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■熱愛ジョーカー

※お願い


少しでも上達したいので、なにか思うところがありましたらコメントをお願いします。

批評といった大層なものでなくとも構いません。

「ここのシーンが面白かった」や「ここがつまらなかった」など言ってもらえればありがたいです。

1つでも多くのヒントが欲しい状況なので、

素直で率直なコメントをお待ちしています。よろしくお願いします。

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 僕の出番は終わりだ、応援するのが精一杯。立神の背後に忍び寄って剣で斬りかかろうとしたって、どうせ返り討ちにされる。

 疑問もある。いくら「刃中の羽虫」のラストに登場してても凶器になる物を身近に飾るのは奇怪だ。堂々としすぎて近づきたくなくなる。

 変に奔走するより黙って成り行きを見物してるのが一番だった。いざとなったら最後の手段にすればいい。状況はそう悲観したもんじゃなかった。ライフ数は同じ。彼女だって僕のプレイ内容からあらゆるシミュレーションをしてるだろう。

 麗葉が先攻を選んだ。

 資金カードの並びを立神は丁寧に整える。

「天才少女のお手並み拝見といこうか」

「私はそんなものではないよ」

「自分が“作られた者”なのを気にしているのか」

「血筋の配合で天才を誕生させるなど、夢見がちな人間の幻想さ」

「相応の人間にはなる。夢や幻を現実にするのが夢幻倶楽部の意志、人間の想像し得る事柄は具現化できる。“夢幻”を“夢現”に、可能性は“無限”だ」

 立神の陶酔した物言いをちらりとも見ず市場をめくる。

「夢から目を覚ますのだ」

 クローバーの6だ。資金は二人とも四種ある。麗葉はクローバー資金を二枚持ってた。買っても損はない。

「人間は、小さい」

 買わなかった。ボロ株置き場へ放る。

「砂粒なのだ。頑張って石コロさ」

 彼女の例えに立神がふっとほころび、市場を手にする。

「ならば俺は無数の石コロとなって地球を覆おう」

 スペードの9をポートフォリオの中列へ置く。

 麗葉にはスペードの7が出た。捨てる。高めを狙う作戦だろうか。

 対する相手はダイヤの10買いで羨ましいほど順調だ。こんな調子だと6や7を買わないでおくのは分からなくもない。せめて8は欲しい。

 三ターン目。グッドタイミング、ハートの8が市場の頭に露わになった。これは買うしかない。麗葉がカードを摘まむ。

 移動させた先はポートフォリオじゃなかった。ボロ株行き、正気とは思えない。敵の買った二枚と比べると8は見劣りするけど平均よりも上だ、僕なら買う。

 待ったをかける前に立神によりハートの9がめくられた。止めたって無駄だっただろう。負けた自分が横槍を入れたって説得力はない。

 流れは完全に敵にあった。四ターン目にはハートの10を前列の9に重ねた。四枚で38という脅威の株価だ。六ターン目にもダイヤの8を買い、46。平均取得額が9だ、僕とやったときよりずっと水準が高くなってる。早くもあぶれたクローバー資金が、ただ一枚となった。

 こうなっちゃ市場に潜んだ9か10を買い集めるしかない。流れからしてそんな高めが来る気配はなかった。低めをせこせこと買ってジョーカーに怯える以外にない。

 やっと麗葉が動いたのは次ターンだった。市場を引く。僕は反射的に顔を引き攣らせてしまった。やっぱり来たか、と思ったんだ。

「ポートフォリオに銘柄がないとき、これは好きな資金カードの数字をそのままに銘柄化できる、だったね」

 スペード資金である13へ出たジョーカーを携えて後列に置いた。

 そうか、これを待ってたんだ。

 9や10がなくても平均取得額は上げられる。ピエロ野郎に酷い目に遭わされた僕にはない発想だった。

 なるほど、と立神が腕を組んで彼女のポートフォリオを眺める。

「なにか仕掛けてくるとは思ったが、そう来るとはな。しかし6以上のカードを三枚も流したのは失敗ではないか」

「暴落してしまえば資金一枚以上の損失なのだよ」

「前半でジョーカーを当てるとは限らないだろう」

「そのときはそのときさ。それに、“来る”と思っていた」

 ゲーム開始前の言葉を思い出す。

 運を受け継ぐ。

 彼女は僕に言った。こういうことだったんだ。でたらめにジョーカーを狙ったって無謀でしかない。加えて、立神のハイペースな高カードの取得ではっきりした。運の悪いこちらに必ず前半でジョーカーが訪れる、と。

 胸の内が小刻みに揺れた。僕とは格が違う、きっとやってくれる。

 くつくつと喉を鳴らした立神がハートの4を引いた。

「実に楽しい、さすがウルルンだ。俺を高揚させてくれるのはお前ぐらいだぞ」

 捨てる。

 麗葉がダイヤの6買いで中列へ並べた。13と合わせると平均は9を上回る。希望が見えてきた。九ターンではクローバーの7をポートフォリオの前列に連結させる。相変わらず冴えないカードだった。

 平均にするとそう悪くはない。

 待ってれば9か10に恵まれるだろう。資金もクローバーとスペードとハートで三枚ある。合計26。二枚で10を買い、余った一枚は銘柄化すれば逆転勝ちだ。届きそうになかったのに、こうして射程内に持ってこれるとは大したもんだった。

 十ターン目。麗葉は市場を無視した。

 なぜ? 嫌な予感。

 ハート資金を中列にあるダイヤの6へ被せた。

「銘柄化。プラス1で合計27、君の株価まではあと19だね」

 なんでこの場面でなんだ。明らかなミス。

 銘柄化は終盤にすべきだ。ジョーカー予防として余力を残しておくんだ。立神だってそうしてる。ジョーカーに出会わず、あぶれたそのときにするのが常套手段だ。前列にあるクローバーの7が暴落したらどうする。僕には考えが全く読めなかった。

 最悪なことに立神がクローバーの10を引いた。彼は買えないにしても、銘柄化しなければ麗葉が前列に重ねられてたカードだ。せっかくのチャンスを無下にし、相手の暴落狙いでいくしかなくなった。なにをやってんだ。僕と同じ、裏目の原理が働いてる。

 十一ターン目になにごともなく麗葉はスペードの8を買った。一応は高めのカード。計35で総合としてはなかなかだ。

 46には届かない。都合良く立神が暴落するとは考えられなかった。

 彼がハートの7を出した。こいつのツキは絶対だ。一人ロシアンルーレットを成し遂げるほどなんだ、波に乗れば無敵に等しい。

 十二ターン目、麗葉はダイヤの2をボロ株置き場へやった。

「俺がジョーカーに魅入られるのを待っているのか」

 彼女は市場を黙って見つめてる。揺らぎのない双眸だった。一番上にある、これから立神の引くカードがジョーカーであると疑わない視線だ。

 一度、彼の手がぴたりと止まる。麗葉の眼力が具現化して絡んだみたいだった。

 ピエロ出現。

 今度は心強い銘柄としての姿じゃなくて、残酷なる使者としてやってきた。前列にあったハートの9と10の首を根こそぎ刈り取ってボロ株の巣窟へ運んでいく。高めのカードを抱えてるだけに減りも大きかった。

 驚嘆より驚愕した。麗葉が平然となにかしやがったんだ。

 結局、勝負を左右したのはこのターンだ。終わってみると実に呆気ない。麗葉はクローバーの8を、立神はクローバーの9を買ってゲーム終了。43対36で麗葉の勝ちだった。

 テーブル上へ目を馳せて立神が口を開く。

「ポートフォリオゼロでのジョーカー待ち、普通は考えない場面での資金銘柄化。場が荒れて俺にジョーカーが送り込まれたのか」

 銘柄化してなかったら彼女へ二枚目のジョーカーが来る予定だった。麗葉は立神の、立神は麗葉の引く予定だったカードになったんだ。あの十ターン目で強引に運をねじ曲げたと言える。

 僕が同点に持ちこむのがせいぜいだった相手に一発かましてくれてすっきりした。背中をぽんと叩いて、やったな、と褒める。ライフが二対一になり、無理して勝つ必要がなくなった。

 彼女の表情は浮かなかった。

「まださ」

「まだ、て。次は気楽に同点にでもすれば終わりじゃんか。勝って流れもこっちに来るし、楽勝だろ」

「今回は荒らしただけなのだ。いわばリセットさ。次はどちらに転ぶか分からない、やりにくい相場になるのだよ」

 黒い髪を掻き乱す麗葉。自信はなさそうだった。動じてない立神とどっちが勝者か分からない。

 ジョーカー待ち作戦は有効だ。流れの悪さは相手には変えられない。変えようとしたって、それは自滅を呼び込みかねない。どうとでもなれっていう自棄気味なプレイヤーがする分には防ぎようのない武器になるんだ。

 ぴーぴーぴーぴー。

 いきなりちゃちなビープ音が鳴る。内ポケットから立神が出したのは小型のモバイルだった。

「ネズミでも入りこんだか、そこそこの数だな」

 う。

 まずいまずいまずいまずい。僕には心当たりがある。言わずもがな、森里さんだ。なかなか僕が出てこないもんだから、とうとう突入に踏み切ったんだ。

 いまは来てほしくない。

 せっかく優勢になったのに、めちゃくちゃになってしまう。警察の介入がなくたってやれる。仮に麗葉が負けても自分は逃される約束だ。森里さんに情報を与えたのが自分だと知られたら、立神なら即座に推理する。ペナルティが課せられて約束どころじゃなくなるだろう。

 皮肉にも警察が完全なる枷になった。安易に地図を見せたのがいけなかったんだ。良かれと思ってやったのに、たぶん僕みたいな一般人は日々こうして少しずつ間違いを積み重ねてる。

「まぁいい。ここに辿り着くのはまだ先だ」

 どのぐらい先だよ、とは訊けやしない。彼らが来る前に終結させるのが考えられる生存の道だった。

 麗葉が資金を交互に配っていく。手元にはクローバーとダイヤとハートの三種。立神も三種だった。スタートの条件は同位置になる。

 今回も彼女は先攻を選んだ。ジョーカー待ちがある。流れが変わってなくても大丈夫だ。変わってれば変わってたで方向転換する。予知をしない限り、なにが出るかは分からない。後出しでいいんだ。

 一枚目の市場を裏返す。

 おいおい、そう来るかい。

 ダイヤの10が鎮座した。さすがの麗葉も即断即決とはいかない。捨てるにしては株価が高すぎる。運の悪いことにと言うべきか、良いことにと言うべきか、資金にはダイヤが三枚もあった。手札の柱になる一番の成長株だ。

 どう考えても買い。カードを後列へ置いた。

 これだけじゃない。二ターン目にはハートの10。ハート資金は一枚しかないけど買った。三ターン目にクローバーの8。ジョーカー待ちはもうできない。当然、買いだ。いいカードが続いて戸惑ったものの、素直に喜べる風潮だった。運が流れてきてる。

 立神はポートフォリオにハートの7と9、スペードの8を並べた。二枚あったハート資金を消費して、二人の枚数だけを比べると同じになった。合計にはしっかりと差が出てる、28対24。

 流れが完全に変わったと実感したのは以降のターンだった。

 麗葉がダイヤの7やクローバーの7を無駄ターンなしで買ってるのに、立神はさっき使い切ったハートが出る。それも8という高め。一ターン目で7を買わなければプラス1ほど得だった。トランプ株において1が命取りにもなる。

 一見ツキがあるように見えて実質は裏目だ、買えなきゃ無意味。それは転換を表す。僕自身が体験したことだった。

 続けてダイヤの2やスペードの1が出た。奴は低めのカードに魅入られてる。

 六ターン目には早々に麗葉が資金を使い切った。前列からハートの10、クローバーの7と8、ダイヤの10と7と8で合計50。笑いが止まらなくなりそうな株価だ。

 もっとも惚れ惚れするのは、スタート時の考え通りに柱となるダイヤが安全な後列に控えてる点だ。前列が暴落しても40。いまの立神と16も差が出たままだ。資金が三枚あるとはいえ、落ち目のあいつには大きいカードが入らない。粘ると暴落のリスクが高まる。流れが悪くなり、ジョーカーも引きやすいに違いない。

 八ターン目に立神の買えるカードが来た。クローバーの1という底辺中の底辺。陥落を目の当たりにした。運だツキだと初めは胡散臭かったものが、だんだんと面白く感じられてくる。不可視のものがこうして形として表出してるんだ、ゲームの時空とは別のところでなにか不思議な感覚を味わった。

 驚く。立神が資金を支払ったんだ。

 資金の銘柄化をするのと同じ株価なのに! 買ったって買わなくたって一緒、あり得ない買い。クローバー資金は一枚しかなく、株価を上げられない。買うとしたら高めが普通だろう。

 現在の26の差を埋められなくなる。他にスペード資金二枚しかない。9と10を手に入れても届かない。

 狙いはだいたい見当がつく。麗葉の真似事だ。あり得ない動きで場を撹乱し、こっちがジョーカーを引くのを待ってるんだ。そうなったとしてもツキのない彼には高カードが入らない。差は埋まらずにハッピーエンドだ。

 それにしたってクローバーの1買いは異様な雰囲気を醸し出してた。微かな胸騒ぎを起こすに足る行動だ。

 十ターン目。

 立神の思惑かは分からないが、麗葉がジョーカーを食らった。ハートの10が消えて合計40へ暴落だ。しかし相手はスペードの7と8以上のカードを二枚持ってこないとならない、余裕は変わらなかった。

 次ターンの立神の番でクローバーの9が出る。再びの裏目だ。1なんて買わなければ勝ち目はあった。麗葉の運が逃げたわけじゃない、運があったってジョーカーは出る。最善を尽くしてれば勝てるんだ。

 僕は深く考えてなかった。奴の狙いはそんなもんじゃなかったんだ。

 十一ターン目からしばし市場をめくるだけの行為が続いた。立神にはどんどん低いカードが出て異変は感じられなかった。

 そうして迎えた十七ターン目。市場はあと十枚だ。麗葉が引いたのはダイヤの1だった。取引を終えてて関係ないカードだが、そんな低めの数字を見たくなかった。ここ数ターン、そういうのが続いてる。おそらく前半に高めが偏ったからだ。

 待てよ、そうすると──。

 電撃の如き直感がショートして脳内に破裂を起こした。立神が小さくなった市場をめくる。

 スペードの9。

 即買いで合計が34となる。資金一枚残しで差が7。市場は八枚。胸騒ぎの原因はこれだったんだ。問題は市場の中身だった。

「立神は逆転できるのか」

「スペードの5と7と10が残っているね。それに、ジョーカーも」

 スーパーベビーは伊達じゃない、記憶に不備はないだろう。奴はとことん7と10にロックオンしてくる。それに9を当てたいま、彼女にジョーカーを引かせればそこで立神の勝ちだ。ゲームをラストまで長引かせるのは必然だった。

 ここに来て異様だったクローバーの1が活きてる。自分にジョーカーが出ても奴は1が防壁となって消えるのみで痛みなし、7と10のうち一枚が出ても逆転可能だ。知らない間に二段構えになってた。あと四ターンだ、これじゃ麗葉が不利になる。

 ともかくスペードは潰してしまうのがいい。彼女の引きに賭けるしかなかった。

 緊張の十八ターン目。

 スペードの7。ガッツポーズする。敵を援護する蜘蛛の糸が一本切れた。奴の勝つ確率は半減だ。ついでにジョーカーを引いてくれるといい。

 引かない。ダイヤの4だった。

 十九ターン目。

 僕は観戦者とはいえ、地雷の上を歩いてる気分になる。自信のなさそうだった麗葉はもっと重圧を一枚のカードに感じてるんだ。スペードの10を切り落としたあとはノイズなしの地雷ゲームになる。そうなっては勝敗の行方は予測不可だ。流れが続いてるのを考慮すると麗葉が優勢か。

 カードをめくっていく。黒のマーク。数字は10。

 ふざけんな、クローバー。

 三つ葉が憎くなった。びりびりに破り裂いてしまいたい。

 立神も黒いカードだった。ジョーカーじゃなさそうだ。スペードの5。買った途端に麗葉の勝ちになる、もちろんボロ株行きだ。なにかの間違いで買ってくれないかとあり得ない幻想を抱いてしまった。

 残り二ターン、市場四枚。心臓に悪かった。

 テーブルにはぺったんこになった市場の山がある。つるつるした表面をさっと撫でてオープンにした。クローバーの5だ。

 たった三枚しかなくなった。スペードの10とジョーカーと他一枚。

 あっさりと立神がダイヤの6を引いた。

 二枚。鍵になるカードが残ったことになる最終ターンが来てしまった。二分の一だ、勝ち負けがはっきり分別される。上と下、どっちかがスペードの10。自分のプレイ時より願いを強く込めた。

 勝てれば二人とも立神から抜け出せるんだ。生き延びるだけじゃ意味がない。二つに一つの運命、先の人生で大勝負を失敗してもいい。欲はない、この一回を勝たせてもらえたらいいんだ。

 決心したように彼女が肯いてカードを取った。

 ジョーカー。

 なにかの崩落する音が聞こえたようだった。立ってるのが辛くなる。危うく膝が脱力してしまうところだ。テーブルに手をついて堪える。

「とすると残りはスペードの10。ツキが抜けるとここまで追いつめなくては、このカードが出てこないか。それが幸いしたようだな」

 立神が44になった。麗葉は暴落で25。

 大差の逆転負けだ。

「結末を読んでたっていうのかよ」

「言っただろう、このゲームは運次第なんだ、未来を読めるわけがない。その証拠がこのクローバーの1買いだ」

 疑問だった異様なオーラを放つカードだ。ちょいと指先に挟み、ぴんっと弾く。綺麗に回転して僕の方に飛んできた。

「最低一回は暴落するだろうと踏んでの買いだった。防御を固め、前半に低水準のカードばかり出るのを見越して、ラストまで粘れば高めも出てくるしかなくなる」

 流れと理論の複合技だ。決して余裕があるわけじゃないのがミソだった。ぎりぎりだ、二人してやるかやられるかの戦いをしてたんだ。

 勝敗を決定づけた理由が、なんとなく分かってくる。

 振り返ると立神は素直に買ってれば勝てた。暴落を二回もすれば誰だって負ける。麗葉はジョーカーに魅入られてたんだ。

 なぜか?

 前のゲームでジョーカーをおびき寄せる戦い方をしたからだ。場が荒れ、流れが変わってもそこは変わらなかった。ジョーカー待ちならジョーカー待ちを徹底しなくちゃいけなかったんだ。ああいうことをしたあとのゲームは特に。

 でもどうすりゃいい。次は本当に予想がつかない。麗葉が負けたことで流れが循環し、ジョーカーの動きも変わってきそうだ。

 ライフが減って一対一。あとがない。たった一回の負けで命運が分かれる。このトランプゲーム、簡単がゆえに人生が左右されてしまうにはあまりに軽すぎた。軽すぎて重い。満身創痍で負けるならまだしも、一ゲームに十分かかるかかからないかのお遊びだ。だからこそ余計に恐ろしかった。

 麗葉が冴えない表情でカードを混ぜてる。

 微かに物音がした。遠くでドアが激しく開け閉めされてるんだ。天井を立神が見上げる。吊された刀剣が揺れ、近接してる物同士がかちかちぶつかった。お客さんが、だいぶ近づいてきてる。

「そろそろ乱入者が来そうだね。やめておくかね? 不戦勝で良ければ私は帰らせてもらうよ」

 いつの間にかシャッフルを終えた市場がテーブルの中央に準備されてた。彼女は資金カードを切ってる。

「愚問だな。せっかくの流れを止める馬鹿はいない」

 続行と受け止めて絵札を配っていった。一枚ごとに立神の輪郭が晴れやかになっていく。細い目を楕円形にし、唇は弓なりにした。資金のマークがそうさせてる。立神にはスペード三枚、ダイヤ三枚。麗葉はクローバー三枚にハート三枚。

「二種類場。ないわけではないが、この数戦のうちに現れるとはな。さすがスーパーベビー、楽しませてくれる」

 レアな配カードだ、どうしたって通常は三種以上になる。二種だと買いに走れる機会が少ない。買いにくいがためにジョーカーには強くもあり、株価を成長させきったあとには脆くもある。両極端を併せ持つ特性だ、戦い方も違ってくる。

 やってみないとどうなるかは想像もつかなかった。

 三度目も麗葉は先攻になる。下手に変えては余計にややこしい。流れが悪いなら悪いで認識しておいた方が対処はしやすいんだ。

 それが功を奏した。

 一ターン目でいきなりのジョーカー。

 おかしそうにする立神の無邪気さはほとんど子供だ。

「初手ジョーカー。荒れたゲームのあとだ、なにが起こってもおかしくないな」

 どうやら相場の方向性は引き続き麗葉を不利に立たせてるらしい、ジョーカーに熱烈に好かれてる。

 今回はこれが大きい。クローバー資金の13をジョーカーで銘柄化して後列へ置く。

 立神はスペードの4だ。ボロ株へは流さない、支払いを済ませた。僕とのゲームと麗葉との二戦を見てきた者にとっては一見疑問だ。平均以上の6より低い株価で買うのはなんでだ、と。初めは僕もそう思った。

 実はこの場、低い株価でも買っておくのが吉なんだ。買える銘柄はできるだけ買っておかないと大量の資金余りも想定される。後半で銘柄化プラス1の連続にしてしまうのは悪手だ。

 銘柄化できればまだいい。一枚も買えずにポートフォリオゼロで推移してしまったらもうどうしようもない。資金はただのゴミとなる。一枚で11以上になる初手ジョーカーの功績は計り知れないと言えよう。

 立神も黙ってなかった。彼の強運は尽きない。二ターン目にダイヤの9買いだ。株価が並んだ、凡人はこつこつと低めを買い集めるのがせいぜいなのに敵ながらあっぱれだった。資金一枚分のリードとはいえ油断は許されない。

 五ターン目。

 クローバーの2が麗葉に出る。銘柄化プラス1とは1しか違わない、買うか否か際どい株価だ。

 彼女は即断で買った。ここらへんの決断力は常人のそれを超えてる。僕は最低でもカップラーメンを作れるぐらいの時間を迷うだろう。

 六ターン目に立神も引く。ダイヤ。数字は3だ。ダイヤの9へ重ねられる。15対16でリードされた。ゲームの視点が高めを競うものじゃなくなってきてる。買えなきゃ無意味だ。だからといってあくまで株価を比べるルール、数字をおろそかにはできない。いくつ以上の場合に特攻するかが勝敗の鍵になる。

 しばし麗葉は全く引けなくなった。相手は九ターン目にスペードの10を引き入れる。雲行きが怪しかった。立神の運は本物だ、麗葉がいまだ15なのに、彼は26。二種類場において資金を四枚消費して尚且つ6以上をキープできるのは尋常とは思えない。

 やっと麗葉に手つかずだったハート銘柄が十一ターン目に訪れる。4、微妙なラインだ。ここは買っておくしかない、次に買える銘柄が来るかどうかさえ厳しいんだ。中列に並べる。

 心配はいらなかったようだ、次ターンにはハートの7をめくった。ツキが巡ってきたんだろうか。これで立神の26と同等に達する。

 が。

 手に取った麗葉は裏にして弾いた。目をこすってポートフォリオを見てもハートの7はない。捨てたんだ、せっかくの好カードを。クエスチョンマークが僕の頭上にいくつも乱舞する。

 立神がくすくすと口元を押さえながら市場をめくった。ダイヤの4買い。スペード資金一枚残しで計30。ますます差は開いていってる。僕が疑問を言葉にする前にゲームは進んでいった。

「イヴはこういうゲームが苦手のようだな。ウルルンがハートの7を買わなかったのがそんなに不思議か」

 顔に出てたらしい。

「こいつのことだからなんか考えがあるんだろうけど、俺なら買いだ。だってそうだろ、7はよくある資金三種以上の場でもまず買い。二種類の状況なら尚更だ、次にいつ買えるか分からないんだからな。いやむしろ買えないと断定したっていい」

「お前は一つ忘れているな。いまウルルンがジョーカーにプロポーズされているのを。もしこの状況で引けばハートの4もろとも7は消える。買わないのと同じどころか資金一枚分の丸損だ」

「流れはそうだ。でもそれはあくまで根拠のないあやふやなものだろ。この場においては資金を余らさないことを重視すべきなんじゃないのか」

「いいや、実際にテーブルについていない部外者には感じられない空気があるんだ。理屈ではない塊が漂っていて、ジョーカーは必ず現れる。そうだろう、ウルルン?」

 麗葉は無言だった。市場をめくる。スペードの8、買えずに流し。そのあとはひたすらに立神のターンが終わるのを待ってテーブル上を黙視してる。

 両肩を持ち上げておどけてみせる彼がゲームを再開した。

 十五ターン目、ここで麗葉がまたも幸運に恵まれる。ハートの9だ。表情なく手にし、向かうは捨てカードの山だった。

 やめろっ、と思わず手首を握ってしまう。無茶苦茶な行動を見るに見かねたんだ。

「なに考えてんだよ。ジョーカーを引きやすい流れだから引いたあとに買い集めるつもりだろうけど、もう十五ターン目だぞ。素直に進めば六ターンしかねぇのに、このままじゃ資金が余る。ジョーカーを引くにしろ引かないにしろ、一枚ぐらい買っておいたって損はない局面になってるだろ。引かないなら引かないで圧倒的に有利になる。違うか?」

 麗葉の首がニワトリみたいにぐるっと急速回転した。大口が開けられて腕に迫ってくる。お得意の噛みつき。黙って見ていたまえ、てことだ。さっと引っこめると彼女はぽいっとハートの9を捨てた。

 もういい、口出しはしない。どうせ僕は助かる約束だ。自分の命は自分の考えで導くのが本人のためにもなる。高めを捨てたのを後悔するなよ、と胸中で呟いてやった。

 案の定、十六、十七ターン目に買いカードなし。スペードの3を捨てる。市場へ伸ばそうとしてた立神の腕が止まった。ああ、と考え、スペード資金を銘柄化して後列のダイヤへつける。

「スペード銘柄はなくなったからな」

 スペードの3が最後だったんだ。もしジョーカーを引いてもスペードの買い直しは無理で、いつ銘柄化しても同じなんだ。

 立神は計31で手仕舞いになった。結局、平均5以上をキープしてる。

 その点、麗葉ときたら資金三枚を使って19。平均は6以上であっても、十八ターン目にさしかかってる。ほとんど絶望的だ、ジョーカー対策が裏目に出た。いや、ハートの7と9の時点では間に合ってたんだ。それで余ったクローバー資金を立神が資金消費し切ったこのターンで銘柄化すればゲーム終了。35対31で勝ちだった。

 もちろんこれはタラレバ理論だ。ああだったらこうしてればって考えたって終わったことは曲げようがない。だけど、定石通りにしてれば勝てた。なによりもそれが惜しい。

 こうなったら立神がジョーカーを引くのを祈るしかなかった。先頭の銘柄にはスペードの4と10がある、逆転可能だ。神頼みになるのはなんとも心許ないけど、それしかない。

 十八ターン目に彼女がまたもやらかした。こんなところで一枚しかないクローバー資金を銘柄化したんだ。後列のクローバーにつけて計20になる。

 もしや、と思った。直感で次にジョーカーが来ると読んでるんであれば肯ける。立神に資金は残ってないから防ぎようがないって寸法だ。傍観してる僕には感じられないという場の空気で察したのかもしれない。

 彼がめくる。

 ハートの8。

 だよな。

 そんな超能力めいた行為は不可能だ。僕には曖昧な力があるにはあるけど別の問題で、そんな望み通りに能力は目覚めない。じゃあなんだったんだ、いまの銘柄化は。

 十九ターン目。

 クローバーの10が出る。つい一ターン前には持ってたクローバー資金で買えてたんだ。裏目だった。こっちにはハート二枚しかない。10を引けるなんてほとんど奇跡に近かった。だから銘柄化なんかしなけりゃ良かったんだ、せっかくの運を自ら逃してるなんて馬鹿げてる。

 そもそもこうして裏目に幸運なカードが出れば出るほどツキがないことを表してる。ボロクソな展開だ、傍目にも勝てる気がしなかった。

 立神はハートの5を引く。

「これでウルルンの勝ちは半分消えたな」

「半分どころじゃないだろ、あんたの勝ちはほとんど決まってる」

 腹が立ってくる。言われなくたって分かってる。宿題をやろうとしてたのに、宿題やっちゃいなさい、と親に言われたときの苛立たしさを倍にしたみたいだった。

 それは少し違うな、と立神。

「おそらくウルルンはハート資金の二枚に賭けてたんだろう。このハートの5と市場に眠った6を合わせた11。ポートフォリオと足してちょうど31、俺と同点だ。そうなれば互いにライフが消え、サドンデスゲームになるのは当然となる。こんな不安定な二種類場で勝負をかけるのは賢いとは言えないからな」

「だけど、それもなくなったってことは」

「ウルルンか俺か、どちらかがジョーカーを引いてこのゲームは終わる、呆気なくシンプルに」

 買えるなら買えるで同点。買えないんならジョーカーで運試し。めちゃくちゃしてるようで、ちゃっかり保険はかけてたんだ。しばらく一緒にいるわりに、やっぱり底の知れない少女だった。

 二人とも一回ずつ銘柄化をしてるおかげで丸々一ターンが延び、あと三ターン。

 麗葉に焦りや緊張はなかった。二十ターン目へ簡単に突入する。クローバーの7。

 立神も同様だ、クローバーの9。

 二十一ターン目。ダイヤの8。立神、ハートの6。

 ちょっと待ってくれと言いたくなる。なんであんたらはそう淡々と勝敗の決定打になる市場をめくれるんだ。ドラマならここはどきどきわくわくさせながらシーンを引っ張る。週刊漫画だと一週分を二ターンで持たせる。ものの数秒で終えるって、どんな神経してるんだよ、二人とも。

 市場には二枚しかない。

 どっちかがジョーカーで──

 麗葉が引こうとしてる。

「待て待て、んな軽々しくやるな。準備っていうか、心の中でナレーションぐらい入れさせてくれ。あんたは俺の脈を止める気か」

 深呼吸。

 クソッ、関係ないなんて思ってて、この様だ。なんでこんなに動悸がするんだ。喉に心臓が駆け上ってきそうだった。

 もう一度、大きく呼吸する。

 よしいいぞ、と言った。彼女がめくる。半ばにして僕は瞼を閉じてしまった。薄目で黒い柄がぼやけて見えた。ジョーカーも黒だ。

 どっち? どっちだ?

 立神はスペードはもうないと言ってた。クローバーかジョーカーだ。

 麗葉が息をついてる。オープンされたカードにはクローバーの6が印刷されてた。

 残りの一枚が裏返される。

 見間違いようのないジョーカーだ。立神の前列に置いたスペードの4と10が消えて17へ暴落。

 20対17。

「勝ちやがった。このやろっ、はらはらさせやがって!」

 頭をぐしゃぐしゃに撫でてやる。鬱陶しそうに振り払ってくるのも気にしない。ぐっちゃぐちゃにしてやった。髪の毛ぼさぼさのボンバーヘッド。僕は手をがっつり噛まれた。全然痛くない。

 噛め、もっと噛むがいい!

 万事丸くおさまって帰れるんだ。一人で帰るんじゃ後味が悪いと思ってた、自分だけだと心にしこりがいつまでも残る。森里さんもまだ来てない。侵入してるらしいけど、どっかに裏口があるだろう。こっそり出て、後日なにか言われたら適当にはぐらかせばいい。保身が第一だ。

 一刻も早く立ち去りたかった。口元に手をやった立神が視線を固定してしゃべらない。すっと摘まんだのは麗葉のポートフォリオにあるカードだった。後半で銘柄化したクローバー資金だ。

「一つ訊いてもいいか。勝ち負けに難癖つけようというのではなく、ただの質問だ。ウルルンの勝ちは変わらない」

 麗葉が僕の手を離れ、静かに肯く。

「十八ターン目、ウルルンはクローバーかハートどちらを銘柄化するかの場面。ハートは二枚あり、一枚を銘柄化してクローバーと一枚ずつ手広く買い銘柄を待つこともできる。ではクローバーの銘柄化は失敗かというとそうでもない。あのとき市場にハート銘柄は三枚あったから二枚買いを狙うのもありだ」

 彼は言葉を続けながらボロ株置き場にあるカードを数枚抜き出した。

「おかしいのはそこではない。あの場面での銘柄化自体が疑問手なんだ」

 僕も思ったことだ。てっきり次にジョーカーが出るのを察して銘柄化したんだと思った。でも違ったんだ。

「市場にはハートの5、6、8の他にクローバーの6、7、9、10もあった。これがなにを意味するか分かるか、イヴ」

 ぱらぱらと各カードを晒してる。

 いきなり話を振られて僕はたじろいでしまう。ざっと見てもいいカード揃いだ、あのときにこんな残ってたとは。立神が記憶してるなら、麗葉だって覚えてただろう。

 ん? 十八ターン目?

 あれは立神が銘柄化した直後で、市場の一枚分が引かれずに済んだあとだった。つまり市場は九枚あったんだ。

 あ。

「買えるカードを引けるのは一度目だって九分の七。以後のターンはもっと高い確率になって、買えない方がおかしかったんだ」

「そうだ。しかも一番株価の低い組み合わせ三枚を買うと17。ポートフォリオの19と合わせて36になる、俺の31を超えていた」

 楽に勝ててたんだ。なのに銘柄化したら、チャンスを掴みにくくなってしまう。そう考えるとますます疑問だ。まるでとんちんかんな動き。勝とうという意思が感じられない。

「些細なことだ。ウルルンがどの道を行こうとも俺は負けていたんだからな。ただし、教えてもらわなくては今夜は眠れそうにない」

 立神がジョーカーを手にして指の間でめまぐるしく回転させた。なにをした、と麗葉に問う。

 彼女は、ふっと笑んだ。

「物音がしたあの瞬間、市場の上下にジョーカーを仕込んだのさ。幸い私は彼らに好かれていたから、細工をするには十分な距離にあったのだ」

 単純明快だった。

「だから立神に銘柄化されて市場を引く順番が入れ替わるのを拒んだのか」

「意識のしすぎで即座に銘柄化したのは失敗だったがね」

 ジョーカーをテーブルへ投げ、立神は二枚のハートトランプをチョイスする。

「すると十二ターン目、十五ターン目でハートの7と9を買わなかったのはジョーカーを警戒してのことではなかったんだな。資金を残しておかなくてはならなかったわけか。それと一枚でも買ってしまえば、のちに同等か大きいカードを買わないのは不自然になる。怪しまれては、せっかくの百パーセント勝利を流しかねない」

 彼女が肯定する。

 そんな深いところで戦ってたとは思わなかった。九分の七といっても必勝にはならない、ジョーカーが混ざってて負けか同点になることもある。百パーセントを選ぶに決まってる。

 ゲーム中にバレてたら中断か反則負けを言い渡されてた。ハイリスクハイリターンだ。

 彼の瞼の細い間から鋭く凝視してる目が二つ。やり直しだとでも言うつもりか。さっき麗葉の勝ちは変わらないって宣言したんだ、ちまっこい嘘や言いがかりはつけないだろう。

 強行突破することにした。

「よし、俺らの勝ちだ。約束だからな。勝ちは勝ち。もうつきまとうなよ、それじゃな。ほら、麗葉も帰るぞ。あ、そうだ、小説できたんだって? 読む読む、早く読ませてくれよ」

 彼女を立ち上がらせて引きずるように一歩を踏み出す。

「待て」

 お声がかかりました。振り向きたくない、振り向くしかない。

 テーブルへ初めに突き立ててたナイフを彼が抜いた。

 僕らを殺す?

 ゲームを汚した標的には容赦しない、それが自然体だった。こうなりゃ無事に済まないのを覚悟でやりあうしかない。

 ナイフがかざされる。投げるつもりかよ。素手で距離があるこっちは、やりあうどころじゃなくなる。逃げ場もなし。無傷で帰るのは諦める、急所だけは防ぐんだ。

 高速に腕が振り下ろされる。刃の煌めきが光った。僕は麗葉に伏せさせて頭部と心臓を庇う。

 鋭く突き立つ響き。

 腕には刺さってない。体でもない。

 どこにもナイフはなかった。それもそのはずだ、立神がテーブル上に置いた片手へ向けて垂直に立ててる。テーブルを転がる物があった。

 指だ。

 彼は結婚指輪披露の如く左手の甲を表に掲げた。

 リングがされる役割の指がなくなってる。赤い雫が伝って袖口へ細く流れてく。指を拾ってちゅっとキスをした。

「俺はイヴにライフポイントの交換として薬指切断を提案した。お前は断ったが、俺はやる。これでもう一ゲームできる」

 なんだって?

 胸の奥が気持ち悪くなる。物理的に近づき、わりと立神荘士という男を理解したつもりだったが、人外の魔物に見えた。かかわるな、と真っ赤になった警鐘が喚いてる。

 麗葉がイスへ向かおうとした。抱くようにして僕が止める。

「いいや駄目駄目、断固として駄目だ! 薬指の提案はあくまでお前の趣味だろ。俺らはそんなもんにちっとも価値を感じてないし、勝手にされたって困る。いきなりぶった切って、はいやりましょう、なんて言われて了承すると思ってんのか。あれだろ、どうせお前は取り返しのつかない行動に出て罪悪感を植え付けようってんだろ。やらざるを得ない状況にしようってさ。無理、無駄、そんなことしたってやらない。俺らからの妥協案は一切なし、ここでお別れだ。じゃあな!」

 早口にまくしたて、麗葉の腕を掴んで引こうとする。

 抵抗された、ちっとも動こうとしない。長い前髪に見え隠れする彼女の真っ直ぐな視線がもう一ゲームを望んでる。

「熱でもあんのか? 負けたら一生立神の下につくんだぞ」

「薬指があるさ」

「馬鹿か。指一本なくなったら色々不便だろ、分かってんのか。キーボードだってまともに打てないし、そうしたら小説も書きにくいぞ。それは嫌だろ」

「私は右利きだ、手書きにすればいいのだ」

 ああ、これこそ無駄だ。一度言ったら聞く奴じゃない。わがままで自分勝手に我が道を行く雇い主。それが僕の中の比佐麗葉だった。

 麗葉が、それに、と付け加える。

「奴を納得させる形で終わらせないと結果的になにも変わらないのだ。イカサマでも流れは来ている、次も勝てる、気がする」

「なんパーセントだよ」

「五十」

 僕の腕を解いた彼女がウッドチェアーに腰掛けた。おいおい、それじゃ当たるも八卦当たらぬも八卦じゃんか。

 天井を見上げて脱力する。刃物が無数にぶら下がってる。あのうちの一本が偶然落ちてきて立神を串刺しにしてくれたらいい。

 無理だろうな。

 僕も戻った。

 立神は歯と右手を使って薬指のあった部分をハンカチできつく結んでる。

 テーブルの隅には失われた指が無造作に転がってた。綺麗でグロテスクに感じなく、作り物みたいに見える。断面がこっちを向いてなくて良かった。

 そしてカードを集めた麗葉がシャッフルしようとしたときだ。扉が荒々しく開け放たれた。

 僕の心臓が一拍停止するのを感じた。




五月病にはご注意を(・´ω`・)



次話更新予定は来週頃です。


Next:「■無敵のち雨」

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