■トランプ株(2)
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二ゲーム目。立神の資金はクローバーとスペード、ダイヤの三種で二枚ずつだった。僕の手元にあるのはハートが三枚に他が一枚ずつ。四種だと買いやすくて強みになる。あぶれる一種はジョーカーが出たときの予備と銘柄化を兼ねる。まずまずの有利な配カードだろう。
先攻を立神に譲ってゲームスタート。クローバーの6買いで後列に置かれる。僕がめくったのもクローバーだった。対戦者を上回る9だ。前列には置きたくない。後列へ持ってくる。
二、三ターン目でダイヤの6とスペードの7を仕入れた立神に対し、僕はハートの4を流したあとスペードの10を招く。もちろん買いだ。クローバーの9よりこっちを後列にしたくなる。位置の変更はできない、中列へ並べる。
大層な文句を垂れてたのに相手の手は地味だった。資金を三枚消費して19。こっちは二枚で同等の株価だ。確かに一ゲームの中に流れはあるかもしれない。カードはどんどん使われていくため、残ったものが自然と波を作るんだ。
奴が誤解してるのは、ゲーム毎にシャッフルされる点。丸ごとリセットされるんだ。僕が流れを手放したとして、今ゲームには影響されない。この二ゲーム目は再び最高の運が巡ってきてる。弱気になるな、勝ち目はたっぷりある。
それを確信する局面が来た。
六ターン目。立神のポートフォリオは前列からスペードの7、ダイヤの6と8、クローバーの6。対する僕が合計19のまま。
市場がめくられた。出たのはジョーカーだ。スペードの7が暴落する。立神は資金二枚で、合計20へ陥った。完全にツキが降臨してる。僕には後光が射してそうだ。
参ったか、と見るとポーカーフェイスで手元のカードを撫でてた。勝てばライフを一つに減らせる。次に同点にでもすれば麗葉の番なくして勝ち、問答無用に解放だ。
いける。
そろそろなにか欲しかった。奴の片眉を歪ませるカードを。
ダイヤの10。
感情を押し殺してはいられなかった、嬉しさがどうしたって溢れてくる。買えば差が更に広がる。ジョーカーを警戒しなくちゃいけないけど、市場にはたったの一枚しかない。ツキにツいてる僕が引くとは思えなかった。
調子に乗るな。脳内の頑固オヤジがちゃぶ台を引っ繰り返す。思考が自分寄りに過熱してしまってた。資金はあるが、冷静になると買えないカードだ。
「流し。ターン終了だ」
「ほう、せっかくのチャンスを流すか。賢いとは言えないな」
その手には乗らない。
こう考えたらどうだろうか。ダイヤの10は魅力的だ、市場が少ない終盤の展開でなら間違いなく買う。しかし買ってしまうとポートフォリオは埋まってハート資金が三枚も余る。三枚を銘柄化すると32。相手の資金が二枚しかないとはいえ、届く距離にはある。そして、10が単体最高の株価でも、それはハート三枚で平均4以上のやや低めを買えば余裕で上回るんだ。
立神はゲーム制作者だ、理屈を分かってる。6以上であっても手癖で買ってしまうのはミス。あたかも全部が運頼みみたいに言ってるのは嘘だ。理詰めも必要なのはやってれば分かる。
七ターン目に立神はクローバーの7を後列に重ねた。九ターン目にはスペードの8を前列に置いて資金打ち止めになる。合計で35。もはやもがいたってそれより株価は上昇しない。じっくり追い上げるとしよう。
同ターン、ついにハートを当てる。6だ、空いた前列へ並べた。25になって、差は10。次ターンには7を引き寄せた。文句なしの買いだ。
3以上が来ればあぶれのダイヤ資金を銘柄化してゲームエンド。それだけじゃない。立神がジョーカーを引けばスペードの8が消えて計27。ジョーカーがなくなって株価が変動しなくなり、僕の勝ちになる。
絶対的な有利だった。
立神の番だ。ジョーカーが出るのを祈る。引っ繰り返すときに黒っぽいのが見えた。期待を吹いて膨らんだ風船がしぼんでいく。スペードの8だった。
まぁいい。
めくった市場カードはハートの2。おしい、もうちょっと高ければ即買いだった。どうするべきか。2を加えると計34。ダイヤ資金の銘柄化で35。百パーセント引き分けられる。
立神のライフが一、麗葉が二。麗葉も同点に持ちこめば生還が約束される。
そんなのは駄目だ。俺よりずっと上手くやるとしても運の比率が大きいこのゲーム、どう動くかは分からない。麗葉が一度でも負ければ一対一。追いつめられる状況になる。
なにより、勝てるゲームを捨ててどうする。前ゲームで無難な選択して勝ちを逃したのはどこのどいつだ。過ちを繰り返す人間ほど愚かなもんはない。
ハートの2も当然流しだ。
十二ターン目、ハートの3を立神が引いた。
すぐ下に一つ高めの株価があるとは。だけど並びがいい感じだった。望むものを引くのは近いとみえる。僕に有利なように偏ってるんだ。
違うな、と彼が言った。
「見当違いも甚だしい」
「なにがだよ」
「運が来てるとでも思ってるんだろう」
こいつは心を読めるんだろうか。
「逆だ。このカードを引けなかったのは運が離れてる証だと言える」
「なに言われようと俺の有利は変わらないぜ。ハートはまだ何枚も市場に残ってる。俺の記憶が合ってるなら、一枚であんたに勝てる株価だ。例えば、この──」
十二ターン目の自分の市場を気取って指に挟み、はらりと下ろした。
スペードの9。
買えもしないクズカードだ。やっぱりドラマみたいには格好つかない。
「疑うなら寝ぼけた一般人の大好きな理屈で説明してやろう。俺の番で、いま十三ターン目になる。市場は何枚残ってる?」
「十八枚だろ」
ご名答よく分かったな、と茶化してくる。馬鹿にすんなと言いたい、僕は勝つ気でいるんだ。制作者よりトランプ株の理解度が上回ってる自信があった、なにを訊かれたって応えられる。
「そのうちハートの枚数はいくつだ」
はい? いきなり反則な質問だった。
「んなの分かるわけないだろ」
「四枚だ。5、8、9、10の四枚」
まさか覚えてるってのか。他のカードならまだ分かる、立神はそれぐらいカウントできるだろう。現に一ゲーム目の最後の一枚を記憶してる感じがした。
しかしハート資金は僕が三枚全部持ってる、わざわざ押さえなくてもいいカードだ。十二ターンで場に出たのは二十四枚。四種のマークと1から10までの数字、単純だからこそ覚えるのは至難の業だ。どれが出て、どれが出てないかなんて分かるわけない。
分かるわけがない?
「そうか、分からないんだ。今度はそうやってハメるつもりだろ。俺が記憶してないのをいいことに適当な枚数を言って弱気にさせる作戦だな」
「じゃあ仮定としよう。十八分の四の確率でハートを引ける。そして──」
市場がめくられる。クローバーの5。
「──これで一七分の四。約四分の一の確率になる。逆に言えば、四分の三はボロ株。そのうち一枚がジョーカーだ。自信満々でいられるか?」
弧を描いた唇の隙間から白い歯が光った。言ってることが真実だとしたら無事にハートを買えない方が多い。
まやかしだ。二人で交互に引いてるんだ、どっちかは絶対ハートに当たる。四枚が四枚とも一方のもとへは来ない。四枚もあれば足りる。
「ああ、自信満々だね。第一、初めに確率じゃ説明できないもんがあるって言ったのはあんただろ」
「確率を全部否定したわけではない。ある程度までは必要なものだ。千粒の米粒の中に一粒だけウジ虫が混ざっていたとき、ウジ虫を摘まみはしないだろう? 確率も存在してはいるんだ」
稀にウジ虫を摘まむ者もいるがな、と片肘をついてこめかみを押さえてる。市場カードの山が怪しくオーラを纏ってるみたいだ。さっきとなにも変わらないのに、引きたくない気持ちが滲み出てくる。
理屈とか理論とか関係ない、立神の発する無言のプレッシャーが場を呑んでる。猛烈にゲームを降りてしまいたくなった。カードの裏表紙に指が吸いついて離れないんだ。指が重いのか、カードが重いのか、とにかく一枚を摘まむのにも苦労した。
鼻の尖ったピエロが玉乗りとお手玉をしてる。
「出やがった」
ジョーカー。嫌な予感はしてたんだ。だからってこんな場面での銘柄化は余計にわけが分からない。引くしかなかった。
てことは、どうなる。前列が暴落する。前列には、ハートの6と7があった。13も株価が下がってしまった。合計が19になる。急激な変動だった。なんで僕はこんな大きい銘柄を前列に置いてるんだ。
いや、それはしょうがない。市場をめくった順番のせいだ。初めにクローバーの9、これは中列か後列に置くのが普通で、次にスペードの10だった。これを中列に置いたんだ。あの時点ではそうするしかない。判断は狂ってない。
それからハートの6が来て、続いて7。合計13。
ジョーカー。暴落。消失の必然。
残り19。資金は二枚ある。立神との差が16。八ターンもあるなら狙える。悪材料も出尽くしでのんびり集めればいい。むしろこれは望ましい展開だ。相手の株価を指標に買える。
いける、いける。
十四ターン目、立神は微動だにしなかった。思考してるにしてはおかしい。資金のない立神のできる行動は一つ。
「焦らしプレイは好みじゃないんだ、さっさとしてくれ」
「自分の資金をよく見ろ」
なんのことだ?
言われるままにする。見なくたって分かる、ハートとダイヤが一枚ずつだ、異変はない。
彼はすっと息を吸った。
「ジョーカーがなくなったせいで片方はあぶれて銘柄化するしかない。もう片方では10を買ったとして、合計は30。俺の35には届かない」
詰みだ。
静かで無情な一言が胸に刺さる。なんで、こんな結果になるんだ。数ターン前まで圧倒してたのに、変だ。最低でも引き分けの計算だった。小学生とバトンタッチしたって勝ててた。
何度見てもカードの数字は変わらない。一ゲーム目と違って駆け引きもなかった。純粋に僕が選んで、こうなったんだ。
「麗葉も見てただろ、俺、勝ってたよな。ハートの3以上が出るだけで良かったんだ、楽勝だった。なんか間違ってるか?」
「合ってるさ。ただ──」
肩に小さく温かな手が乗った。
「──君には運がなかったのだ」
「そんなの……」
そんなのありかよっ!
テーブルを殴りつける。立った拍子にウッドチェアーが倒れた。
運のなさ。そうなんだ、決して運は良くない。中学時代の事故からずっと最悪だった。努力したってどうこうできるもんじゃないんだ。みんなそうだ、夢を追う大部分が志し半ばに挫折する。究極に努力をしたって辿り着けない人間がいる。努力しないで上手く立ち振る舞える人間もいる。
運はいくらだって存在してる。
「悔しいか、イヴ」
「負けは負けだ、おとなしく代わる」
「再チャレンジの権利がないでもないぞ」
麗葉と交代しようとする僕にそんなことを言い出した。
引き出しを探って出したのはごついナイフだ。木の枝ぐらいは難なく切り落とせる威圧感があった。
テーブルに突き立て、
「薬指を切断しろ。ライフ一個分にしてやろう」
恐怖の提案にリアクションができなかった。薬指とライフの交換。予想だにしてない展開だ。
麗葉が負ければ自分も終わる。立神は自身を超える者は手放すと上戸さんが言ってた。能力が高くとも、思想は人それぞれ違う。自分の思想を汚されては意味がないんだ。
彼女の話しぶりからすると立神を超えて反抗をしなければ生かされる。有能は有能と認めての判断なんだろう。奴にとって無能こそが悪なんだ。
ここを無事に出て平穏な日々を暮らすには勝つ以外にない。負けると、最後のステージにまで進んだ僕は少なくとも夢幻倶楽部とやらの下っ端ぐらいには任命されるだろう。どちらがいいか? そんなもん決まってる。
垂直に立った刃に沿って薬指をセットした。冷たい感触が皮膚へぶつかる。犯罪組織なんかに入ってたまるか。
柄に力を入れる。
横から衝撃が突進してきた。よろめいてこけそうになる。麗葉だ。僕の立ってた位置で立神へ顔を向けてる。
「君の目的は私を屈服させて夢幻倶楽部へ招くこと、それと伊吹の真価を問うこと。違いないね?」
「それがどうかしたか、ウルルン」
「私は正直そんなものに入るつもりはない。勝とうが負けようが拒否する。命を狙われようと、だ。ただし例外として、一つ条件を呑めば考えてあげてもいい」
なんだ、と訊き返す。
ウッドチェアーを元に戻した彼女が座った。
「勝負の如何にせよ、伊吹を狙うのは今後一切やめるのだ」
「条件を呑まなければ一生ウルルンが我々側につくことはない、か」
肯き。
「イヴにはなにかあると読んでいるんだが、いいだろう。負けた場合は問答無用で俺の右腕になってもらうぞ」
それでいい、と応える麗葉。僕を置いて迅速に話は終結してしまった。納得のいかない話だった。
「なに勝手に決めてんだよ。俺はやるぜ、指一本なくなったって死にはしないし」
「お返しさ」
彼女が僕を見上げた。
「ニトログリセリンをぶちまける私の作戦を誰かさんが潰したのだ。借りは返させてもらう」
意思のはっきりした色が瞳を淀みなく塗ってる。初めのステージのことを根に持ってるとは暗い奴だ。きっとなに言ったって聞かない。
頬を掻く。
「しょうがねーなー。分かったよ、立神を倒すのは譲る。た・だ・し」
頭を撫でてやり、絶対勝てよ、と言った。即座に鬱陶しそうに振り払われる。
麗葉がカードを集めてシャッフルする。
「心配をしないでくれたまえ、君の運は受け継ぐ」
受け継ぐ? なにを受け継ぐって?
僕の運? 一番やっちゃいけないことだろ、それは。最悪の流れなんだ、負けるつもりか。
資金を配る彼女の横顔からはなにも読み取れなかった。
次話更新予定は来週頃です。
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