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■季節外れに鳴る風鈴

※お願い


少しでも上達したいので、なにか気づいた点などがありましたらコメントをお願いします。

批評といった大層なものでなくとも、些細なことで構いません。

「ここのシーンが面白かった」や「ここがつまらなかった」など言ってもらえればありがたいです。

素直で率直な意見、お待ちしています。

よろしくお願いします。

 読み終わった原稿を閉じる。興奮がなかなか冷めてくれなかった。小説を読んでこんなに胸躍ったのは久しぶりだ。麗葉の作品以外を読んでなかった最近だったが、それにしたって面白いと言えた。

 気になる点もある。一つは後味の悪い終わり方になってる点。もう一つは犯罪を許容するような印象である点。一般には受け入れられないだろう。だけど、安易に自分が評価を下していいものなんだろうか。文章もストーリーも格段にレベルアップしてる。本になって書店へ並べられててもプロが書いたと知れば納得してしまえる内容だ。

「良ければ感想を聞かせてくれないかね」

「ああ、うん。面白かったよ。終始どきどきしっ放しでさ。でも、なぁ」

 僕は気になるところを指摘する。麗葉の無表情に変化はなかった。

 近頃は分かってきた、いまは落ちこんでる、気にしてないふりをしてる。

「そうかね、ありがとう。少々検討してみるよ」

 彼女は原稿を片手に座り、読み直しを始めた。いじめたような罪悪感が芽生える。自分より小説の上手い知り合いがいればなぁ、と頭の後ろで手を組み、折り畳みイスへ体重をかけた。

「あ」

 思い出した途端に後ろへ傾き、積み重ねられた本の山を崩してしまった。麗葉が冷ややかな双眸を向ける。

「あまり散らかさないでくれたまえ」

 へぃへぃ悪ぅございましたね。既に限界ライン超えて散らかってるように見えるんですけどそれはきっと気のせいですねチクショー。

「じゃなくて、一人いたんだよ。俺よりも小説上手い人、知り合いで」

「伊吹よりも?」

「中学時代に新人賞の二次通過はしてたよ。いまごろプロだったりしてなぁ」

「大先生なのか!」

「いや分からんけど、きっとちゃんとした批評をしてくれると思うぜ」

 うちの中学に文芸部はなかった。力を貸してくれたのが同級生の上戸澄恵さんだ。中一にして僕は部長、彼女が副部長だった。実力はずっと上で、部長を譲ろうとしてもやんわり受け流された。二次選考通過を聞きつけて入部希望者が増えた二年の夏まで二人っきりの部活動だった。

「どこだね、どこにいるのだね」

「そんな息荒げるなよ。確か私立の西王義塾大学付属高等学校に進学したって聞いたから、いまごろ学校にいるんじゃないか」

「よし行こう」

「はぁ? ちょ、ちょっと待て、行くって学校かよ」

「なにを寝ぼけているのだ、当然だろう。善は急げさ」

「急がば回れを無視しちゃいけないと思う人ー、はーい」

 卒業後、進学してない僕は会いにくくて、年賀状にも返事をしてなかった。部活の後半は任せっきりだったのもある。どの面を下げて再会しろってんだ。面識のない人間の小説を批評してくれなんて頼む図々しさも持ち合わせてない。

「俺にもな、色々事情がな」

「知らん、行こう」

 あっさり却下ですか、そうですか。

「だいたい電車で行くには遠いぞ。退勤ラッシュにあたったら最悪だ」

「先日に修理で戻ってきたマイカーがある、運転は私に任せるのだ」

「あんた一六歳だろ、捕まるっての。俺も無免許だし、ぶつけた前科あるし」

「細かい男だな、モテないぞ」

「俺は警察にはモテたくないの」

 麗葉が大きく息を吐いた。アメリカンな動作で肩を竦め、首を振る。駄々っ子を世話する大人を演じてるようだ。年上の面子が丸潰れだった。間違ってるのは自分なんだろうか。

 自然の成り行きで運転は草加部さんがすることになった。日給減額をネタに嫌がる僕は車に押し詰められた。容赦なく景色は後方へ流れていく。車中、麗葉の母親殺しについて訊こうとしてやめた。聞いたってどうにもならない、変わらず彼女に雇われ続けるだろう。

 校門の近くに車を止める。駐車場が見当たらなくて草加部さんには待っててもらった。

 生徒が楽しげにしゃべって下校している。どいつもこいつも高校生活を満喫してますっていう顔だった。僕だってお金さえあれば一段ランク下の高校ぐらいは通えた。お前らが偉いんじゃないぞ、お金のある家が偉いんだ。経済の要を失った相原家には無理が利かない。事故さえ起きなかったら、それなりの高校ライフがあったんだ。

 校門をまたぐと通り過ぎる生徒がこっちをちらちら見ながら小声でなにかを言ってる。馬鹿にしてるのか。歳はほとんど同じなんだぞ、制服着ればそれなりに見えるんだ。

 どうしたのだ、という麗葉の問いかけになんでもないと返す。肯いた彼女が頭を指差した。

「ところで、そのニット帽は似合っていないね」

「うっさいなぁ、いいのがなかったんだからしょうがないだろ。豊浜トンネルより深い事情があるんだよ」

 途中の店で買った物だった。デフォルメされたサメの目が前方に接着されてて、後頭部にかけては尾びれがにょっきり突き出てる。茶に染めた髪をすっぽり隠すには都合がいい。デザインを除いて気に入った。

 職員玄関の窓口へ尋ねた。三年の上戸澄恵さんいらっしゃいますか。あ、俺、中学の同級生で、彼女に用事があって。疑わしい顔つきだったおじさんが上戸さんの名で変貌し、愛想良く呼び出しの放送をかけてくれた。約二千人の生徒を抱える有名校で有名な彼女は超有名ってことだ。自分のことじゃないのに嬉しくなった。

 スリッパに履き替えて応接室へ促される。黒皮のソファーに大理石風のテーブル、高そうなでかい壺。VIP待遇に気後れする。彼女が帰宅してるのを祈った。一〇分しても来なければ帰ろう。

「優秀な大先生のようだな、ますます会うのが楽しみになった」

「俺の同級生で同じ部活だったからな」

 胸を張ってみせる。二人並んで部員の前に立ってたのが嘘みたいだ。片やエリートコースで、片やチンピラかぶれのフリーター。差が激しいってもんじゃない。

 恥ずかしさがネズミ講式に増えていく。たったの数分が堪えられなくて起立する。

「俺、やっぱり草加部さんところで待ってるや。ここまで来れば大丈夫だろ、俺の名前出せば分かるからさ。てことで、それじゃっ」

 健闘を祈り、敬礼をした。

 麗葉の目はなぜかこっちに焦点が合ってなかった。僕の肩越しになにかを見てる。

「退却するには、やや遅かったようだね」

 ドアに立つ気配を探知する。僕はニット帽をずり下げて目元を隠した。

「俺は怪人ジョーズマン! それじゃ麗葉、失礼のないようにな!」

「相原君、でしょう?」

 横を抜けたときにはばれてた。なんなら振り向いたときに「あ」の音が出てた。そうです、僕が相原伊吹です。強引に押し通すのも変な奴になったと思われそうで観念した。染めた髪が見えないよう気を遣って目元を出す。

 彼女は中学時代には結ってた髪を下ろし、大人っぽくなってた。前髪を留めた赤のヘアピンはキュートさを演出してる。自分が子供に思えた。

 上戸さんが微笑する、再び怪人ジョーズマンへ変身したくなった。

 双方の紹介はそこそこに早速用件を切り出す。いまなにやってるの? そんな質問をされたくなかった。厚かましく麗葉が作品を渡す。ごめんなーこいつ変な奴でー、と言いつつ本をオゴってあげたくなった。僕の顔をどうか立ててくれますように。

「受験もある忙しい時期だろうから、無理なら無理でいいんだ」

「いいの、大丈夫。私、留学が決定してるのよ」

「へぇ、留学かぁ。さすが上戸さんだなぁ」

 遠い、すごい。経歴も物理的にも離れていくのを感じた。

「比佐さんの小説も読んでみたいもの」

 それを受けて、麗葉が勝ち誇った表情をした。

「伊吹と違って大先生は太っ腹なのだよ」

 むかつく。

「けれど委員会の仕事があって。他のみんなは勉強してるでしょう、私がしっかりしないといけないの」

「ああ、いいんだ。読んでくれるってだけでもありがたいんだし。暇なときに読めばいいよ、どうせド素人の小説だし」

 ドの音を強調する。麗葉は唇をへの字にした。

「日給二千円」

「生意気でしたごめんなさい」

 彼女のもとにいなきゃいけないなら賃金は多い方がいい。立神に狙われて辞められないことを知ってて弱みにつけこまれてる気がするのは考えすぎだろうか。

 ふと気づく。上戸さんも麗葉に関係する人物と見なされるんじゃないか、と。短期間なら大丈夫か? いやいや、偶然にも立神が監視してたらどうする。奴の組織員が何人いるか見当もついてないんだ、あり得る話だった。

 突如カーテンを閉める僕は変態じみてたかもしれない。それもこれも上戸さんを守るためだ。例え変人に思われようと大義名分を背負ったいまどんな奇行もお手のもの。

「現代の若者の行動は理解に苦しむ」

「誰のせいだと思ってんだ、二歳年下の若者よ!」

 麗葉は首を傾げてとぼけてる。どっと降りかかる疲労感を打ち消してくれるのは上戸さんの声だと良かった。希望は叶わない。

 廊下で少女の悲鳴がしたんだ。違う意味で怠さが抜ける。胸に住まう予感の虫が騒いだ。クソゲームの空気が漂い始めてる。悲鳴の度合いはゴキブリ出たとかネズミ出たとかのレベルじゃない。震えを振り切って率先してドアを出る。なにがあっても上戸さんは無傷にさせないといけない。

 いくつか離れた教室らしき前で女生徒が壁に背をつけてなおも後退ってる。容易に近づくべきじゃなさそうだ。一歩ずつ辺りを窺う僕をさっさと麗葉が追い抜いた。あんたが行ったら上戸さんが一人になるじゃんか。

 一人にさせるのは危険だ、嫌というほど味わった。真っ当に生きてる彼女を放っては置けない。顔を出して心配そうにする上戸さんを先導し、麗葉についていった。

 女生徒は上戸さんが話しかけるとしがみついて泣き、教室の中へ指先を向ける。

 黒板がある。机やイスはない。壁際にはダンボールやポスター、文化祭で使ったらしい看板なんかがあった。主に教材置き場の役割をしてるんだ。

 空いたスペースに人間が浮遊してた。窓が開けられててカーテンを大きく波打たせてる。強い風が人間を揺らし、影になった床に雫をこぼす。水溜まりはアンモニア臭を風に乗せて鼻を刺してくる。

 蛍光灯で縛られたロープが軋んで人間をゆっくり回転させた。スーツ姿の男が顔を見せる。異様なほど長く垂らされた舌がグロテスクだ。一際激しい暴風が吹き、男に振り子運動をさせた。倒れたイスを見るに、自殺だろうか。

「名取先生」

 女生徒をあやし終わった上戸さんが口元を押さえて悲痛な表情をした。文芸部の顧問なのだという。

「自殺か。死んでから間もないな、尿も温かい」

 ハンカチで手を拭い、麗葉が室内を調べる。

「他殺の可能性はないのか」

 立神の影がちらつく。

「考えにくいね、見る限り極自然さ。丁寧に遺書まで用意してある、筆跡が合えば確定だね」

 黒板のチョーク置きに立てかけられてた封筒をはためかせる。

「私、先生の字は分かるわ。ワープロを使わない人だったの」

 遺書をバトンタッチして上戸さんが中身を開く。内容は仕事の苦と妻への謝罪だった。達筆で、特徴のある字だ。

「先生の字よ」

 上戸さんが瞼を閉じると一筋の涙が流れた。近くの僕に顔を寄せてくる。反射で抱き留め、不本意にもどきりとした。男の幸せを噛み締めて繊細で柔らかな髪を撫でさせてもらった。

 なるべく現場は荒らさぬが吉だ。警察に知り合いがいるのをアピールしたくて森里さんへ電話した。宅配ピザ屋に見習ってほしい早さで彼は来た、ゴールデンレトリバーのタロさんを連れて。

「比佐麗葉、まさかやったのは君じゃないだろうね」

「馬鹿者、自殺だ。私にはアリバイもある」

「鵜呑みにはしないぞ。こんなこともあろうかと強い味方、タロさんを連れてきたんだ」

 森里さんが下ろした遺体の匂いを嗅がせる。ほくそ笑み、タロさんを放った。麗葉の前へ来て止まる。

「お手」

 素直に従った。

 森里さんが絶叫する。

「よしよし、偶然持ち合わせたタマネギをあげよう」

「なんでそんな物を!? いやそんなことより、タロさんになにか恨みでもあるのか! 犬に食べさせたら中毒症状を起こすんだよ!」

「私は犬が嫌いでね」

 くっと呻いてリードを引き、タロさんを抱き締める。

「さすが犯罪者、犬殺しなんて雑作もないってことか。いつか絶対逮捕してやる」

「何度も言わせないでくれるかね。私は警察に捕まるぐらいならば死を選ぶさ」

 第一発見者の女生徒を初めに事情聴取が行われた。次が上戸さんで、残った応接室の僕達に言葉はなかった。制服警官が一人見張りで立ってて麗葉もおとなしい。なにかを考えてる様子で行ったり来たりしてる。教師の自殺は他殺なんだろうか。

 上戸さんが戻ってきて僕と交代する。隣の空き教室の戸を開けた。簡易取調室が学校の机とイスで作られてる。森里さんの背丈に合わなくて小さく見えた。横ではタロさんが鼻水を垂らしてお座りをしてる。

「なんでタロさん連れてきたんスか、鼻炎なのに」

「署の警察犬は他の事件で駆り出されててね、汚名返上にいい機会だと思ったんだ。タロさんは引退するにはおしい警察犬だよ」

 鼻の利かなくなった犬にどんな利用価値があるんだろう。そうッスか、と適当に相づちを打った。事情聴取はありのままに告げた。

 目新しい情報はなかったようで、森里さんは冴えない顔だ。

「麗葉なら違う点に気づいてるかもしれないッスよ」

「犯罪者の言うことに信憑性はないよ、念のため訊くけどね」

「母親殺しだからですか」

 どこでそれを、と彼が驚く。かまかけ成功、どうやら本当のことだったらしい。

「麗葉から離れるよう警告したいなら、詳しく教えてくれないッスか」

 考え、肯いてペンを置く森里さん。タロさんの頭を撫でて伏せをさせた。

「あれは僕が刑事課に配属された三、四年前のことでね。あのコは自らの手で母親の比佐香葉子さんを殺害してるんだ。幼少時代からのスパルタ教育は虐待めいてたっていうから動機はそんなところだろうね。肉親であろうと動機が揃いさえすれば誰であっても牙を向けるような人間なんだよ」

「犯罪者って断定してるわりに罰したりしてないッスよね」

「年齢の問題もあるけど、なによりも物的証拠が一切ないんだよ。殺人に始まり、あらゆる法律違反行為に証拠なし。刑事責任の問える年齢になっていてもお構いなしだ、彼女のためにも早いうちに捕まえたいんだけどね」

 短髪の頭を掻き、

「相原君、手がかりはないかな。身近にいる君なら知る機会があるだろう」

 高利貸しを思い出す。

「知らない、知らないです。至って普通の奴ですよ」

 告げ口で麗葉が逮捕されちゃまずい。警察に売ったと思われて立神に殺されかねなかった。

「でも他にも殺人を犯してるなんてことはないッスよね」

「どうかな。疑わしい殺人事件はいくつかあるんだよ、最近でね。その冷酷さは立神と肩を並べるほどだと思ってる。他にも世間に知られてないものがどれだけあるか怪しいよ」

「いやー、でも麗葉にこだわるより他の犯人追った方がいいんじゃないッスかね。ほら、指名手配されてる銀行強盗とか」

「もちろんだよ。でもね、刑事になって初めての事件だったんだ、こだわらずにいられないよ。若い年齢で殺人を犯すのもそれなりの理由があるだろうし、更正させてあげたいんだ」

 深刻な物言いと麗葉の人物像がいまいち噛み合わなかった。立神と同列に扱うほどのサイコ人間とは到底思えない。なにかの間違いで麗葉は疑われてるんじゃないのか。きっと高利貸しやら細かい法律破りをちょこちょこやってるせいだ。

 応接室に戻ると、そうだ、と麗葉が手を叩いた。

「やはり気になる。上戸、死んだ教師の住所を知っているかね」

「どうしたの。先生の自殺に関係することかなにか?」

「ん? ああ、そのことはどうでもいいのだよ。他殺だろうと自殺だろうと知ったことではない」

 ぞんざいな言い様に上戸さんの気分を害したんじゃないかと不安になった。

 彼女は気にしたふうでもなく、じゃあなんで、と訊き返す。

「文芸部の担任をしていたのなら相応の腕前なのではないかと思ってね」

「そんなことずっと悩んでたのかよ」

「確かに先生は過去に文芸誌で賞を獲った経験があるけれど」

 麗葉の唇がにんまり弧を描く。

「私の勘は素晴らしいな。そうだろうそうだろう、よし案内してくれたまえ」

「て、まだ事情聴取受けてないだろが。今日は立神の仕業じゃないんだからな、とんずらってわけにもいかないんだぞ」

「いつから真面目になったのだね。きっと創作に重要な秘密がわんさか見つかるよ」

「だからって事情聴取もしないで亡くなった人の物を漁るのはどうかしてるだろ」

「心配無用、上戸が貸していた本を返しにもらいにきた、とでも言えばいい」

「そういう問題じゃなくて、奥さんだって心の整理ついてないだろうし、駄目だろ、そういうの」

 そうかね、と甚だ疑問のように口を尖らせる。

「警察のすることなどたかが知れているのだよ、無駄な時間だと思う」

「たかが知れてて悪かったね」

 森里さんだ。麗葉の頭に大きな手のひらが置かれる。背丈の低い彼女を丸ごと掴みかねないイメージがあった。

「なかなか来ないと思ったら警察の悪口とはね。いったいどこへ行くつもりかな」

 麗葉が舌打ちをする。これで良かった、亡くなった当日に訪問するのは非常識が過ぎる。

 上戸さんとは事情聴取が終わる間、少し話した。なんと小説家デビューをして既に何作も出版してるという。校内で名が知られてるのはそのおかげもあったんだ。小説を離れてた僕は疎くて申し訳なくなった。帰りがけ、学校にあった著作物を僕と麗葉に一冊ずつ貸してくれた。

 花壇沿いにあるベンチに女子生徒が二人座ってる。花も恥じらう乙女が大口を開けて笑ってた。六十五点と七十三点。無意識で点数をつける。中身はそこらを歩くコと差異なくても身だしなみをしっかりしてる分で割り増しだ。

 前を通りがかり、会話の断片が聞こえた。自殺についての噂話だ。上戸さんの名が混ざってた。校門近くまで歩き、麗葉の肩を叩く。

「悪い、あのコ達に訊きたいことがあるんだ。車で待っててくれるか」

「君も好き者だね。早く済ませたまえ」

 盛大な勘違いをされる。背を向け様の眼差しは軽蔑の色を含んでた。弁解の余地はなかった、どう取り繕っても言い訳めいてる。

 小走りにベンチの後ろへ回った。

「てか、上戸が自殺すれば良くない?」

「言えてるー。ちょっと綺麗で頭いいからってさ、何人の男餌食にするつもりなんだか」

「もしかして先生って上戸と付き合ってたんじゃないの、文芸部の担任でしょ」

「絶対そうだよ。それで酷いふられ方してー、自殺、みたいな」

「上戸のことだから奥さんにバラすとか言って脅迫してたんじゃないの」

「それ超悪女じゃん。生徒と付き合ってるってなったら百パーセント懲戒免職だもんねぇ。お金一杯もらったんだろうなぁ」

「あたしもやってみようかな」

「あんたじゃ無理無理」

「なんでよ! こいつ!」

 キャハハハハハ。

 会話を聞いてなければ青春を謳歌するじゃれ合いに見えただろう。内容といいしゃべり方といい、すぐにでも殴ってやりたい気持ちになった。いや、女のコじゃなければ殴ってる。こういう心のねじくれた人間はろくな生き方をしない。不自由なく学校生活送ってるくせしてなにがそんなに不満なんだ。

 ぐっと堪える。

 女生徒の間へ入って肩を組んだ。

「君達可愛いね。ちょっと話さない?」

 かつて練習に練習を重ねたスマイルに、二人は頬を染めた──ように見えた。まぁナンパで鳴らした僕にかかれば平均点の女のコを落とすのは朝飯前さ。

「いいですけど、一つ言ってもいいですか」

「ん? なに? 彼女は大募集中だよ」

 一人が指差す。

「ニット帽、ださい」

 やっぱり殴ってやろうと思った。

次話更新予定は明日(11/13)です。


Next:「■従順な持ち主不在物」

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