■近くて遠い、遠くて近い
※お願い
少しでも上達したいので、なにか思うところがありましたらコメントをお願いします。
批評といった大層なものでなくとも構いません。
「ここのシーンが面白かった」や「ここがつまらなかった」など言ってもらえればありがたいです。
1つでも多くのヒントが欲しい状況なので、
素直で率直なコメントをお待ちしています。よろしくお願いします。
●コメント送信手段
1:小説評価/感想欄
●コメントを公開したくない場合は下記の手段
2:「作者紹介ページ」>「◆メッセージを送る」
3:メールフォーム
http://www.formzu.net/fgen.ex?ID=P47878715
警察官三十人余りが殺されたあの事件は漏れなく新聞の一面を飾った。幸か不幸か麗葉逮捕の記事は隅に追いやられ、誰も見てないに等しかった。おまけに未成年のおかげで名前も載ってない。読む人がいても、どこかの十代がまた逮捕されたとしか認識されない。彼女がいなくなったと自覚してるのは僕と草加部さんぐらいなもんだ。
高橋らの組は壊滅状態になった。報復もない。素人に殺されたとあっちゃ情けなさもあってか大元の組に切り離され、あっさり解散したという。立神の巻き添えを食うとは、運のない連中だ。ご愁傷様。
僕は最後の大掃除をしに来てた。麗葉の事務所にはしばらく訪れてなかったんだ。念のために渡されてたスペアキーで入った。普段は誰かしらいて、使ったのは初めてだ。驚いたのは部屋が案外さっぱりしてたことだった。証拠品としてほとんど押収されたんだ。
張り切って早朝に顔を出したのに、片付けはあっさり済んで物足りなかった。
麗葉の年季の入ったイスに座る。部屋の雰囲気が変わってた。匂いもだ。近くにあった本を、読むでもなく開いてみる。あいつが猫背でいつもこうしてた、唇にしおりを挟んで。
急行電車がかたんことんと騒々しさを纏って通り過ぎた。
耳鳴りのする静けさ。
鍵穴に挿しこむ音がした。ノブが回る。
びっくりした顔。僕もびっくり。彼女かと思ったんだ。
草加部さんだった。
「来てたのかい。驚いたよ、てっきりあのコが帰ってきたのかとよぎってね」
すみません勝手に、と立とうとするのを、いいから、と座らされた。
「彼女の新作は読んだかね」
「まだです。なんか落ち着かなくて、活字を追うほどの集中力がないっていうか、意識が分散しちゃって一ページ目から進まないんですよ」
「人も沢山死んだんだ、無理もない。酷いようなら医者にかかるといい、PTSDになっても不思議ではない事件だったからな」
安楽イスによっこらせと腰を下ろす草加部さん。
彼は寸前にあらゆる証拠を隠滅するのに成功していた。
ただ一つを除いて。
警察の車が階下に停まり、上がってくるまでの間じゃ形見の拳銃は探し出せなかった。部屋の散らかりが邪魔をしたんだ。
「君に来てもらわなかったのが災いしたよ。掃除は私も苦手でね、例の有様さ。おかげで彼女の筆がはかどったわけだがね」
ははは、と笑ってる。無理をしてるふうに見えた。
僕に電話で来なくていいと告げてきたあのあたりからずっと物書きに精を出してたんだ。それを僕は嫌ってるものと勘違いしてしまった。あいつらしいといえばあいつらしかった。いきなり完成品を出して驚かせようっていうんだ。まんま子供だ。
「草加部さんって、どうして麗葉のもとで働いてるんですか。普通なら退職を考える歳なのに」
彼が瞼をしばたたく。
「年寄りが働いちゃまずいかね」
「そういうわけじゃないですけど、なんで麗葉のところなんだろう、て。草加部さんなら自立だってできるだろうし。その、十代の秘書なんて不自然かな、て」
「縁さ。TVで有名だった彼女が街中でうろついていたところをたまたま声をかけた。きっかけは、それだけのことだよ。私も六十間近でね、仕事も色々あって辞めようかと思っていたんだ」
「なんの仕事ですか」
「薬品関係を少々ね」
薬品──自分で組み立ててた推測と符号が一致してくる。
草加部薬品工業株式会社。
僕が物心つく前からあった業界の最先端を行く大企業だ。三枚の草葉のマークで風邪薬を始めとした様々な商品が親しまれて使われてる。幅広い世代に馴染みのある会社だ。
「もしかしてあの会社のトップなんですか」
「昔の話さ。草加部の名は残っても、いまや中で動いてるのは血の繋がりもない若手だ。私には子供がいないもんでね」
「嘘だ」
「嘘なものか。ちょっと待っていたまえ、ネット回線は生きていたはずだ、会社のサイトに繋いでみせよう。創業者としての私の名がしっかり載っているよ」
鞄からノートパソコンを引っ張ろうとしてる。
「俺が嘘だって言ったのは子供についてです。草加部さんには子供がいる。違いますか?」
パソコンを膝に乗せて彼は黙った。
「逮捕されたとき、麗葉と抱き合ってるところを見て感じたんです。麗葉と草加部さんは親子なんじゃないかって」
「私とは親子と言っても自然な年齢差で、かれこれ四年の付き合いで親しくもあるがね。親子は無理がある、根拠がない」
「もし親子と仮定するなら彼女のために力を尽くしてるのも辻褄が合うじゃないですか」
やれやれ、と首を振ってそれに関してはなにも言ってくれなかった。代わりに鞄を探って一冊の大学ノートを出す。
「これは君が持っていてくれないか。うん、その方が安全だ」
薄汚れてて表紙はよれよれだった。机に身を乗っけて受け取る。
「彼女の母親のもう一つの形見さ」
「比佐香葉子さん、ですよね。麗葉を生んで育てた」
油性マジックで「日記」と淡泊な筆跡で書かれてた。インクが落ちて掠れてる。どことなく麗葉の字と似通ってた。