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■立神荘士という男

※お願い


少しでも上達したいので、なにか気づいた点などがありましたらコメントをお願いします。

批評といった大層なものでなくとも、些細なことで構いません。

「ここのシーンが面白かった」や「ここがつまらなかった」など言ってもらえればありがたいです。

素直で率直な意見、お待ちしています。

よろしくお願いします。

 ソファーで寝苦しい朝を迎えた。体には毛布がかけられてた。昨日は帰宅後に倒れこんだんだ。

 腹が鳴る。

 テーブルには綾木の書き置きと朝食があった。トースターにパンを投入する。

 目玉焼きとウィンナーを乗せてできあがり。一囓りし、むせた。牛乳をパックのまま飲む。口を拭うとカス二人に殴られた傷がちくちくした。

 テレビを点ける。お天気キャスターが番組キャラクターと並んで厚着をすべしと警告してた。お次は指名手配中の銀行強盗のニュース。そんなのはどうだっていい。立神が僕にやった非常識な事件はどこいったんだ。

 番組はニュースを終えて田舎の企画コーナーを映す。あんなに危険な目に遭ってなんの騒ぎにもなってない。考えてみたら誰にも言ってなかった。痕跡を残すか、被害者が訴えない限り誰も気づかないのが至極当然だ。

 警察? 電話?

 目が覚め始める。僕は携帯と名刺を探してダイヤルした。受話器に出たのは刑事の森里さんだ。体験したゲームのあらましと場所を話す。彼は熱心に聞いてくれた。

「捕まえてくれるんスよね」

 期待を込めた問いに、濁った言葉が返ってくる。

「全力は尽くすよ。相原君も知っての通り、立神は普通じゃないんだ」

「それって、逮捕できないってことですか」

「いや、その、困ったな、一般には公開してない情報なんだよね」

「俺は殺されててもおかしくなかったんですよ」

 語気を強めに腹立たしさを含めてやった。なんのための警察だ、しょうもない事件で小物ばっかり相手にして喜ぶのが警察なのか、と。

 折れたのは相手だった。

「分かった、話すよ」

 森里さんは、声を変えられるだけでなく立神が変装の名人であることを教えてくれた。鼻や唇、額や頬骨といった特徴となる突起部位を切り落としてるらしい。グロテスクでのっぺりとした表情、それが現在の立神の素顔なのだという。

「いままでの目撃例を総合すると、そうとしか考えられないんだ」

「じゃあ俺が道案内した女も立神だって言うんスか」

「可能性はあるね。姿形が変わるから発見するのも大変なんだよ」

 なんだ、警察って大したことないんだ。

「え?」

 口に出してたと気づいて僕は慌てて謝った。

「立神の目的ってなんなんスか。麗葉は指収集家って言ってたけど、それだけとは思えないし。人殺しを目的にしてるようにも思えない」

「ごめん、それも分からない。僕ももともと比佐麗葉を追ってて知った口だから。世界各国を縦横無尽に巡り、事件を起こしては行方をくらます国際犯罪者としか、ね。各国の最重要注意人物と繋がってるって噂だよ。なににしろ自由奔放に出入国してるのを考えると巨大なネットワークを持ってると考えていいだろうね」

 映画や小説、漫画、フィクションでしか聞かない内容に脳が浮遊感を得た。

「警護をつけようか」

 一瞬考え、断った。自分の過去の汚点を知られるとは思わないけど、あまり身近に置きたくはない。それと先日のように意識を落とされ、電波の届かないところに連れていかれれば終わりだ。あれは見事なスリーパーホールドだった。

 麗葉と離れるのが一番の安全だ。

 昼前、僕は事務所横の空き地にいた。金銭面で多少は世話になった事実がある、直接に辞める意思を伝えたかった。彼女のことだ、「ああそうかね、お疲れ様」とでも言うか。はたまた最近の小説の件もあって残念がり、引き留めてくれるか。

 立神がこの世に存在しなければ悪くない仕事だった。日給二万円は捨て難くても、あり得ない条件なんだ。危険な目に遭うのも含めてその高給が成り立つ。昨日はたまたまの生存だ、そう何度も困窮を脱せるとは限らない。

 ビルを見上げる。短い期間でも中身は濃かった。

「そこの君」

 階段に足を乗せたところで男に声をかけられる。初老は超えてるだろうに髪はふさふさで、白くなったそれを整髪料でオールバックにしてる。眼鏡の奥の瞳に射抜かれて硬直してしまった。背筋も歩みも真っ直ぐで見惚れ、不用意にも近づかれた。立神が変装の名人だと聞いたばっかりだ、ましてや組織がバックにあるんならその仲間とも考えられる。知らない人間は警戒しなくちゃいけない。

「相原伊吹君、だな」

「なんで俺の名前を」

「私は草加部将義だ、麗葉の秘書をしている。しばし出張していてね、すっかり自己紹介が遅れてしまったな」

 秘書がいるとは一度も聞いてなかった。十代そこそこの少女のもとで働いてるのも不自然だ。あたかも身内になりすまし、いきなり刺してきたりして。

 階段を後ろ向きに三段上がる。格闘になったとき、下は不利になる。

「悪いッスけど、手に持ってる荷物はなんスか」

 ああこれかね、と紙袋を掲げた。尻の部分を支えて中身を覗かせてくれる。

「小説だよ。麗葉とちょっと神保町にな。彼女はまだ物色したいというから私だけ先に車で帰ってきたんだ」

「いいんスか、一人で帰ってきちゃって」

「見ての通り人間性に乏しいだろう? 前はもっと酷くて、それで読書を勧めたんだがね、いまや私よりも熱中してるよ。なにを言っても、先に行ってくれたまえ、だ」

 なるほど、彼女を知ってるのは間違いないようだ。

 信用には至らなかった。

 二人になるのを避けたくて、駅前の喫茶店に誘う。店内はガラス張りになってて、麗葉が改札口を抜ければすぐに分かる。

 草加部さんはなんの勘繰りもなく肯いた。

 石寺公園駅の北口正面にあたる席へ座ってコーヒーを注文する。運ばれてくる前にトイレへ立ち、携帯で事務所へかけた。発信音が永遠と続く。少なくとも麗葉はなんらかの理由で外出中らしい。あいつが携帯を持ってれば余計な心配をしなくて済むのに。

 テーブルにはコーヒーカップが置かれてる。ミルクを入れて草加部さんは掻き混ぜてた。

「苦労するだろう、麗葉の傍にいるのは」

「えぇ、まぁ」

 苦労どころの騒ぎじゃないのを敢えて言わなかった。

「どんなずぼらな十六歳でもあそこまで部屋を散らかすコはいないだろうな」

 よくぞ言ってくれました。一人作業のせいで共感してくれる人はいない。熱烈に握手をしたくなった。

「そうなんスよ、足の踏み場もないって言うけど、本当にないのは始めてでした。いくら仕事だからって一通り片付けるのに三日かかりましたからね」

「自分の脳内を映像化したらこうなるのだ、とは以前に言ってたけどね」

「そんなこと言ってたんですか。俺から言わせてもらえば、そんなの言い訳っスけどね」

 低い周波数で草加部さんが笑う。

 気がつくと疑うのも忘れて意気投合してしまってた。主に資金調達や調べ物、経理をやってるそうだ。実質、麗葉の右腕なんだろう。こんな大人を小間使い扱いする彼女は何者なんだ。

「安心したよ、あのコと上手くやっているみたいで」

 口をつけようとしたカップを止めて、飲まずに受け皿へ置く。本来の目的をすっかり忘れてた。

「俺、辞めようと思ってんスよ」

「立神かね」

 伏せてた視線を向ける。和やかな表情はそこにはなかった。立神の言葉を思い出す。奴は麗葉の近くにいる人間を自ら品定めする傾向がある。草加部さんも例外じゃないんだ。

「恐くないんですか」

「恐いさ。だが麗葉から離れてどうなるんだね。我々は既に彼のターゲットになっているんだ」

「ターゲット?」

「指収集家なのは知っているかな。日本滞在中の立神荘士は彼女に関わりのある人物の指集めを楽しんでいるんだよ。心理的に追い詰めようとしているんだろう、もちろん趣味も兼ねてね」

 草加部さんが左手を上げる。別にウェイトレスを呼んだわけじゃない。

 おもむろに薬指を握って引き抜いた。出血はない、精巧に作られた義指だ。

「私は、なんとか指一本で済んでいる」

「そんな仕打ちまで受けて、なんで辞めないんですか。離れて、麗葉とは関係ないって言えばいいじゃないっスか」

「果たして聞く耳を持つかね、あの男は」

 少し考え、左右へ首を振る。プライドの高い人間だ、ふらふらと立ち位置を変える者には厳しく当たってきそうだった。

「例え通じたとしても無駄だよ。麗葉に精神的ダメージを与え、救いの手を差し伸べて仲間にするのが方法の一つにある。辞めるにしろ続けるにしろ、君が殺されれば少なからず責任を感じる。君の存在は意味を持ってる」

「麗葉のもとでずっと働けってことですか」

「立神の狙いは麗葉を殺すことではない、仲間にしたいんだ。脅迫や拷問では折れないとあの男も知ってる。知能でいかに納得させるかなのさ。殺すつもりなら自分の組織を動かして力尽くで簡単に済ませられるからね」

「つまり麗葉の傍にいるのは危ないけど一番安全ってことッスか」

 コーヒーをすすった草加部さんがあごを引く。

「ドアを開けたらプラスチック爆弾がボンッとなることはなくなる。仕掛けてくるときは必ず向こうからアクションがあるはずさ」

 殺すのが目的じゃないのは体験済みだった。スリーパーホールドという名のアクションもあった。悔いを残す暇なく暗殺されてもおかしくないのを考えると良心的に思えてきた。

「でもずっと一緒にいるわけにはいかないしなぁ」

「定期的に行動をともにすれば大丈夫。立神は興味の度合いによって生死の判断をするらしいからな。特に一度気に入った対象が実は大した者ではないと知った時にはプライドを傷つけられたと思って容赦がなくなるようだ」

 マジッスか。ゲームクリアーしてしまったのは迂闊だった。終了後の奴の愉快そうな笑いが耳にこびりついてる。望んでないのに気に入られたぽかった。

 クリアーしないわけにもいかなかったんだ。脱出が一番の前提で、ゲームオーバーは死亡だ。それを言うなら、麗葉に雇われたのが大元の失敗だった。

 時間巻き戻しのリモコンが借金してでも欲しくなった。

「麗葉と知り合って四年が経つ。非現実的な日々もあったが、こうして無事だ。君も大丈夫さ」

 だといいんスけど、と落ちこんでるとガラスが叩かれた。両手に紙袋を提げた麗葉がおでこと鼻を密着させてる。

「男二人でなにをしている。荷物が重いのだ、こちらへ出て手伝いたまえ」

 僕と草加部さんは目を合わせて苦笑いをした。

 決して彼女と離れたいんじゃない。雇い主と雇われ人の関係とはまた違ってきてる。悪い奴じゃないし、仕事を辞めたとしても年に何回か会ってもいい。一緒にいるのが安全ならとことんそうしよう。というより、選択肢はなかった。

「そうだ、新作が完成したのだよ。読んでくれないか、先生」

 事務所に戻って早々に印刷された束を渡される。誰のせいで悩んでたかなど露知らずだ。あーはいはい家で読むよ、と机へ置いて片付けを始める。一夜にして部屋は乱れに乱れてた。今日、本を買ってきたとなるとまたそこら辺に読み捨てられるんだろう。雑用も楽じゃない。しゃがんで、ずっしり重い「ニホンオオカミ大全集」を腕へ乗せる。

 後ろに気配がした。振り向きより早く首筋を噛み付かれた。

「分かった、読む読む、いま読むっての!」

 吸血鬼かお前は。キスマークならまだしも、歯形じゃ格好悪い。さすりながら麗葉の小説を手にする。折り畳みイスへ腰を下ろして準備完了。彼女は満足げに歯をかち鳴らした。いつか仕返ししてやろう。

 初めの一枚目には大きく「刃中の羽虫」とあった。いままでのとはニュアンスの違うタイトルだ。俄然、興味が湧いてきた。ページをめくる。文体もぱっと見で改善されてた。冒頭は同窓会で一〇年ぶりに再会した旧友とのシーンで始まる。

 麗葉は机で文庫本を、草加部さんは安楽イスでハードカバーの本を広げてる。

 やれやれ。とても片付けをする雰囲気じゃない。頭のスイッチを切り替えて僕はイスに深く座り直した。

次話更新予定は明日(11/11)です。


Next:「■刃中の羽虫・再会シーン」

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