでもないじゃないか。ああそうともさ。

 小鳥がさえずる。日向がぽかぽかしてて気持ちいい。特になにをするでもないのに二人でいるのが心地良かった。古くからの知り合いというか、中学の三年間しか近くにいなかったけど、間を埋めるよう気を遣わなくてもいい人間はそういない。

「昔は相原君って『僕』って言ってたよね」

 あ、ああ、うん。

 しまった、一人称には配慮が行き届いてなかった。外見ばっかり整えて、僕は馬鹿か。

 悪い仲間に舐められたくないという幼稚な発想で強制的に変えたんだ。初めて「俺」を口にしたとき、白々しく響いて自信を失い欠けた。特に問題はなかった。僕が「僕」と言うのを知ってる者はそこにいなかった。いつしか口に出すときは「俺」が定着してた。

 指摘され、またもあのときの感じが甦る。

「変、かな」

「そんなことない。男らしいなって。相原君、大人っぽくなったもの。背も伸びてるし」

「上戸さんこそ、女らしくなってるよ」

「昔は女らしくなかったってこと?」

 上戸さんがほんのり頬を膨らませてすねてみせた。僕は慌てて、いやいやそうじゃなくて前よりずっと女らしくなったってことだよ、と早口に付け加える。彼女が吹き出す。ごめんなさいからかっただけよ、と言って僕の腕を軽く二度叩いた。すっかり振り回されてる。僕は彼女を前にすると駄目になるようだ。もっと駄目になりたかった。

 すぐ横で深い溜め息がされる。上戸さんの反対側でだ。

「遅いぞ、麗葉。待ち合わせ時間と場所決めたのはあんただろ」

「ああ、そうだったかね。すまなかった」

 猫背気味で声も沈み、剥き出しの本を上戸さんへ渡した。じゃあ行こうか、と歩こうとするのを止めて感想ぐらい言ったらどうだと問う。面白かった、と一言だけ返ってきた。上戸さんに僕は謝った。

「私はまだ比佐さんの小説、まだ読み終わってないの。少し待っててもらえるかな」

「ああ、そうかね。まぁ適当にしてくれたまえ」

 頼んだのは自分なのにその態度はないだろう。ここで怒るのは大人げないと思われるかもしれない、事務所に帰ったら往復ビンタをする勢いで注意してやる。

 気分を損ないながら公園近くにある教師の家へ向かった。住所を教えてもらっても良かったんだけど、上戸さんというワンクッションは必要だった。彼女の貴重な休みに合わせて訪れることにしたんだ。なのに、こいつは……。

 ドアを開けたのは物腰の柔らかい奥さんだった。上戸さんは通夜で会ってたみたいで、先日はどうも、と挨拶をする。

 丁寧にスリッパを用意してくれて階段へ案内された。

「あの人、私に一言も相談してくれなかったのよ」

 遺書には、教師の多忙さや風当たりの強さを苦にしてたと書いてあった。奥さんは日々の生活で気づけなかったんだ、余計に辛いだろう。思い出したのか、目元で輝くものを腰のエプロンで拭い、部屋を開ける。

「主人が借りてた本を取りに来たんだったわね。といっても見ての通りなの、悪いけど探してくれるかしら」

 事務所に負けず劣らずの本が棚へ綺麗に並べられてる。小説が圧倒的に多かった。

「良かったら好きな本を持っていって。私も読書するけど、あの人との思い出が多すぎて逆に負担なの。上戸さんやそのお友達に持っていってもらうならあの人も喜ぶと思うわ」

 麗葉の前髪の奧で瞳が光った。早まるな。

 唐突に奥さんが笑う。

「ごめんなさい、思い出しちゃって。あの人ったらおかしいのよ。興奮して帰ってきたと思ったら『すごい生徒がいる、将来きっと文学業界を支える』って子供みたいにはしゃいでたの。上戸さん、あなたのことよ」

 彼女は俯いて奥さんの言葉に肯いた。

 ドアが閉められる。早速、麗葉が本棚を漁り始めた。

「思う壺とはこのことを言うのだ」

「いつか罰当たるぞ。むしろ当たれ」

 僕もなにかもらっておこうと思ったものの、麗葉のようには割り切れなかった。死人の所有物をもらうのは躊躇われる。彼女は既に五冊をチョイスしてた。長丁場になりそうだ。

「先生の本。比佐さん、読む?」

「ふむ、一応もらっておこう」

 二人はそんなやりとりをしてた。完全に本来の目的を見失ってる。

 暇だ。プラズマテレビがあり、僕はその前に陣取って電源を点ける。時間が時間で、主婦向けのワイドショーぐらいしかやってない。なにかないかとテレビラックを探る。番組を録画したらしいDVDがずらりと並んでた。一枚を抜いてタイトルを見る。僕が生まれる前からやってる時代劇だった。

 ドアが開く。奥さんがお盆にジュースとクッキーを載せてる。勝手に関係ない物をいじってたのが目撃されて、すみません、と元に戻す。彼女は、いいのよ、と言ってジュースを渡してくれた。

「あの人が好きだったのよ、その時代劇。毎日のように録画しててね」

「時代劇は私もたまに観る。あれはいいものだ」

 クッキーへ飛びついたのは麗葉だ。三枚を一度に頬張ってハムスターみたいになってる。金持ちのくせにいやしい奴だ。

「腹が減っては戦はできぬ」

 DVDプレーヤーの取り出しボタンを押すと中には既にDVDが入ってた。再生をする麗葉。やりたい放題だ。

 お決まりのオープニングテーマ曲が流れる。彼女はそれをじっと見つめた。ワンパターンな内容のどこが面白いんだろう。

「毎日?」

 質問に、奥さんが戸惑う。なにを訊かれたのか分からなかったんだ。

「毎日録っていたと?」

「ええ、確か平日の夕方には毎日やってたはずよ」

「旦那さんが亡くなった日もかい」

「ちょっと待ってて、当日の新聞を持ってくるわ。何話目か書いてあると思う」

 画面は曲が終わり、右下に二十六話と表示された。

「そんなもん知ってどうすんだ」

 麗葉はクッキーを重ねて威勢良く噛み締めてる。

「分からないかね。夕方というと教師は学校にいる時間さ、録画予約を設定しているだろう。もし当日もそうしていたとしたら珍妙だと思わないかね」

 ジュースを飲む間も時代劇からは目を離さない。

「これから死のうとする人間が録画予約をするのはおかしい」

「でも学校で感情が爆発したのかもしれないじゃんか」

「それもあり得る。だが可能性も出てくる。私は現場を見て完全に自殺だと思いこんでいたのだよ。疑いが出たのなら、それ相応の見方をしなくてはならないさ」

 奥さんが新聞を持ってきた。何話だね、と麗葉が訊く。

「二十六話と書いてあるわ」

「他殺、か」

 彼女の呟きに新聞が落下した。

 あの日、時代劇は予約設定されていた。これから死のうという人間がだ。幽霊になっても観ようと思ったんじゃないだろう。確かに自殺濃厚だとしても疑問は残る。

「行くぞ、伊吹」

 行くってどこに。訊くまでもなかった。

 麗葉が名刺を奥さんへ渡す。

「本はそこの住所に送ってくれたまえ。着払いで構わない」

 部屋の一部でピラミッドを築いてるそれを示した。これは持っていく、と教師作の一冊をワンピースのポケットへ入れる。

 奥さんは、はぁ、と返事するだけだった。

次話更新予定は明日(11/14)です。


Next:「■完全犯罪は告白する」

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