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■トランプ株(1)

※お願い


少しでも上達したいので、なにか思うところがありましたらコメントをお願いします。

批評といった大層なものでなくとも構いません。

「ここのシーンが面白かった」や「ここがつまらなかった」など言ってもらえればありがたいです。

1つでも多くのヒントが欲しい状況なので、

素直で率直なコメントをお待ちしています。よろしくお願いします。

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2:「作者紹介ページ」>「◆メッセージを送る」

3:メールフォーム

  http://www.formzu.net/fgen.ex?ID=P47878715

 立神荘士が無防備に背中を向けて歩いてる。近くに仲間はいない、相手は実質一人だ。不意打ちで倒せないものだろうか。

 たぶん成功しない。こっそりと逃げるのはどうだ。

 きっと失敗する。

 どこで誰が見張ってるとも分からないし、廊下は二度曲がったあとずっと直線だった。身を隠す前に感づかれたら狙い撃ちにされる。警察が侵入した騒ぎのどさくさに紛れでもしないと脱出できない。

 そういえば麗葉にはまだ言ってなかった。森里さんがいつ姿を現してもおかしくない。あらかじめ教えておけば対処しやすくなる。

 耳打ちをしようとすると立神が止まった。ラストステージに到着したんだ。カンヌキ錠を外して重厚な扉をスライドさせる。短い階段を下りて彼は振り向き、どうだ、と嬉々とした表情で両腕を広げた。

 鋭利な煌めきが埋め尽くしてる。国籍を問わない刃という刃が天井に吊されてた。日本刀やRPGに出てくる剣はもちろん斧や鎌まであった。一室の大部分は棚が整列してて、そこにも剥き出しの刀剣類が飾られてる。図書館の本が化けたみたいだった。インテリアにしてはスリル満点だ。地震で棚が倒れてきたり、紐が切れたりして垂直落下してきたら漏れなく死ねる。足を踏み入れるのも勇気のいる場所だった。

「刃中の羽虫」

 呟く麗葉。

 正解、と立神が声を張り上げた。

「トスミに暗唱させたウルルンの小説をモデルにしてみた。やや規模が大きいけどな。最高だろう?」

 吹き抜けの天井やスペースは体育館を上回る広大さだ。何本の刃物があるんだか数える気になれない。全部が本物なんだろうか。脇の小さい棚にぶら下がった中世の似合う剣をまじまじ見つめる。

「おっと触るなよ、ケガをするぞ」

 出しかけた手を引っこめる。その言葉はそのままの意味ともとれるが、武器として使おうとするなら撃つぞ、と聞こえた。鼻からそんなつもりはない、近接用の武器で飛び道具に対抗するのは無謀だ。誤解で殺されたくなかった。

 棚は神経質なほど綺麗に並んでて真っ直ぐに道を形作ってる。それが途切れる部屋の中央にはぽつんとテーブルがあった。畏怖するかのように周りの棚が離されてて空間ができあがってる。さながら、林の中の空き地だ。

 ゲームをこの場所で行うのは間違いない。万が一、刀剣を使う場面になっても離れすぎてて届かないだろう。走ったところで五秒はかかる。その間にずどんっだ。

 テーブルにはカジノ風のグリーンマットが敷かれてる。変わってるのは、白いラインでマスが描かれてることだ。七つのマスが縦に並んでる。真ん中──四マス目の左右には少し大きめのマスも一つずつあった。

 立神がウッドチェアーへ座る。

「まずは、おめでとう、と言っておこう。リスク管理については合格点に達しているのが分かった」

 これほど嬉しくない祝福の言葉はない。勝手に目をつけられて勝手に危ない橋を渡らされ、得る物といえばなにもない。失うか失わないでいられるかの違いだ。せめてアトランチス旅行チケットなんかを賞品にしてほしい。

「そう恐い顔をするな。安心しろ、もう命のやりとりはしない。ここまでくれば、もはや必要もない」

「じゃあとっとと帰してくれてもいいんじゃないか」

 ちっちっち、と人差し指を左右へ揺らす。

「あと一つ絶対的に必要なものがある」

 スーツの内側へ突っこんだ手にはリボルバーが握られてた。グロック17とかいう拳銃以外にも持ってたんだ。焦燥感めいた高鳴りが僕を小刻みに震えさせる。

 弾倉を開いて、五発分をテーブルへ撒いた。一発を残して弾倉を高速回転させてる。装填。なにをするのかと思えばおもむろに自らのこめかみへ銃口を当てた。ロシアンルーレットだ。命のやりとりうんぬんと言っておいて、負けが直接死に繋がるゲームをしようってのか。

 立神は糸目にして笑んでる。

 一瞬の出来事だった。

 かちかちかちかち。撃鉄が四度往復。

 五度目、天井へ向けて爆音。

 六度目をゆっくりこめかみに当てて再びトリガーを引いた。銃声と硝煙の余韻に混ざって響く撃鉄の空音。天井の破片が照明で輝きながら降りてくる。

 細く息を吐いてリボルバーを傍らに置いた。奴はいったいなにをしたんだ。五発目に実弾が込められてると分かってたのか。

 そんなわけない。動体視力がいくら優れてても、あのシャッフルは見える速度じゃなかった。いまこいつは死んでてもおかしくなかったんだ。一人ロシアンルーレット。これはむしろ頭蓋に風穴が空く確率の方が遥かに高い。

 必要なのは運だ、と彼が言う。

「どんなに切磋琢磨して知能を磨いても鍛えようがない。人間は確率でしばしば物事を判断するが──」

 いま正に僕が考えてることを見透かされた。黒々とした瞳がこっちを真っ直ぐに向いてる。心の中を探られてるようで気持ち良くない。確率で動くに決まってる、なにが悪い。考えなしに動く人間は落ちぶれる。

「──その考え方は無意味、ナンセンス、真実はない。運、いわゆる運ってもんが個々には備わってる。原理原則は俺でさえ紐解けていないものの、確かにあるのは事実だ」

 真っ向からの否定に身を退く。横たわるリボルバーが鈍く光った。まざまざと見せつけられたいま、非現実的な戯れ言へ反論したくてもできなかった。

「俺はこれまで成功確実と思われた仕事が失敗に終わる場を幾度も目の当たりにしてきた。いるんだ、運に見放された奴っていうのが。そういう人間はどんなに優れていても使えない、ギャンブル借金を苦に自殺する連中と同等でしかない」

「あんたと同じ方法で運試ししろってのか」

「これはもういらない」

 無雑作に払い除けられてテーブルを落ち、よくワックスがけされた床を滑走するリボルバー。弾丸も五つ跳ね転がっていった。

「ロシアンルーレットでは俺が楽しめない。運に恵まれた人間かどうかは自分の肌で感じられる方法でなくてはな」

 テーブルの脇を探る。引き出しになってて、取り出したのは紙製の箱だった。こっちに放ってくる。馴染みのあるチェックの青い柄──トランプだ。ビニールの包装がついてる新品だった。

「俺の考案したトランプゲームで見定めようと思う」

「今度はどんな仕掛けだよ。負けた途端、日本刀でも飛んでくるのか」

 ああこの部屋か、と楽しげに周りを見渡す立神。

「全部オブジェだ、最後の舞台にはなかなか雰囲気もあっていいしな。ウルルンに喜んでもらおうと思って飾っただけのこと。洒落た仕掛けは一切ない。さっきも言った通り、命のリスク管理についてはもはや試さない。試すのは運だ。安心しただろう?」

 緊張はほぐれなかった。しかし心の底でほっとしてる自分もいる。甘い言葉が罠かもしれないっていうのに、人間は単純だ。

「イヴ、トランプをシャッフルしてくれ。トリックがないか調べてくれても構わない」

 唾を飲みこんで僕はウッドチェアーへ腰掛けた。ビニールの封を切って恐る恐る開ける。新品トランプに見せかけた小型爆弾で、見抜けずに爆発させたら終わりっていう結末は呆気ない。でもこの道具がこれから使うってんなら立神に触らせたくなかった。

 拍子抜けする。特に仕掛けなし。麗葉にも確認してもらう。一枚一枚、裏と表を注意深く疑っても異変はなかった。真っ新なトランプだ。

「気が済んだら、その中で絵札だけを全部抜き、それぞれ混ぜるんだ」

 どんなゲームなんだ。テーブルのマス目を使うようだけど想像もつかない。

 トランプの山が大小で一つずつ。片方は各マークの1から10、合計四十枚とジョーカーが二枚。小さな方は絵札11から13の十二枚だ。

「ジョーカーを含めた四十二枚は中央のマスに置く、“市場しじょうカード”とでも呼ぼう。絵札の方は交互に配り、一人六枚を持つ。これはオープンにして構わない」

 言われるままにする。なんだろう、空気が過去のゲームとは別物だ。立神とトランプを囲うなんて思ってもみなかった。どうしても気が緩んできてしまう。寝ちゃ駄目だ寝ちゃ駄目だと意識しつつ眠りに落ちてしまううたた寝気分と瓜二つだった。

「マークごとに絵札を整理し、相手に各何枚あるかを分かるようにする」

 ここで初めて立神がトランプに触れた。縦に連なるマス目に対して右側に置いた。僕もならって並べる。

「これは資金だ。マークをゲーム内では“銘柄めいがら”と呼ぶが、これが合えばどんな数字のカードでも購入できる」

 ぼんやりとゲームの形が見えてきた。資金で有利な数字のカードを買って合計でどっちが勝ちかっていう内容だろう。

「株式売買をモチーフにしているのかね」

 横に立つ麗葉が口にした。

 その通り、と指差す。

「一応『トランプ株』がゲーム名だ。極限にまで単純化して原形は名称ぐらいしか残していないけどな」

 立神が中央の市場カードとやらをめくる。ハートの5。

「口で説明するよりは練習としてやってみた方がいいだろう。ゲームは順番に市場カードをめくることで進行する。数字は株価を表している。買わない場合はボロ株置き場に裏向きで流し、買いだと思ったら資金カードを一枚消費して手元のマス目三つの好きな場に置く。このマス目は“ポートフォリオ”代わりだ」

 資金である絵札を一枚掲げる立神。

「さっきも言った通り、銘柄の一致が購入の条件になる」

「めくったカードがハートなら、資金もハートじゃないと買えないんだな」

「物分かりがいいな。こうしてハートを持っていれば消費資金置き場へ捨てることでハートの5を無事に手に入れられる寸法だ。この時点で市場カードは“銘柄カード”となる。以降のターンで更にハート銘柄を買った場合は数字が見えるように上へ重ね、合計が株価とされる」

 既に同じ銘柄があるときは他のマスには置けないんだ。違う銘柄を買う場合は強制的に他のマスへ並べるんだろう。

 妙だ。

「手元のマス、ポートフォリオって言ったっけか。それが三つしかないぞ。銘柄のマークは四つで、一つあぶれる計算じゃんか」

「銘柄は三種までしか買えないってことだ。マスが埋まっているときはポートフォリオからどれかが消えるまで無条件に流す」

「なくなることがあんのか」

「ジョーカーを使う。めくったものがジョーカーだったとき、中央にある市場カードの一番近くに置いている銘柄が暴落したと見なしてボロ株置き場へ葬るんだ。ジョーカーも一緒にな」

 そうすると、高い株価のカードは市場カードの山から離しておかなくちゃならないな。置く場所を誤ればせっかく望んだ銘柄を買えてもジョーカーで無情にも暴落してしまう。いつ出るかは運。スリルたっぷりってわけだ。

「ジョーカーで空いたポートフォリオには改めてどの銘柄を置いてもいい。資金がなくなればやることはなくなる。資金が余っていても市場がなくなればゲームは終わりだ。先に二人の資金がなくなったら同様にそこで終了する。銘柄に関係なく合計の株価が大きい方が勝ち。簡単だろう?」

 市場をめくるよう促される。スペードの8だ。山には1から10のカードしか入ってないんだ、高い株価に部類する。同銘柄の資金もあった。買いだ。

 ジョーカーを警戒して市場から一番離れたマスに置いた。これで次ターンにジョーカーが出たらどっちにしろ暴落するが、それは防ぎようがない。

 立神がスペードの6を引いた。資金カードを捨て、銘柄をポートフォリオ中央へ並べる。

 僕の番だ。ダイヤの2。ゴミ株価だった。ボロ株置き場へ流す。

 練習なのもあってゲームは軽快に進んだ。四十二枚の市場カードを使い切るのに時間はかからない。市場が残り僅かで僕と立神のポートフォリオはもう埋まってた。株価合計は27対26で僕の劣勢。

 立神のターン。

「ああ、そうだ。ちなみに自分のターンで市場をめくる前でなら、資金はいつでも好きな銘柄の株価“1”として扱える。ただしポートフォリオになにかしら銘柄があるときに限る。既に所有している銘柄へ資金カードを乗せて株価をプラス1。これは市場をめくる前に宣言し、めくらずにターンは終了になる」

 てことは、市場が一枚余分に残ってターン数が延びる。有効利用の方法はいまいち思い浮かばないが、先々の展開でキーになりそうだった。

 資金の銘柄化、と彼が早速宣言する。自らの一番手前に並べたダイヤの10へ資金クローバーを重ねた。ダイヤ銘柄の株価が11になる。総合では28。差は2だった。追いつける範囲だ。

 市場をめくる。

 ハートの1。ふざけてる。資金は二枚あるが、ポートフォリオにはハートがなかった。

 どちらにしろ1を買うんじゃもったいない。流しだ。

 立神がめくり、微笑した。市場の山頂でジョーカーが踊ってる。暴落を意味してた。計算しなくとも逆転が分かる。市場に近い銘柄はハートの5と6の組み合わせで最も成長してた銘柄だった。ボロ株行きになって合計は17へ成り下がる。

 大差で優勢になった。ジョーカー様様だ。相手は資金一枚、こっちは二枚で9の差。もはや勝ったも同じだ。

 僕のターン。市場へ触れかけ、やめる。まだジョーカーが市場に入ってる。連続で出るってことはないと思うけど念のため銘柄化を宣言しておいた。ハート資金をポートフォリオのダイヤ銘柄につける。市場を引かずに済むし、差は10に開いた。市場に10より高いカードはないんだから次のターンでも銘柄化を宣言したら勝ちだ。

 立神は構わずに山をめくった。スペードの10だ。当然ながら買い。ジョーカーのあとに10を引くとは、なんて野郎だ。圧倒的に離れたと思ってたのに差がゼロになった。

「俺のトレードは終了だ。負けた、か」

 僕は銘柄化を宣言する。プラス1で27対28。

 紙一重の勝ちだった。

「いまはたまたま同時にトレードが終わったが、片方が早く終えるケースがあるだろう。そのときは相手も終わるまで自ターンでは市場をめくってもらう。株価の銘柄化を宣言するとき以外は必ずめくるんだ」

「高い株価で終わらせても相手がトレードを続けてれば、こっちがジョーカー引いちまって暴落するかもしれないんだな」

 早く終わらせない方がいいんだろうか。いや、長引かせても同じだ。市場の残り数は決まってるんだから、余計にジョーカーを引きやすくなる。相手のペースを読んで、それとの兼ね合いでやっていくのがいい。

「これがトランプ株だ。質問はあるか?」

 口元に手をやって黙ってテーブル上を見てた麗葉がボロ株置き場からジョーカーを拾った。

「ポートフォリオに銘柄が一切ない状態でこれを引いたらどうなるのだ、流すのかね」

「いい質問だ、それを忘れていたな。流しても構わないが、そのときだけは例外として資金の数字が違う意味を持つ。ハートのキングなら株価13としてポートフォリオに置けるんだ」

 ふむ、と彼女は肯いた。

 立神が、他には、と問う。ルール自体はそう難しくない。高い株価を求めて買っていけばいいんだ。攻略法を訊いたって教えてはくれないだろう。

「まぁ他になにか重要な言い忘れがあればやり直してもいい。そろそろ始めるとしよう、楽しい楽しいトランプゲームを」

 カードを裏向きに掻き集めて僕が混ぜる。絵札も別にシャッフルした。市場カードを規定の位置へ置き、絵札を配る。

「ああ、それと、運の要素が強いため、ライフポイントを設けようと思う。一度の負けでさようならでは盛り上がりに欠けるからな。イヴが二点、ウルルンが二点。イヴのライフがなくなったらウルルンと交代。二人合わせて四点だ」

「あんたも四点なのか? こっちはいま知ったんだ、ハンデぐらいつけてくれよ」

「もちろん、そのつもりだ。俺はゲーム制作者として三点で始めよう。実のところ、つい三日前に考えたゲームでトスミと試しに五、六回やってみただけだが」

 こいつの場合はそれが大きいに決まってる。脳内でプレイ回数の何倍もパターンを演算処理してそうだ。

「引き分けはどうすんだ」

「互いにライフ一点を支払う」

 なるほど、それなら納得いく。せめて僕が二回とも引き分ければ立神が一点、麗葉二点の情勢でゲーム開始できる。麗葉も引き分ければ勝利だ。運に左右されるってのがしっくりこなかったけど大丈夫だ、これなら切り抜けられる。

 先行と後攻の選択権は僕に与えられた。

 ハンデのつもりか、はたまたどっちでも勝つ自信があるのか。後者はないな。立神自身も言ってた、重要なのは運だ。練習では勝てたし、ジョーカーが出るかどうかは予測不可だ。立場は同等。買うべき銘柄を買うのが最善の手段になる。

 相手の出方を知りたくて後攻を選んだ。資金はクローバーが一枚、スペードが一枚、ダイヤが二枚、ハートが二枚。それぞれのマークは三枚ずつだから、自然と立神の持ちカードも決まる。

 一ターン目、立神はダイヤの9を買って後列に置く。先攻を選んでれば高めだったんだ。いきなりの選択ミスにショックを受ける。諦めるしかない。たった一枚で一喜一憂するな、ゲームはスタートしたばっかりだ。

 市場カードをめくる。ついガッツポーズをしてしまった。スペードの9が出たんだ。ちょうどスペード資金が一枚ある。支払いを済ませて中列にしておいた。株価を成長させられないからだ。二枚あったら後列にしただろう。

 二ターン目、クローバーの6を中列に並べる立神。続いて僕も引く。ダイヤの6。株価としては半ばあたりの数だ。買えば同点になる、安易に手を出していいものかどうか一考する手だ。僕は迷わなかった。前列へ並べる。15対15になった。

「いいのか、そんな低い株価で買って。焦って買ってもいいことはないぞ」

「下手な揺さぶりはやめろよ、あんただって6は買ってるじゃないか」

「お前をはめるための罠かもしれないぞ」

「かもな。でも、理由はそれだけじゃないぜ。1から10までの平均は5.5。つまり6以上なら買いが定石なんだろ。6より上となると、たったの四枚。しかもダイヤの9はあんたに買われ、結果三枚しかない。ジョーカー含めた残り三十八枚のうちの三枚に賭けるか、このダイヤの6を買うか、どっちを選ぶかは明白ってわけだ」

 なるほど一理あるな、と立神は涼しげな表情をしてる。

 惑わされるな。ずばっと言い当てられて動揺するような男じゃない。どんなに小手先で駆け引きしたって結局は運だ。プレイヤーができるのは6以上を買って、ジョーカーを引かないよう祈るのみ。

 三、四ターン目で立神がスペードの8とクローバーの10を手にして合計33になった。僕は三ターン目でダイヤの7を仕込めたものの、四ターン目は買えずに流す。計22。焦る必要はない、相手がたまたま順調に買えただけだ。代償に資金も減ってスペードとハートの一枚ずつしかない。こっちはクローバー一枚にハートが二枚だ。二人とも銘柄化しないで進行するとターンは二十一で打ち止めになる。まだまだ市場カードは残ってた。

 神様が僕に味方してくれる。五ターン目で立神が引いたのはジョーカーだ。前列のスペードの8が暴落して計25。たった3の差になる。資金が一枚多い分、僕が有利になった──はずだった。

 相手にジョーカーを引かせたので運を使い果たしてしまったらしい。永遠と6以上の銘柄を引き当てられなくなってしまった。めくってもめくっても低めか資金と一致しないカードだ。立神は空いたポートフォリオを早々にハートの9で埋めてた。

 十ターン目になっても恵まれず、愕然とするしかない。まさかと思いつつ、ラストまでこんな調子で行ってしまう気がした。34対22じゃ話にならない。

 スペード資金が一枚となった相手も手が入りにくくなってる。状況が動かずに訪れた十三ターン目。彼がめくったのは不運なジョーカーだ。歓喜せざるを得ない。ハートの9が消えて25に逆戻りだ。

 ふふ、と立神は鼻から息を出し、

「参ったな、資金一枚で粘れるか」

「あんたに高めの株価が入ってると思ったけど、二回も暴落するようじゃツキがあったんじゃないんだな。勝たせてもらうぜ」

「資金が残り三枚で市場が十五枚。余裕になるのも分かるが、気を緩めたお前にツキは回ってこない。運とはそういうものだ」

 はいはい、そうですか。聞く耳は持たない。たった3を買えれば同点で、4以上なら逆転。十五枚のうち、自分が引けるのは八枚。そんなに引ければ、中には欲するカードが眠ってる。ジョーカーも出尽くしてくれたし、ゆっくり待てばいい。

 余裕の気分で市場を掴む。赤い数字が見えた。ハートは買える。唯一の株価を下げるジョーカーがないなら、ハートの3が出た時点で詰む。

 ダイヤ。

 がっくし。

 続けて立神が引いた。

 ハートの4。にやりとするのを見逃さない。僕が望むカードを奴が引いた。ここには本当になにもないんだろうか。偶然じゃないなにかが。いいや、あるわけない。こっちは圧倒的に有利なんだ、たった一枚で決まる。

 出ない。

 出ない出ない出ない。

 しかも立神の引く銘柄はことごとく喉から手が出るほど欲しいものだった。クローバーの8や7、ハートの6。一枚の違いで天国と地獄。このゲーム、資金が一枚になってなかなか買えなくなっても終わりじゃないんだ。自ら引くのがツキなら、相手に引かせないのもツキ。奴には前半からのツキがあるってことになる。

 十八ターン目の自分の番。市場はあと七枚ある計算だ。端っこから少しずつめくっていく。赤い色が反射して下のカードに映ってる。ハートよ、来い。

 ダイヤの10。

 ボロ株置き場へ叩きつける。

「おいおい、そう荒れるな。たかがゲームではないか。気楽にめくればいい」

 こうやって、とあっさり翻した。

 ハートの7。僕が渇望するカード。

「おや、つくづく流れは俺にあるようだな」

 残り五枚の市場。

 認めなくちゃならない、自分自身の運のなさを。非科学的で納得するのに抵抗があるけど、現実として起こってしまってる。市場をめくるチャンスはあと三回だ。資金が三枚あったってしょうがない、ほぼ必ずどれかしら余る。

「銘柄化だ」

 1でも稼いでおけば多少は楽になる。合計23にしておけば3以上のカードで有利でいられる。希望の買い水準を一段下げられるんだ。問題はハートとクローバー、どっちを銘柄化するかだった。

 考えるまでもない。ハート資金を中列にあるスペードの9へつけた。ハートは二枚ある、一枚しかないクローバーを銘柄化したんじゃ買える確率も減るってもんだ。我ながら、なかなか冷静な対処と言える。

「保守に回ると運はますます逃げていくぞ」

 立神が取ったダイヤの1をさっさと裏にして流した。どっちにしろ買えないカードだ。本来、自分が引くはずだった市場。銘柄化は正解だった。

 市場に手をかける。

 めくれない。

 もし引けなかったら市場は三枚で、立神が引き、僕が引き、ラストに立神が引いてゲームエンド。自分のターンは残り一回だ、資金が余る。ここは再び銘柄化するのが得策かもしれない。株価プラス1にすれば市場を一枚引かない分、1ターン延びる。

 考えるべきは、資金二枚持って一回めくるのと、立神との差を1にした状態で二回引くのはどっちがいいかだ。資金マークを二種で手広く構え、一回引けるのは前者。資金マークを一種にして、チャンスが二回になるのは後者。

 一見どっちもどっちな条件だ。しかし後者の場合、最悪は二枚とも銘柄化して25、同点へ持っていける。一回引いたあとに自信がなきゃ二回目は市場を引かずに方向転換できるんだ。

 反対に前者は買えても買えなくても資金が一枚残る。余分に持ってる旨味がない。最悪は買えないときだ。チャンスは一回ゆえ、もはや銘柄化で同点にできるかどうかだ。

 敵は資金を一枚残してる。僕は分かってしまった。奴にとっては1や2の差は眼中にないんだ。大きい一発を当ててしまえば、みみっちい勝負は吹っ飛ぶと知ってる。理解できなくはない、方針の違いってやつだ。

 僕は僕の最善を尽くす。

 彼の言葉に揺れかけてた心が静寂する。

 保守だって? これは戦略って言うんだ。

 銘柄化を宣言して中列のスペードへ重ねる。前列にダイヤの8と6、中列にスペードの9と資金銘柄化によるプラス1が二枚、計24。資金はクローバーとハートがあったが、十五ターン目あたりで立神はクローバーの高めを連続でめくってたし、既に買い銘柄にも6と10が出てる。ハートの方が残ってる印象があるんだ。クローバーの銘柄化でいい。

 希望の一枚、ハート資金を横目で確かめる。

 案の定、立神は余った資金を銘柄化しないで市場の一枚を裏返した。ダイヤの3。精神的に優しいカードだった。クローバーが出た日には悶えてしまえる。なんといっても銘柄化してなきゃ絶望してゲームオーバーだ、判断は正しかった。

 運は来てるはずだ。僅か三枚の市場、チャンスの1回目だ。拳をぎゅっと握ってトランプの背に願う。じっと見てると赤いハートが透けてくるようだった。

 思い切って引っ繰り返す。できればこのターンで引き当てたい。いや、引ける。ハートの2以上ならほぼ勝ちだ。

 息を吸ったまま吐き出せなくなった。

 黒。それも、クローバーの5だ。

「嘘だろ」

 勝ってた、ハートの方を銘柄化してれば勝ってたんだ。土壇場での裏目。足元の床が泥沼になってずぶずぶ沈んでいける。

 立神が破顔してた。易々と市場をめくって流したのはダイヤの5だ。次に僕が引いたらゲームセットで、残り一枚の資金を銘柄化できなくなるってのに、そうしようとする動作や逡巡は一切なかった。別に構わないってことだ。

 市場が一枚で25対24。

「ここに来て、自分が不利に立っているのは分かるな? ラス一で買える銘柄が来ないと負け。銘柄化を選択したところで俺も銘柄化すれば26対25でイヴの負けは決定する」

 残酷な現実を目の当たりにする。立神が銘柄化しないで終えると思いこんでたのと、二回のチャンスに気を取られて先を読めてなかった。最後の一枚に賭けるしかないってのか。ライフを一つ賭けるには確率が低すぎる。

「が、一つここで予告しておこう。俺は例えお前がどちらを選択しても銘柄化はしない」

「願ってもないことだけど、信じられっかよ。あんたになんの得があるんだ」

「試すのが本来の目的だからな、遠慮しないでいい」

「もしあんたが銘柄化したらどうする?」

「ライフに関係なく負けでいい」

 きっぱりとした物言いだった。僕は麗葉へ視線をやる。彼女が肯いた。立神のプライドからして嘘はない。自ら提案した規則を曲げるのは死ぬほど醜いと思ってるんだ。さっきのはなしだ、と銃で脅すような幼稚な奴じゃないのは知ってる。そんな男だったら初めから夢幻倶楽部へ入れるのを強制するか、殺しにくる。

 あるとすれば、他の目論見だ。ただし単純なルール内では考えにくかった。いま僕が見えてるもの、それが全てだろう。

「さぁイヴ、勝負しろ。銘柄化したってライフを二人とも削るだけだぞ。つまらないだろう、そんな終わり方は」

 それはそうだ、また裏目になる場合もある。ハートはなにかしら残ってる感じがしてるんだ。1はなんとなく自分がめくったのを覚えてる。9は立神が買い、ジョーカーで暴落させた。6と7は数ターン前に立神が引いてた。

 運動もしてないのに呼吸が乱れてくる。一秒ごとに体力が抜けていく。錯覚じゃなく、実感としてあった。そりゃ心臓ばくばくさせてるんだ、疲労が溜まるのが普通だった。

「長考するな、こういうのは直感が大事なんだ。理論を組み立てる以前に無意識下で答えが出てることも多い。めくれ、イヴ」

 カードの背を睨みつける。予知は出現しない。

 僕なりに考察して、命がかかってない事態じゃ発動しないと分かった。たぶん本能が危険だと感じてないのが原因だ。役に立たない力だった。いっそのこと負けたら殺せとでも言うか。そんな曖昧なもんに命は賭けられない。能力が働かなかったら無駄死にだ。

 息を吸い、吐く。

 待ってたって精神力が保たない。一回目なんだ、根を詰めすぎなくたっていい。

 僕は腕を移動させる。

「銘柄化。合計25」

 資金をポートフォリオへ置いた。肩の荷が何倍も軽くなる。

「その選択は正しいのか? いまならまだ市場をめくるのを許してやるぞ」

「いいんだ、一人でライフ消費するより確実な道連れの方がいい。ハンデの分、俺らの方に分があるだろ」

 やれやれ、と弛緩する立神。

「お前はもっと見所のある奴だと思ったんだが。苦手か、運のやりとりは」

 予告通りに銘柄化はしないで最後の一枚が反転された。

 目を疑わずにはいられなかった。

 赤だ、ハートで、数字は8。

 裏目。何回も連続しての裏目。

 勝ってた。ライフ無傷で次の戦いに堂々と臨めてた。床という名の泥にスニーカーの裏がめりこんでいく。足首を呑みこまれて体が傾いた。

「二回も暴落させた俺に運が流れていたと思うか? あのとき、お前の発言は実に的を得ていた、流れはそちらへ向き始めていたんだ。それをいま手放した」

 するとどういうことになるだろうな、と立神はカードを掻き集めて放心気味になる僕へ押しつける。

 力なく混ぜ、整えた。負けるよりダメージが大きかった。だんとつで勝利を掴めてたのにみすみす逃したんだ。自分で相手にはツキがないだのと言っておいて、この様。言動と矛盾してしまってる、なにをやってるんだか分からない意味不明さだ。最後の一枚ぐらいはダメ元で引くべきだった。

 はっとする。

 ハートの8を引いてたら計32だ。市場はなくなるから、立神は資金をあぶれさせて25で終えることになる。あのとき、僕は弱気になってた。どう動いたって負けだと認識してしまったからだ。そこへ突如として一方的に美味しい予告がされた。同点か、最後の一枚に賭けるかの二択。

 立神は消費したカードを覚えてハートの8が残ってると分かってたんだ。そう考えるとなんであんなことを言い出したのかすっきりする。僕に引かれると負けが確定するからだ。奴からしてみれば自然と銘柄化へ導く必要があった。

 考えてみると不自由な二択だ。弱気になってちゃ最後の一枚になんて希望を託せないんだ。誰だって安全な同点へなびく。自分で選んだようでいて、知らずに選ばされてた。

 よって、同点。もともと立神一人がライフを削るゲームなのに、二人で削った。僕が道連れにしたようでいて、実際は道連れにされてたんだ。

 いまごろ気づいたって反抗のしようがない。向こうはなにもルールを破ってないんだ。

 僕は悔しさを喉の奥に押しこんでカードをシャッフルした。

次話更新予定は来週頃です。


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